湯浅和夫の物流コンサル道場 《第187回》   (2017年12月号)

  ~温故知新編 68

国内貨物輸送量は低下し続けた

 

■大先生 物流一筋30有余年。体力弟子、美人弟子の2人の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。

■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生の頼れる右腕。

■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整能力に長けている。

■編集長 物流専門誌の編集長。お調子者かつ大ざっぱな性格でずけずけものを言う。

■女性記者 物流専門誌の編集部員。きちょうめんな秀才タイプ。

 

 

◆2000年代の経済状況

 編集長がノートを見ながら、2000年代の経済事情について講義を始めた。

 「おさらいになりますが、1991年からの約10年間は、経済が低迷していた時期で、『失われた10年』などといわれていました‥‥」

 「確か、2000年代の10年間も含めて、『失われた20年』というんですよね?」

 編集長が話している最中に、女性記者が先走った質問をする。編集長がむっとした顔で「黙って聞いてろ」とたしなめる。女性記者がさすがにまずいと思ったのか、「すみません」と謝る。うなずいて、編集長が続ける。

 「確かに2000年代も含めて、『失われた20年』といわれているけど、景気という点では、02年から08年のリーマンショック前までは緩やかに成長していて、『いざなみ景気』などといわれていた」

 「景気は回復していたけど、成長率が低く、景気が良いという実感は全くなかったな」

 大先生が、そのころを思い出すように言葉を挟む。

 「そうなんです。平均で1%台の経済成長率でしたから、景気が良いとはいえませんよね」

 「でもその時代、大企業はそれなりに業績を伸ばしていた」

 「はい、中国やASEANなど新興国の経済成長の波に乗って、輸出を増やしていきました」

 「そう、外需頼みの成長だった」

 編集長と大先生との掛け合いが始まった。女性記者が横道にそれなければいいが、という顔で2人を見ている。

 「少子高齢化が進み、また給料もほとんど上がらなかったこともあり、内需は低迷したままでした」

 「給料はむしろ下がった感がある。そうそう、派遣社員や契約社員などの非正規雇用が拡大したのもそのころだ。企業は正社員を解雇できないので、景気動向に応じて人数を調整できる非正規労働者への依存を強めた」

 「それでも、05年の『経済白書』は、もはやバブル後ではない、バブル崩壊後の景気低迷から脱却したと宣言しています」

 「やっぱり、それは実感が伴わない宣言だな。確かそのころ、格差が大きな社会問題になっていた記憶がある」

 「はい、大企業と中小企業、都会と地方、正社員と非正規労働者などの格差が社会問題化しました」

 「まあ、経済成長率が低い、実感として景気が良いとは思えない、社会的にさまざまな問題が顕在化した。そして、08年のリーマンショックでマイナス成長に陥ってしまったことなどが重なり、2000年代の10年が付け足されて、『失われた20年』になったってことだ」

 「はい、景気状況としては、2000年代はこんな感じでした」

◆物流量は大きく落ち込んだ

 編集長のまとめの言葉に女性記者が、安心したような顔で「なるほど、よく分かりましたけど、楽しい話はなかったですね。やっぱり『失われた20年』だとあらためて思いました。でも、お2人の話が脱線しないでよかったです」と余計なことを付け加える。

 「おまえも一人前の社会人だったろうから、いろいろ思い出したんじゃないか」

 編集長が、からかうように女性記者に言う。女性記者が「何をおっしゃってるんですか。私は、まだ社会人じゃありませんでした」とむきになって反発する。それを見て、「まあまあ」という感じで美人弟子が割って入る。

 「2000年代の経済成長は外需依存で内需は低迷していたというのは、輸送に関する統計にも表れています」

 「あっ、そうですね。私も見ましたけど、輸送量は低下し続けますね」

 編集長の言葉に、美人弟子が「はい」と言ってうなずく。

 「内需が低迷していたことや中国や東南アジアなどへの生産拠点のシフトが活発に行われたこともあって、国内輸送量は大きく低下しました」

 そう言って、美人弟子が資料を手に数字を紹介する。

 「切りのいいところで、2000年度を基準にしますと、2000年度の国内輸送量が約63億トンですが、09年度は約49億トンまで落ちています。約22%の減少です」

 「へー、ずいぶん落ちていますね。09年度というと、リーマンショックの直撃を受けていると思うんですが、その前の07年度の輸送量はどれくらいなんですか?」

 女性記者がポイントを突いた質問をする。

 「はい、55億トンです。2000年度比13%減です」

 「はぁー、リーマンショック前でもそんなに落ちてるんですか。輸送量がそれだけ落ちるというのは大変なことですね。あっ、ちょっといいですか、トラック輸送だけを見ると、どうなるんでしょうか?」

 「2000年度のトラック輸送量は約57億トンです。07年度は約50億トン、09年度は45億トンです。比率で言うと、2000年度と比べ07年度が12%減、09年度が21%減となります」

 女性記者が驚いたような顔をし、「10年間で2割強の減少ですか」と確認するようにつぶやく。

 「そういえば、前に話題になりましたが、それだけトラック輸送量が減っているのに、トラック事業者の数は増え続けたんですよね?」

 美人弟子が別の資料を手に取り、答える。

 「はい、特積みや霊柩を除いた一般トラック事業者数で見ますと、2000年度が5万401社で、09年度が5万7276社です。こちらは約14%の増加です」

◆あるべき姿を模索した時代

 「こういう状況の中で、物流の世界ではどんなことが起こっていたのかというのは興味が湧きますね。編集長、また出番が来ましたよ」

 突然女性記者に振られて、編集長が戸惑った顔をする。助け舟を出すように、体力弟子が一枚の紙をみんなに配る。

 「あっ、年表ですね、2000年代の。すごーい」

 女性記者の声につられて、みんなが興味深そうに紙を手に取る。タイトルに「物流年表Ⅳ:模索期」(79ページ表)と付されている。

 年表を興味深そうにじっと見ていた編集長が「なるほど、模索期と付けた意味が何となく分かりました」とつぶやく。

 「私も分かりました。きっと本当は『暗中模索期』と付けたかったんじゃないですか」

 女性記者の指摘に編集長がわざとらしくのけ反り、「いいとこ突いたな、おまえ。俺もそう思った」と感心した顔をする。

 「なるほど、そうとも言えますね。私どもとしては、あるべき姿を模索した時代という意味を持たせたんですが、仮の命名ですので、もっといいタイトルがあれば変えたいと思います」

 体力弟子が遠慮っぽく答える。編集長が「なるほど、そういう意味ですか」と言いながら年表を見る。

 「そうそう、京都議定書の批准で環境対応が一気に重要課題になりましたね。ここからモーダルシフトへの関心が高まった」

 みんながうなずく。編集長が続ける。

 「それに、03年に物流二法が改正されて、トラック輸送はほぼ完全自由化になりましたね。スピードリミッターの装着義務付けも同時に行われて、まあ結果として、ドライバーの労働時間の増加をもたらした。いろんな意味で、トラック業者受難の時代に入った」

 編集長がしみじみと語るのを待って、女性記者が体力弟子に確認する。

 「05年のところに日本通運さんの部門設置が出ていますが、この時代の動きを象徴しているということで出されているんですか?」

 「そうです。3PLは、国土交通省が主張し続けていましたし、コンプライアンスは、あえて社名は出しませんけど、そのころ多くの企業で不祥事が発生していました」

◆郵政民営化で宅配便市場再編

 大先生が思い出したように話す。

 「当時ある物流会社が、取引先の食品メーカーの担当者が物流拠点内で行っていた産地偽装工作を告発するという事件が起きた。いろんな意味で関心を集めたけど、結果として告発されたメーカーも告発した物流会社も廃業に追い込まれた。後味の悪い事件だったな」

 そう言って、大先生は黙り込んでしまった。ここで女性記者が質問しようとするのを編集長が手で制した。編集長が続ける。

 「それにしても、当時あきれるような不祥事が頻発しましたね。下請けいじめ、脱税、所得隠し、裏金づくりや横領、賞味・消費期限の改ざん、各種偽装などが発覚しました。それでコンプライアンスがしつこく言われるようになったんですが、いまだに不祥事は起きてますね。歴史に学んでないんだなー」

 編集長がちょっと沈んだ雰囲気になる。それをはねのけるように女性記者が大きな声を出す。

 「そっかー、個人情報がうるさく言われるようになったのも、このころなんですね」

 「そうです、えーとですね、03年5月に個人情報の保護に関する法律が成立し、一部は即日施行されましたが、05年4月に全面施行されました」

 「なるほどー。あっ、編集長、うちは大丈夫でしょうね、個人情報。漏洩しないようにしてくださいね」

 「おまえの年齢とかか? 漏洩の心配はないけど、その前に偽装表示で引っ掛かるんじゃないか」

 「あのね、編集長‥‥」

 女性記者が何か言おうとするのを制するように、また美人弟子が割って入った。

 「郵政民営化はこのころだったんですね?」

 編集長がこれ幸いと答える。

 「そうでした。いわゆる郵政解散が行われ、仕掛けた小泉純一郎首相が圧勝して、民営化が一気に進みました。その後、日本郵便と日本通運の宅配事業の統合があって、そこにあるように結局、10年に日本郵便が日通のペリカン便を吸収し、ペリカン便というブランドは姿を消してしまいました」

 「それはそうと、このような時代に物流業者や荷主はどう動いたかというのは興味深いですね。でも、もう先生もお疲れのようですから、それは次回ということにしましょう」

 女性記者が閉会を宣言した。(第68回・終わり)


湯浅和夫の物流コンサル道場 《第186  (2017年11月号)

  ~温故知新編 67

経団連の「商慣行是正宣言」を読む

■大先生 物流一筋30有余年。体力弟子、美人弟子の2人の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。

■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生の頼れる右腕。

■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整能力に長けている。

■編集長 物流専門誌の編集長。お調子者かつ大ざっぱな性格でずけずけものを言う。

■女性記者 物流専門誌の編集部員。きちょうめんな秀才タイプ。

 

◆長時間労働の是正に向けた共同宣言

 「ちわー、今日は、私元気です」

 そう言って編集長が大先生事務所に入ってきた。大先生がすかさず「元気でないときってあるのか?」と聞く。編集長の後ろから「それがあるんですよ。会社にいるときは大体元気ないです」と女性記者が応じる。

 「はぁー、いじめられてるわけだ」

 「そうなんですよ。こういうのばっかりですから」

 そう言って、編集長が胸の前で後ろの女性記者を指さす。女性記者が「編集長‥‥」と文句を言おうとしたとき、編集長が机に置かれている資料を見て、突然大きな声を出した。

 「あっ、これこれ。面白いですよね、これ。まさに新潮流ですね」

 その資料には『長時間労働につながる商慣行の是正に向けた共同宣言』(次ページ参照)というタイトルが付いている。経団連(日本経済団体連合会)が各種経済団体、地方・業種別団体と連名で出した宣言書だ。

 「110団体の共同宣言ですけど、働き方改革の一環で、経済団体が商慣行にメスを入れることを宣言したのは画期的ですね」
 編集長の言葉に体力弟子が同意を示す。

 「そうですね。自分の会社の働き方改革は、各社が独自にできますけど、一企業だけでは解決することが困難な商慣行などは経済界一体となって取り組んでもらわないとできませんものね」

 「私、これが発表されたとき、ちらっとしか見ませんでしたが、こうしてあらためて見ると、かなり突っ込んだ内容になっていますね。ところで、これはどういう経緯で出てきたんですか?」

 女性記者の確認に、編集長がノートを繰って答える。

 「経団連では『働き方改革CHALLENGE2017』と題して、5本の柱に基づいて活動を展開している。5本の柱とは①働き方改革アクションプランの策定・公表②長時間労働につながる商慣行の是正に向けた取り組み、これが今見ているやつだ。それと③年次有給休暇取得促進キャンペーンの展開④リレーセミナーの展開⑤周知活動の展開──という5本だ」

 「へー、すごいな、編集長のノートには何でも書いてあるんだ」

 大先生がわざとらしく感心する。構わずに編集長が続ける。

 「そこに列挙されているのは、まさに物流の世界では今日的課題です。例えば『取引先が労働基準関連法令に違反しないよう配慮する』とか『納期・価格などの契約条件を明示する』とか‥‥」

 編集長の言葉が終わらないうちに、女性記者が何かに思い当たったように口を挟んだ。

 「この3番にある『仕様変更・追加発注を行った場合の納期の見直しなどに適切に対応する』というのは、あの電通が問題になった際に指摘されていましたけど、クライアントが納期直前の発注変更や追加要求などをした結果、電通社員の長時間労働を招いたという反省から出てきたものでしょうね。変更や追加要求をする場合は、納期を延ばせってことですね」

 うなずいて、美人弟子が続ける。

 「5番にある『取引先の営業時間外の打合せや電話は極力控える』というのも、そこに端を発しているかもしれません」

 美人弟子の言葉に、体力弟子が思い出したように続ける。

 「そういえば、うちと親しくしている物流業者さんの営業の方が、深夜だろうが早朝だろうが構わずにメールや電話をしてくる荷主の物流担当者がいるってこぼしてましたね。すぐに対応しないと、後で嫌がらせされたりするそうです」

 「あー、そういう話があったな。確か、その担当者は社内で何か問題を起こして、その会社を追われたんだった。そういう輩は、結局はそういうことになるんだ。非常識なやつは結局常識に裁かれる」

 大先生の言葉に、編集長が感心したような顔で「へー、非常識は常識に裁かれるですか‥‥けだし名言ですね」

 「はあ? そんなのが名言だなんて、おたくも非常識だな」

 大先生がわざとあきれた顔をする。女性記者がうんうんとうなずきながら拍手するのを見て、編集長がむっとした顔をする。なぜか大先生が取りなすように、適当なことを言う。

 「それはそうと、その4番目と5番目はいい宣言だな」

 大先生の言葉に、編集長が納得顔で答える。

 「そうなんです。『取引先の休日労働や深夜労働につながる納品など、不要不急の時間・曜日指定による発注は控える』とあります。まあ、当然と言えば当然ですけどね」

 編集長の言葉にみんながうなずく。美人弟子が続ける。

 「最後の『サービスの価値に見合う適正な価格で契約・取引する』というのも、当たり前ですけど、意味ある宣言ですね」

 「宣言の内容はいいですけど、これが実際に取引に反映されてくるかどうかがポイントですね」

 女性記者の言葉に、「そうなんだよ」と編集長が応じる。

◆かつて運賃値上げ要請文は無視された

 「この宣言を出した110団体の会員企業が、2018年度以降に取り組む自社の行動計画『働き方アクションプラン』を策定し、18年の4月に公表するらしいんですが、そこにこの商慣行絡みの行動計画を入れてもらいたいですよね」

 「この共同宣言は、もちろん何の拘束力もないけど、わが国の主要な経済団体が顔をそろえているので、少なくともうやむやになってしまうことはないだろう。そう期待している」

大先生の言葉に、編集長が何か思い出したように、大先生の顔をじっと見る。

 「どうした? 何か言いたいことあるわけ?」

 「いえ、宣言という点で、昔あることがあって、なし崩し的にうやむやにされた話を思い出したんです」

 「どんな話ですか?」

 女性記者が、興味深そうに編集長に聞く。

 「えーと、それでは、ここから歴史に戻ろうか。この話は、時期的には02年ごろなんだけど、当時荷主企業からトラック業者への運賃値下げ要求が相次いでいて、見かねた全ト協(全日本トラック協会)が『適正運賃収受運動』を展開して、荷主95団体に『適正運賃への協力要請文』を送付したことがあった。どうなったと思う?」

 編集長が、女性記者に質問する。女性記者が「うーん」と言いながら、「結果は、期待通りにはいかなかったんですよね?」と答える。

 「そう、実はそのとき、いくつかの荷主団体に電話取材をしたんだけど、その反応は鈍かった。鈍かったというよりも寂しい反応だった。値上げうんぬん以前の話だったから」

 「それは、協力要請文が無視されたってことですか?」

 「そう、反応は、3つのパターンに分かれた。1つ目が、そんなものは届いていないというつれない返事。周りに聞いてもらっても誰も知らないということで電話を切られておしまい」

 「2つ目は推して知るべしですね。届いているけど無視ってことですね」

 「そう、2つ目の反応が、届いているけど開封してないという返事。3つ目が、開封はしたが対応策は考えていないというものだった」

 「つまり、その要請文を、傘下の会員各社に配布するなど全く考えていなかったということですね」

◆編集長の歴史講義が始まった

 体力弟子の確認に、編集長が「そうなんです」とうなずき、「まあ、今回の共同宣言は経済団体自らが宣言したものですから、そんなことはないと思いますけど、ちょっと昔話を思い出しました。あえて言えば、運賃値上げ要請文の話は2000年代の物流状況を端的に物語っているのかもしれません」と自信ありげな顔で答える。

 「なるほど、それでは、その2000年代の物流状況とやらに戻るとするか」

 大先生の言葉に、女性記者が「それなら、ちょっと2000年代の経済状況をおさらいした方がいいのではないでしょうか。そもそも企業にとってどんな時代だったかということを知っておいた方が、話が分かりやすいですよね」と提案する。

 それを聞いて、大先生が「確かにそうだ。それなら、編集長のノートが役に立つぞ。なんたって何でも書いてあるんだから」と編集長を見る。編集長が大きくうなずき、「お任せください」と自信ありげに言う。

 女性記者と弟子たちが「ほー」と感心したように拍手をする。大先生が「ほんとかよ」とあきれた顔で編集長を見る。
こうして編集長の歴史講義が始まった。
(186回 おわり)


湯浅和夫の物流コンサル道場 《第185  (2017年10月号)

~温故知新編 66
 
新技術がもたらす物流革命

■大先生 物流一筋30有余年。体力弟子、美人弟子の2人の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。

■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生の頼れる右腕。

■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整能力に長けている。

■編集長 物流専門誌の編集長。お調子者かつ大ざっぱな性格でずけずけものを言う。

■女性記者 物流専門誌の編集部員。きちょうめんな秀才タイプ。

 

◆見えざる手のなせる技
 大先生事務所で、『総合物流施策大綱』の検討が続いている。もう外は真っ暗だ。さすがに、みんな疲労を隠せない顔をしている。
 「残りを早く片付けて、何か食べに行きましょう。さて、それで‥‥」
 編集長の言葉を遮るように、女性記者が割り込んだ。女性記者はまだ元気なようだ。
 「大綱では、IoT(モノのインターネット)やビッグデータ、AI(人工知能)などを新技術と呼んでいますが、それらを活用して物流革命を推し進めようという提言がなされています。これって、まさに今日的ですよね」
 出鼻をくじかれた編集長が、不機嫌そうな顔でうなずく。女性記者が元気に続ける。
 「今日的と言いましたが、ドライバーや作業者不足という物流危機に合わせたかのように新技術が登場したのは、見えざる手のなせる技といえるんじゃないでしょうか? そんな気がします」
 女性記者の発言に、不機嫌そうな顔をしていた編集長が、思わず「なるほど、そう言われればそうだな。おまえさえてるな」と応じる。美人弟子が苦笑しながらうなずき、続ける。
 「物流革命という言葉は、これまでも折に触れて登場しましたが、今回はこれまでの延長線上にはない、あるいはこれまでできなかった取り組みが実現するかもしれないという点で、確かにに革命的といっていいかもしれません」
 「ところで、新技術による物流革命とは、具体的にはどんな内容だったっけ? 一応目を通したつもりだけど、内容が頭に残っていない。ということは、大した内容じゃないということか?」
 大先生が気乗りしない感じで、編集長に聞く。編集長が「大した内容かどうか分かりませんが」と言って、資料を手に答える。
 「具体的な施策として5つの取り組みが挙げられています。読み上げますと、①IoT、BD(ビッグデータ)、AIなどの活用によるサプライチェーン全体の最適化②隊列走行および自動運転による運送の飛躍的な効率化③ドローン(無人飛行機)の物流への導入による空の革命④物流施設での革新的な生産性向上と省力化⑤船舶のIoT化・自動運航船──というものです」
 「なるほど、②以降は、トラックとか船とか物流施設とか対象が具体的に存在するので、技術の進展やインフラの整備に合わせて着実に進んでいく気がするな」
 「そうですね、ダブル連結トラックについては実証実験が始まっていますし、隊列走行も近いうちに走行実験が始まるかもしれません。着々と進んでいくという感じです」
 「ドローンは、過疎地やラストマイルでの活用を目指して環境整備が進められるようですが、航空法など乗り越えなければならないハードルは高そうですね」
 女性記者の指摘に、編集長がうなずき、続ける。
 「その意味で、一番進展が早いのが物流施設での新技術活用かもしれませんね。庫内作業の省人化は喫緊の課題ですし、取り組むに当たってのハードルはそれほど高くなさそうですから」
 「そうなると、今後の展開で興味深いのが①の『サプライチェーン全体の最適化』というテーマだな」
 大先生がちょっと含みのある感じで問題提起する。編集長が「そうなんです」と言って、うなずく。
 「物流危機解消という点では、①の施策がポイントになると思いますけどね‥‥」
 「ところで、そのサプライチェーン全体の最適化というところでは、どんな内容が紹介されているんだ?」

◆新技術がサプライチェーンを動かす

 大先生の問い掛けに、編集長が「えーとですね」と言って、資料を取り上げる。

 「大綱の本文では、こう言ってます。『製・配・販の連携において、小売事業者が保有する膨大な販売データのメーカー及び卸売事業者との共有、気象データ等をAI解析した需要予測の製・配・販での共有、RFIDの活用等により、サプライチェーン全体を最適化・効率化し、在庫日数、欠品件数や輸送コストを削減することができる』とこうです」

 「なんか具体的なイメージが湧きませんね」

 女性記者が率直な感想を述べる。編集長がうなずく。

 「新技術の活用や解析結果の共有によってサプライチェーンが最適化されるとなっていて、活用や共有と最適化の間にあるべき記述がないからだな。具体的にサプライチェーンがどう変わるかが明示されていないので、もう一つすとんと落ちてこないってことだ」

 「へー、さすが編集長だ。鋭い!」

 大先生にわざとらしく褒められ、編集長が嫌そうな顔をする。それを見て、女性記者が楽しそうな顔で「それに、サプライチェーンの最適化にしては、その効果が在庫日数、欠品件数や輸送コストの削減という程度では寂し過ぎません?」と弟子たちに投げ掛ける。体力弟子が大きくうなずく。

 「確かに、そう思いますね。最適化というからには、在庫もそうですが、トラック台数や物流施設など物流に関わるアセットや物流で働く人たちが最小化されるというのが効果として期待されるんじゃないでしょうか?」

 女性記者がそれなら納得できるという顔でうなずき、続ける。

 「ところで、そうなると、さっき編集長が言った、新技術の活用・共有とその結果としてのサプライチェーンの最適化との間に入るサプライチェーンのあるべき姿とは、どういうものになるんですか?」

 女性記者の質問に編集長が大先生を見る。大先生は目をつむったまま、全く反応しない。

 「先生、たぬき寝入りは駄目ですよ。ここは先生の出番じゃないですか?」

 「俺の出番はお宅に譲るよ」

 「全く。それでは、えーとですね、確か先生は以前から、消費財のサプライチェーンは小売りの店頭に必要な商品を補充すればいいだけだっておっしゃってましたよね?」

 編集長の語気鋭い確認に、大先生が思わずうなずき、座り直して「それで?」と聞く。

 「その具体的な動き方として、小売りの販売情報が共有できるようになれば、小売りからの注文などは要らなくなる。そもそも注文というのは、供給側が需要側の必要量が分からないために、需要側が供給側に伝えるという単なる伝達手段であって、供給側で需要側の必要量が分かれば、本来要らない活動だっておっしゃってましたよね?」

 「確かに、小売りの販売情報が供給側と共有できるようになれば、少なくとも商品補充の注文は小売りから出す必要などない。その補充をメーカーがやるか卸がやるかは、サプライチェーンによって異なるけど、販売情報に基づいて供給側で適宜に補充してやればいいだけだ」

 「それは当然、メーカーと卸の間でも受発注は必要がなくなるわけですね」

 「当然そうなる。そもそも日本のサプライチェーンは、受発注があるから問題山積なんだ。受発注をなくせば、今の物流の問題はほとんど全て解決する。それを可能にするのが新技術だ。新技術の役割はここにこそある。この視点を外したら、新技術の活用もサプライチェーンの最適化もない」

◆AIが受発注を不要にする

 大先生の言葉に女性記者がすぐに反応した。

 「確かにそうです。注文とかがあるから、短納期だとか多頻度とかいう問題が出るんですね。販売情報や出荷情報が共有できれば、供給側がタイミングのいいときに補充してやればいいってことなんだ。なるほど」

 「別に、そんなに感心する話ではない。販売情報が共有できるということなれば、必然的にそうなる。そこがまさにAIが大活躍する場面だ」

 大先生の話に編集長が続ける。

 「供給側が、積載効率などを考慮して補充納品をすればいいということですね。要は、小売りの店頭に常に必要な在庫が補充されれば、誰も文句はないわけだ」

 女性記者が、「うんうん」とうなずき、独り言のようにつぶやく。

 「なるほど、今やってることを効率化するという発想じゃなくて、今やってることをやめてしまえっていうことですね。だから、革命か‥‥」

 女性記者のつぶやきを聞き、編集長が現実論を展開する。

 「ただ、話は簡単だけど、現実はそう簡単にはいかないかもしれない。要は市場が必要とするものしか動かさないわけだから、例えばリベート欲しさの大量仕入れや営業の押し込み販売などはできなくなる。まあ、今時そんな愚かなことをやってる企業はないですかね。昔は、SCMを阻む最大の壁が日本的商慣行だっていわれたこともありましたけど‥‥」

 美人弟子がうなずいて、応じる。

 「そうですね、もうこの物流危機の時代に、そんなことやってる余裕はないでしょうし、その手のリベートや営業の押し込み販売など、もう昔話の類いになろうとしている企業が少なくないです」

 「まあ、結論としてはAI主導型で、市場が必要とするものを供給側が適時に適量補充していくというサプライチェーンが最適化の姿っていうことだ」

 編集長が結論を出した。大先生が「そう、AI主導というところが肝心要だ」と応じる。そのやり取りをおとなしく聞いていた女性記者が、何か思い付いたように「そっかー」と言って、話し出す。

 「今のやり取りを聞いていて思ったんですが、そうなると、これからの時代、物流やロジスティクスの世界で欠かせない人材として、データサイエンティストなどが必要になりますね」

 「何だ、突然に。大綱の最後の提言にある人材育成の話か?」

 編集長がけげんそうな顔で聞く。

 「まあ、そうです。大綱でも、『情報技術分野の人材』が必要不可欠だと言ってます」

 「そこにデータサイエンティストなんて出てきてたっけ?」

 「いえ、実はあるメーカーがSCM分野のデータサイエンティストを募集してるんです」

 女性記者の言葉に編集長や弟子たちが興味深そうな顔をする。女性記者が何か秘密を打ち明けるように小声で話し出す。

 「実はですね、私、転職しようかと思いまして、いろんな会社のホームページを見ていたんです‥‥」

 編集長がぎょっとした顔をする。美人弟子が身を乗り出して、「それで?」と聞く。女性記者が、いたずらっぽい表情で答える。

◆データサイエンティスト登場

 「それでですね、たまたまライオンさんのホームページを見ていたら、キャリア採用ページというところで『データサイエンティスト−SCM(生産・ロジスティクス)分野のデータ解析技術者』という募集に出会ったんです。それを見て、そうか、そういう時代なんだーって、何か感動してしまった次第です」

 「確かに、かつての物流分野にはない人材募集ですね」

 体力弟子の感想に、女性記者が「そうですよね。新技術がサプライチェーンを動かすという話を聞いていて、そのデータサイエンティストという言葉がふと浮かんだんです」と言って、編集長を見る。

 編集長が戸惑いの表情で「データサイエンティストについては分かったけど、それで何、おまえ転職するの? そのデータサイエンティストになりたいわけ?」と聞く。

 そんな編集長の顔を神妙な表情で見ていた女性記者が、こらえ切れずに吹き出した。

 「皆さんを引き付けるために、ちょっと言ってみただけです。本気にしたんですか?」

 編集長があきれ顔で何か言おうとするのを遮るように、大先生が割り込んだ。

 「何だ、俺は本気だと思った。データサイエンティストは別にして、CSCOでも目指すのかと思った」

 「あっ、それ、大綱に出ていたやつですね。確か‥‥」

 「Chief Supply Chain Officerだよ、サプライチェーン担当役員」

 なぜか編集長がぶっきらぼうに言う。すかさず大先生が構う。

 「それがすぐに出てくるなんて、さすが編集長だ。ところで、かつて言われていたCLOだっけ、Chief Logistics Officerと比べて、どっちが偉いんだ?」

 大先生にそう問われて、編集長が「そんなこと知りませんよ」とぶっきらぼうに答えた後、真面目な顔で「でも、やっぱりCLOの方がいいですね。CSCOは言いづらいからはやらないですよ」と訳の分からないことを呟く。

 もう頃合いだと判断したのか、大先生が「それでは、編集長が思考停止状態のようだから、これで大綱の検討は打ち上げて、栄養補給に行こう」と提案する。

 大先生の言葉に、女性記者と弟子たちが「そうしましょう」と言って、立ち上がる。実り多い検討会だった。