『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第90(200910月号)「メーカー物流編・第1回」

「コンサルなんかに勝手なことはさせません。こっちからああだこうだいちゃもんをつけて追い返してやりますよ」

 

秋晴れのよき日に緊急会議が開かれた

 いつの間にか秋の気配が色濃くなってきた。大先生の好きな季節の到来だ。青空に街路樹の紅葉が美しく映える。

 こんなよき日は外で過ごすに限るのに、ある中堅の消費財メーカーの会議室では、午前中から妙な熱気に包まれていた。

 会議室には物流の関係者が集められていた。会議を主催したのは、その会社の常務が直轄する経営企画室というところだ。その常務は誰もが認める実力者だ。経営企画室からは主任の肩書きを持つ中堅の室員が出席している。彼が会議開催の説明役だ。

 集められたのは物流部の連中で、部長以下五名が参加している。部長は、物流部に来てまだ日が浅い。一カ月も経っていない。これまで主に営業畑を中心に各支店を回ってきて、物流部長に着任したばかりだ。追々わかるが、この部長は大先生の好みのタイプだ。

 経営企画室の主任と物流部長が並んで座り、その向かい側に課長が二人座っている。一人が物流企画課の課長で現場以外のすべてを担っている「何でも屋」だ。柔軟な思考の持ち主と自認しているが、周りからは日和見とも空気読み過ぎとも言われている。要するに、その場の雰囲気や流れに合わせるタイプだ。ただ、転んでもただでは起きないしたたかさも持っているとも言われる。

 もう一人の課長は、輸配送や物流センターなどの物流現場を一手に仕切っている業務課長だ。現場叩き上げの課長で、物流部で一番の古株だ。現場を知らないやつは物流マンじゃないといつも豪語している。その意味で、これまで部長とは常に一線を画すのをよしとしている。部長の言うことにはとにかく素直に従わないことが習い性になっているようだ。熱くなり易いタイプで、やり合うと要注意人物だが、押しが強い割りに守りには弱いという一面もある。

 これら二人の課長に部下がそれぞれ一人ずつ同席し、課長の隣に座っている。彼らについては追々紹介していくが、企画課長の部下は女性である。なぜか、件の業務課長が物流部内で唯一苦手とするのがこの女性なのだ。業務課長の部下は男で、この女性とは同期入社という関係である。

 これら六人が集まり会議が行われている。経営企画室の主任が、この会議の趣旨を説明している。何の会議か、事前に誰も知らされていないこともあり、部長を除いてみんな呆気に取られた顔で主任の説明を聞いている。

 

突然「コンサルを入れる」と言われて

 「‥‥というわけで、繰り返しになりますが、要するに、わが社の物流全般をこの際、抜本的に見直すことが急務だという常務のご判断により、物流の著名な先生にコンサルをお願いすることになりましたので、皆さんのご協力をお願いしたいと、まあそういうことです。あ、正確にいえば、お願いするではなく、協力するようにという常務の指示、とご理解ください」

 主任の言葉に、向こう側の席がざわつく。部長はそのざわつきを楽しんでいるようだ。案の定、業務課長が文句をつけた。

 「コンサルって、何よ、それ。われわれに一言の相談もなしに、突然そんなこと言われても協力なんかできねえよ」

 業務課長の言葉を聞いて、主任が小首を傾げながら「不思議なことを言うもんだ」という顔で逆に聞く。

 「相談って、皆さんに何を相談するんですか? 常務がコンサルを入れたいっておっしゃってるんですよ。その是非を相談せよとでも言うんですか?」

 大上段に問われて、業務課長は返事に詰まってしまった。何か言わねばと気を取り直して、わけのわからないことを口走る。

 「そういうもんじゃないだろう。やっぱり、根回しとかいろいろ、そういうことは事前に‥‥あっ、ところで、部長は事前に聞いていたんですか、この話?」

 業務課長が部長を問い詰める。事前に知ってたなら文句を言おうという魂胆だ。部長が、一呼吸置いて、業務課長の顔を見て答える。

 「私もいま初めて聞いた。だからって別に文句はない。常務が判断されて、経営企画室の費用負担で物流にコンサルを入れていただけるというんだから、こんないいことはない。願ったり適ったりだ。それとも、何かい、コンサルに入られると、何かまずいことでもあるってこと? そんなことはないよな?」

 部長にそう問われ、企画課長が「もちろん、そんなことありません」と慌てて答える。続けて「私どもは全面的に協力させていただきます。なっ?」と、なぜか隣の部下に同意を求める。

 話を振られた女性部員が、「コンサルの先生とご一緒に仕事できるのは嬉しいです。勉強させていただきます」と殊勝に答えてから、改めて真顔で説明役の主任に質問をする。

 「それで、コンサルの先生というのはどなたですか?」

 そう問われて、主任が「言うの忘れてた」という顔で頷き、大先生の名前を告げる。

 「その先生は、皆さんご存知ですか? 念のため言っておきますが、常務の推薦です」

 「もちろん知ってますよ。有名ですから。本も読みましたし、何度か講演も聞いてます。へー、すごーい。それは楽しみです。ね?」

 女性部員がはしゃいだ声を出し、今度は逆に課長に同意を求める。自分の発言がよかったかどうかを課長と部下とで常に確認し合っている感じだ。部長が興味深そうな顔で二人を見ている。

 女性部員の確認に課長が頷いて、「もちろん、よく存じ上げております。そんな偉い先生にうちに来ていただけるなんて光栄です」と如才ない返事をする。

 業務課長の隣に座っている男の部員も大先生を知っているようで、二人の課長の背中越しに女性を見て、親指を立てて、嬉しそうに頷いている。その光景を向こう側から部長が涼やかな顔で見ている。

 なんだか大先生歓迎ムードができあがった。それをぶち壊すように、業務課長が大きな声を出した。きっと何か異論を唱えるだろうというみんなの期待にちゃんと応える。その意味では、みずから平気で術中に嵌まってしまうタイプのようだ。

 「ちょっと待ってよ。その先生ってのはおれも知ってるけど、気に食わないやつだよ。なんたって、物流はやらないのが一番だとか物流センターは必要悪だ、なんてうそぶいてるんだよ。どう思う? 物流をやってる人間として、そんな物流を卑下したようなこと言うなんて許せないよ。なあ?」

 

「何考えてんだ、あんたらは」

 業務課長が誰に言うともなく同意を求めるが、誰も応じない。そのとき主任と部長が同時に声を出した。

 「へー、それは素晴らしい」

 「何が?」

 業務課長が怪訝そうな声で二人に確認する。部長が答える。

 「物流はやらないのが一番だなんて素晴らしい見識だなってことだよ。物流センターは必要悪か、たしかにそうだ」

 「何を言ってるの、部長。あんたもそう思ってたわけ?」

 「いや、いまそう思った。物流を考えるスタンスとしていいな。それをうちの物流管理の基盤にしようと思うけど、どうだい?」

 部長の問い掛けに女性部員が頷く。男の若手部員は隣の課長に遠慮して頷けない。そこで、表情で懸命に賛意を示している。

 企画課長がおもむろに「いいですねー。そうしましょう」と言う。即座に業務課長が「なんだ、なんだ、何考えてんだ、あんたらは。そんなこって物流ができるかっつーの。物流をやる人間は物流を愛さなきゃいかん」

 「愛し過ぎると、あばたもえくぼで、無駄や問題が見えなくなってしまうんじゃないですか?」

 女性部員にそう突っ込まれて、業務課長は口をつぐんでしまった。妙な展開になってきた。部長が引き取る。

 「そうそう、今日午後に先生との打ち合わせがあるから、一時半に、またここに集まってください」

 部長の言葉に、さすがにみんなびっくりした顔をする。企画課長が「わかりました」と答えるのに合わせて、若手の部員二人が頷く。そんな中で業務課長がまた抵抗する。

 「そんな急に言われても困るよ」

 「急たって、別に事前の準備は必要ないって言われているし、それに今日は一日空けておくように言ってあったよね。午前中はこれでおしまいで、午後は先生とのキックオフの打合せをするということだから。それでは解散していいかな?」

 部長の言葉に合わせて、みんなが立ち上がろうとしたとき、業務課長が最後の抵抗を試みた。

 「コンサルが入るのはいいとして、現場を混乱させたり、業務に支障をきたすようなことはさせないでくださいね。こっちは大事なお客さんを相手に仕事してるんですから、お客さんに迷惑がかからないよう、現場最優先でお願いしますよ」

 業務課長の正論に物流部長が淡々と答える。

 「現場に支障が出るコンサルなんてないでしょう。そんなことよりも、今回のコンサルは緊急の取り組みですのでコンサル最優先でいきます。そのつもりで臨んでください。まあ、そんなことはないでしょうが、現場を盾に取ってコンサルの足を引っ張ったりするのはご法度です」

 業務課長にとってはおもしろくない、しかも意外な返事だったようで、あからさまに不満そうな顔をした。新任の部長とは敢えてあまり話をせずにきたが、こんなわけのわからん部長だとは思わなかったという顔だ。

 「それなら、もし万一、お客に迷惑が掛かったら、部長に責任を取ってもらいますよ。いいですね?」

 業務課長が、よせばいいのに喧嘩腰で部長につっかかる。部長が頷いて答える。

 「もちろん、そうなったらお客様には私が謝りに行きます。営業にも謝罪に行きます。会社に対しては私が責任を取りますから安心なさい。ただ、物流部としては、私はあなたに責任を取ってもらいますよ。現場の責任者はあなたなんですから、現場で問題が起これば、組織としては当然のことです。そんな責任は取れねえというなら、いまここで業務課長を降りてください」

 部長の言葉にその場が凍りついた。ちょっと間を置いて、業務課長が「わかりましたよ」と言う。みんな、ほっと肩の力を抜く。

 「それでは、これで解散しましょう」

 部長が何事もなかったように、解散を宣言する。業務課長を除いてみんなが立ち上がる。こうして、大先生がらみの午前中の会議は終わった。

 

大先生一行が勢いよく出発した

 誰もいなくなった会議室で、業務課長が誰かに電話している。憤懣やるかたなしといった風だ。

 「そんなだから、近々おまえんとこにコンサルが視察に行くかもしれないから、きちっと対応してくれよ。どういう意味かわかるな?」

 電話の相手は、その会社の関東物流センターの所長だ。業務課長の一の子分と言われている。業務課長が率いる現場派閥の番頭格の存在だ。これまでの物流部長は、現場を盾に取られていることもあり、業務課長一派には触らぬ神に崇りなしの付き合い方をしてきた。

電話の相手が答えている。

 「大丈夫です。任せてください。コンサルなんかに勝手なことはさせません。こっちからああだこうだいちゃもんをつけて追い返してやりますよ」

 まさに「類は友を呼ぶ」の典型だ。好き勝手なことを言っている。ただ、業務課長は一抹の不安を感じている。それを口にした。

 「それはいいけど、やり過ぎるなよ。きっとコンサルに部長が同行するだろうけど、部長を甘く見ない方がいいぞ。おまえ、部長と話したことはあるか?」

 「えーと、着任のときに挨拶を聞いたのと、うちに視察に来たときにセンターの中を案内したことがあります。通り一遍の説明で、質疑もほとんどなかったです。現場には関心ないんだなって思ったんで、適当にあしらって帰ってもらいました。それだけです」

 「そうか、まあ、コンサルの視察のときはおれも一緒に行くから、おれに合わせればいい。あ、それから近いうちみんなに集まってもらいたいんだけど、おまえの方で手配してくれ。頼むよ。」

 そう言って電話を切った。業務課長は臨戦モードに入ったようである。

 その頃、大先生事務所では、まさにその会社に出掛けようとしていた。「それでは行くか」と大先生が声を掛ける。弟子たちが勢いよく返事をする。こちらもただならぬ気配を予感しているような心意気だ。

 こうして新しいコンサルが始った。



『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第91(200911月号)「メーカー物流編・第2回」

 

「世間一般では御社はそれなりに物流が進んでいると思われているんです」


大先生と幹部たちは初対面だった

 大先生たちが新たなコンサル先である中堅メーカーの本社に到着すると、その会社で唯一の顔見知りである経営企画室の主任が受付で待っていた。大先生たちが自動ドアを入った途端、ロビー奥の受付の横で両手を上げて、大きく振って合図をしている。

 それを見て、一瞬大先生の足が止まった。弟子たちが手を振り返すと、にこにこしながら近づいてきた。

 「お待ちしておりました。このまま常務室にご案内いたします。常務が是非お会いしたいと申しております」

 「それはいい。おれも会いたい」

 大先生の言葉に主任が大きく頷く。彼の案内で、常務室に向かった。

 常務室では、常務と物流部長が待っていた。実は、常務や物流部長と大先生が顔を合わせるのはこれが初めてだ。コンサルの折衝の過程では一度も会っていないのである。

 コンサルの話が出てから今日まで一カ月も経っていないこともあり、会わなかったというより、会う機会がなかったというのが正直なところだ。この間のやりとりは常務の意を受けた経営企画室の主任が一手に担ったのである。

 初対面の名刺交換を終え、全員が席に着くと、常務が改めて挨拶した。

 「このたびは突然のお願いにもかかわらず、快くお引き受けいただきありがとうございました。本来なら、私がお伺いしてお願いしなければならないところ、彼に代役をさせるような形になり、申し訳ございませんでした」

 それを受け、大先生が顔の前で手を振り、答える。

 「いえいえ、ご依頼の趣旨がわかりやすかったので、別に支障はありませんでしたよ」

 それを聞いて、物流部長が興味深そうに主任に聞く。

 「コンサルをお願いする趣旨は先生に何てご説明したの?」

 「はい、常務から本を渡されて、『先生がこの本でお書きのロジスティクスを導入するご指導をお願いします』とお伝えするように指示されましたので、そのとおりにしただけです」

 主任が素直に答える。物流部長が自分の前に置かれている本を手に取る。

 「なるほど、たしかに、それはわかりやすい。『この本でお書きのロジスティクス』といえば、ロジスティクスの理解に齟齬が出ることもないし‥‥」

 物流部長の言葉を聞いて、常務が「そうだろ」といった顔で頷く。そのやりとりを見ていて、体力弟子が思いついたように物流部長に聞く。

 「その本を最初に手になさったのは部長さんなんですか?」

 物流部長が顔の前で手を振り、常務を見ながら答える。

 「いえ、私じゃないんです。私は常務から読めと言われました。実は常務もある人からいただいたようですよ」

 物流部長の言葉を受けて、常務が身を乗り出した。

 「コンサルのご参考になるとは思えませんが、そのあたりの事情について簡単にお話しておきましょう。実は、先生が書かれたその本を私に持って来たのは、前任の物流部長なんです。彼が定年で辞めるというときに、私は担当役員ということもあるんですが、それよりも実は彼とは入社が同期だったものですから、そんなこともあって彼の慰労会をしたんです。まあ、たった二人の同期会です」

 「へー、なんかほのぼのしますね」

 体力弟子が素直な感想を述べる。常務が頷いて続ける。

 

前任物流部長の置きみやげ

 「はい、昔話やこれからのことなどとりとめのない話をいろいろしました。そして、そろそろお開きという頃に、一応念のためにという思いで、『うちの物流はこれからどうすればいいと思うか、何か考えがあれば意見を聞かせてくれ』って聞いたんです」

 どんな回答があったのか、弟子たちが興味津々といった顔で常務を見ている。常務が続けようとしたとき、大先生が突然口を挟んだ。

 「その前任の部長は何ていう名前?」

 物流部長が、すぐに名前を告げ、「まさか、先生、ご存知だったとか?」と聞く。

 「特に懇意というわけではなかったけど、物流関係の委員会とか会合でよく顔を合わせていたな」

 「へー、そうですか? 彼はそんなところにも顔を出してたんですか‥‥それは意外でした」

 常務が驚いたような顔をする。大先生が補足説明をする。

 「驚くことはないですよ。世間一般では御社はそれなりに物流が進んでいると思われているんです。だから、いろいろなところに呼ばれる」

 「そうですか、進んでいると思われてるんですか? 実際のところどうなんでしょうか?」

 「さあ、わかりませんが、多分錯覚の類でしょう。進んでいるという印象、イメージが先行しているだけ。やることはわかっているけど実際はできていない。ただ、やるべきこと、やりたいことについての立派な発言だけが外に出ていく。それが一人歩きする。実態はないのに‥‥そんな状態かな」

 大先生が、推測で診断する。大先生の言葉を聞いて、常務と部長が顔を見合わせる。何か思い当たることでもあるようだ。常務がおもむろに話を戻す。

 「実はですね、私の問いに、彼はこう答えたんです。『物流などという狭い枠で考えていてはもうだめです。物流部を発展的に解消すべきです。物流部があることで物流が遅れています』って」

 大先生がにこっとして頷く。常務が続ける。

 「そして、鞄の中からおもむろに本を出し、『これを導入するといいと思います。この本を差し上げますので常務ご自身でお読みください』って、そう言われたんです。それが、先生がお書きになったそのロジスティクスの本です」

 弟子たちが「へー」という顔をする。常務に代わって物流部長が続ける。

 「この本がそれなんですが、ご覧のように、あちこちに赤や黄色のマーカーで線が引かれ、随所にうちの状況に合わせた書き込みがしてあったり、書ききれないところにはメモが貼ってあったりしてるんです」

 そう言って、本をぱらぱらめくる。小さい字でびっしり書かれたメモが次々顔を出す。美人弟子が興味深そうに、その本を受け取ってページを繰る。それを見ながら、物流部長が話を続ける。

 「実は、その書き込みがおもしろいんです。常務は、それが非常に興味深く、一気に読んでしまったようです。私も同じです。実によく当社の欠点というか弱点をえぐり出しています」

 「その書き込み本は、常務に読んでもらうためにわざわざ作られたものなんですね、きっと」

 大先生が常務の顔を見て聞く。常務が大きく頷く。

 「はい、そう思います。辞めるにあたって、私に渡そうと思って作ったものだと思います。こういう形の引継ぎは初めてです。それだけにインパクトがありました。ロジスティクスが実感として理解できました」

 「へー、それはすごい書き込みだ。一体何が書いてあるんだ? 在庫が物流をだめにしてるとか誰も供給活動に責任を負っていないだとか書いてあるのか?」

 大先生が美人弟子に聞く。美人弟子が「はい」と言って続ける。

 「そういう類の指摘が実名入りで、また具体的なやりとりの内容も含んで詳細に記されています。でも、できない理由ですから、コンサルに直接役立つとはいえませんが、導入作戦を練るのに役立つと思います」

 美人弟子の言葉に常務が「そうですか、それならお役に立ててください」と言う。

 「ということは、前任の部長もロジスティクスがらみでいろいろやろうと行動していたってことだ?」

 誰にともなく大先生が言う。物流部長が答える。

 「はい、そうだと思います。ロジスティクスを導入するというよりも、その前段階で、導入の可能性を探っていたようです。可能性が高ければ、上申しようとでも思っていたのではないでしょうか‥‥」

 「結果として上申されなかったということは、可能性が低いと判断したわけだ。その判断根拠がそこに書かれているってこと?」

 大先生の言葉に物流部長が素直に「はい」と頷く。その顔を見て、大先生が部長に声を掛ける。

 「それを新部長としてあなたがやろうというわけだ。頑張ろう」

 「はい。常務のお考えで、トップダウンで上から押し付けるのではなく、関係者の理解と納得を得ながらロジスティクスの導入を進めるということですから、結構面倒です。ただ、関係者の理解と納得の上で導入しませんと、期待通りに動かないでしょうから、何とか頑張ってやります。先生のご指導を得て、常務の名前をちらつかせながらやっていきます」

 

「現場は理不尽の塊です」

 「ところで、この人もこのプロジェクトにかかわるんですよね?」

 大先生がそう言って、経営企画室の主任を指差す。物流部長が頷いて、常務の顔を見る。

 常務が答える。

 「はい、彼にも全面的にかかわってもらいたいと思ってますが、よろしいでしょうか? 不都合があれば考え直しますが‥‥」

 「不都合などありませんよ。むしろ、彼の存在がこのプロジェクトの成否を握るような、いやーな予感がしています」

 大先生がこう言って、にこっと笑う。なぜか物流部長が即座に「同感です」と同意する。

 自分についてのやりとりなどまったく気にする風もなく、経営企画室の主任が、時計を見て、「あれ、もう二時半ですよ。たしか、一時半に集まれって物流部の人たちに声を掛けてましたよね?」と物流部長に確認する。

 「あっ、そう。まあ、いいんじゃない。たまには自分の机を離れて、じっくり考える機会を持つってことも必要だよ。おれは、会議の開始が予定より大幅に遅れるっていう状況は好きだな。突然、自由な時間をもらえたようで無性に嬉しい‥‥あんたはどう?」

 物流部長の問い掛けに主任は反応しない。 常務が、思い出したように物流部長に聞く。

 「そう言えば、前の部長が、『優先度は低いけど、そのうち現場の解体も必要です』なんてことも言ってたな。解体だなんて、現場に何かあるのか?」

 物流部長が首を振り、答える。

 「いや、別に大きな問題があるわけではありませんが、そう言えば、引継ぎのときに、前任の部長から『現場を全面的にアウトソーシングすることも考えておくといい』なんて言われました。解体とかアウトソーシングという言葉が出る事情については大体わかってますので、そのうち何とかします。心配いりません」

 「まあ、今回のプロジェクトでは、相手にするのは物流の現場ではなくて、生産や営業の現場だから、ちょっと手ごわいぞ」

 常務が、脅かすように、また楽しむように部長に言う。

 「はい、私は営業の経験が長いですが、工場にいたこともあります。どこでもそうですが、まあ現場は自分の利害しか考えません。理不尽の塊だと思います。そこに切り込むのは、ある意味では、おもしろいですよ」

 「まあ、楽しんでくれ。そろそろ行った方がいいんじゃないか。それでは、先生、よろしくお願いします」

 常務に背中を押されて、部長、主任を含めた大先生一行は、会議室に向かった。エレベーターを待つ間、主任が物流部長に質問する。

 「物流部の人たちには、このプロジェクトでどんな役割をさせようと思ってるんですか?」

 「それそれ、おれとしては彼らに今回のプロジェクトの先兵となって動いてもらいたいと期待している」

 この部長の考えは主任も気に入ったようだ。主任が大きく頷く。

 「それがいいですよ。それぞれ持ち味も能力も違うので、うまく動いてくれたら強い味方になりますよ。でも、中には敵対意識を持ってる人もいますけどね」

 「まあ、あれが彼のスタンスだから、いまのところはあれでいいさ。彼には先兵隊長をやってもらおうと思っている」

 物流部長の言葉を聞き、主任が肩をすくめる。そのとき、エレベーターの扉が開いた。コンサルの一ページ目が開かれる。

『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第92(200912月号)「メーカー物流編・第3回」

「まさかロジスティクスは現場に関係ない  なんて思ってるわけじゃないよね?」

 

ウチの物流はうまく回っている

 会議室では、物流部員たちが、それぞれの思いを胸に、「いまや遅し」と大先生たちの到着を待ち構えていた。始めのうち、業務課長が一人で「うちの物流はうまく回っているのに、なぜコンサルなんぞ入れるんだ」とか「常務が何をねらっているか、あんたら何か聞いてないか」などと誰に言うともなくぶつぶつ呟いていたが、誰もまともに返事をしないので、そのうち黙りこくってしまった。

 全員が、特に何をするわけでもなく、それぞれ物思いに耽っている風情だ。沈黙が奇妙な緊張感を漂わせている。

 若手の二人の部員は、どうしたらいいかわからないといった何となく落ち着かない様子だ。ときどき携帯電話を握り締めて外に出たりしている。とても、物流部長が言うように「突然できた自由時間を楽しむ」というわけにはいかないようだ。

 物流企画課長は、じっと目を閉じている。ときどき時計を確認する以外ほとんど動かない。まるで座禅を組んでいるかのようだ。それに対して、現場の親分である業務課長は手帳を開いたり、携帯画面を確認したり、せわしなく手を動かしている。じっとしているのが苦手なようだ。

 企画課長が何度目かの時間確認をしようと腕時計に目をやったとき、それを待っていたかのように、突然会議室の扉が開いた。

 物流部長が先に顔を出し、皆が揃っているのを確認して、「先生方が見えられました」と告げる。その声に企画課長が即座に立ち上がる。つられて若手二人、業務課長の順に立ち上がる。

 物流部長の案内で大先生たちが所定の席に着く。それに合わせて全員が座る。部長が、部員たちを大先生に紹介する。二人の若手部員は、めずらしいものでも見るように大先生たちをじろじろ見ている。部長の紹介が終わるのを待って、大先生が一言述べた。

 「今回のコンサルは、皆さんの協力なしには目的を達成することはできません。できる限りの支援を期待しています。よろしくお願いします」

 大先生の言葉を聞き、全員が怪訝そうな顔をする。自分たちがコンサルを受ける立場にあると思っていたのに、状況がちょっと違うようだ。案の定、業務課長が疑問を口にした。やけに丁寧な口調だ。

 

在庫を何とかするならオレに任せろ

 「いま、先生から協力してほしいというお話があり、支援をというお言葉もありましたが、コンサルを受けるのはわれわれではないということ‥‥なんでしょうか? なんか、そんな風に取れたものですから念のためお聞きしたいんですが」

 業務課長の質問に物流部長が頷きながら答える。

 「あっ、そうそう、いまから内容について説明するけど、別に、今度のコンサルはあんた方を対象にするってわけではない」

 「はぁー、それじゃ、物流の現場を診断するってことじゃないんだ?」

 業務課長が、妙な声を出し、部長に確認する。言葉遣いがいつもの調子に戻っている。それを聞いて大先生が確認する。

 「なんか物流の現場に問題でもあるんですか? コンサルが必要な‥‥」

 大先生の突然の問い掛けに業務課長が慌てて答える。

 「いえいえ、とんでもありません。問題なんか何もありません。はい、はい」

 その言葉を聞いて、大先生がにっと笑う。このままでは済まなさそうな様子だ。

 「問題が何もない、なんて言われると、妙に興味が湧いてくるな。そんなすごい現場、見てみたいものだ。問題はまったくないとおっしゃいましたが、その判断はどのような根拠によるものですか?」

 大先生の質問に業務課長が戸惑った表情を見せる。他の部員たちが興味深そうに業務課長を見る。ちょっと間を置いて、物流部長が助け舟を出す。早く先に進もうという思いがあるのか、反論を許さない威圧的な言い方だ。

 「その判断根拠については私も興味あるところだけど、要するに、コンサルいただくほどの問題はないってことだよね? そうだろ?」

 部長の言葉に業務課長が素直に頷き、「そう、そういうことです」と同意する。大先生が頷き、矛を収める。

 物流部長が、「それでは」と言って座り直し、コンサルの趣旨について説明を始める。

 部長の説明が終わった途端、業務課長が声を出した。まったく物怖じしない業務課長に弟子たちが興味深そうな顔をする。

 「へー、それじゃなに? ロジスティクス導入のコンサルってわけ?」

 「だから、そう言ってるだろ」

 業務課長の意味のない質問に物流部長が声を荒げる。それを見て、弟子たちが苦笑する。

 何ごともなかったかのように、隣の企画課長が「よろしいですか?」と言う。部長が頷く。

 「コンサルの趣旨についてはよくわかりました。私としましては、そのような話を前の部長と時々したこともあり、うちにとってロジスティクスの導入は必要なことだと認識しております」

 「そうか、前の部長とそんな話をしたことがあるのか? それなら話が早い」

 物流部長が嬉しそうな声を出し、業務課長を見て、妙な質問をする。

 「ところで、業務課長は、前の部長とそんな話をしたことはないよな‥‥あんたは現場の人だから」

 「そりゃそうさ。そんな現場から浮き上がったような話なんぞ、おれはしないね。それに、現場に関係のない話に興味はないしな」

 業務課長の「売り言葉に買い言葉」的な返事に物流部長が大袈裟に反応する。業務課長の返事は本心とは思えない。それに対し、部長はわざとまともに応じている。おもしろい二人だ。

 「えっ、まさかロジスティクスは現場に関係ないなんて思ってるわけじゃないよね? ロジスティクスが入ると、現場は大きく変わると思うんだけど‥‥」

 部長の言葉に業務課長がちょっと戸惑いの表情を浮かべ、隣の企画課長に確認するように問い掛ける。

 「現場が変わるって? なんか現場について部長とおれとでは理解に違いがあるようだ。まあ、その違いを埋めるのは後でいいとして、ロジスティクスってのは、あれだよな、工場のやつらに無駄な生産はするな、売れてるものを必要なだけ作れって発破を掛けることじゃなかったっけ?」

 業務課長の言葉に大先生が楽しそうに「そうそう」と頷く。

 物流部長が、頷きながら、話を続ける。業務課長の言葉をきっかけに、ここでロジスティクスについて共通認識を持ってしまおうと判断したようだ。

 「うん、まあ表現はともかく、言ってることは間違っていない。必要なものだけ作れっていうのはメーカーのロジスティクスの原点に違いない。ただ、そこで鍵を握っているのは何かというと、実は物流センターの在庫なんだな。わかる?」

 物流部長の言葉に業務課長が「そんなのわかってるよ」という顔で大きく頷き、物流部長に説明するかのように、自分の部下である若手部員に向かって確認する。

 「いま部長が言った物流センターの在庫だけど、そりゃあひでえもんだよな?」

 課長の問い掛けに若手部員が即座に反応する。在庫についての問題意識の高さを感じさせる。

 「はい、それはもう。なんたって在庫は無管理状態ですから。無責任状態と言ってもいいと思いますが、欠品、品薄の在庫、過剰な在庫が無秩序に混在している状態です。物流センターの在庫を補充している部門があるんですけど、彼らが何を考えてるんだか、よくわかりませんね、補充の仕方を見ると・・・とにかく、現場は在庫でえらい迷惑してます」

 「センター間の在庫移動も結構多いんですよね? これも無駄ですよね?」

 女性の部員が思い出したように言葉を挟む。業務課の若手部員が「そうそう、そうなんだ。偏在の解消のためというけど、もともとの偏在をなくそうとしないんだから、後手もいいとこだよ」と応じる。

 二人のやり取りを聞いて、企画課長が補足する。

 「在庫がらみでは明らかに無駄なコストが発生しています。それ以前に、在庫についての責任が曖昧で、誰も正確に在庫実態を把握していない状態です。工場に必要なものだけ作れって言っても、何がいくつ必要なのかさえわからないのですから、実際無理な話です。たしかに、まずはセンター在庫のコントロールが必要だと思います。前の部長もそこを何とかしたいと思って、あの方なりに動いたようですが、思うような成果は得られなかったようです」

 企画課長の言葉に物流部長が「そのようだな」と応じる。それを聞いて、業務課長が不満そうに言う。

 「そんなことなら、部長が一人でやらないで、おれたちにも相談すればよかったんだよ。そういうことなら、おれもその気になって手伝ったのに。何たって、おれは在庫嫌いだからよ。在庫を何とかするなら在庫嫌いに任せるのが一番だ」

 

物流部長がまた不安そうな顔をする

 在庫嫌いという業務課長の言葉にそこにいた全員がそれぞれに何らかの感慨を抱いたようだ。これまでの業務課長像とは違った一面を見たような顔をしている。話してみないとわからないものだ。

 物流部長と経営企画室の主任が顔を見合わせて、「やっぱり、彼が先兵隊長だな」という顔で頷き合っている。業務課長が「現場の親分で物流部の中では煙たい存在」と思われているなんて知らない弟子たちは業務課長に頼もしさを感じているようだ。

 そんな中で業務課長の言葉に一番驚いたのは企画課長のようだ。「えっ、おたく在庫嫌いだったの?」と思わず、企画課長らしからぬ物言いをした。業務課長が当然という顔で答える。

 「そりゃそうだよ。物流センターを預かってる人間で、在庫が好きなんてやつは世の中に一人もいないと思うよ。物流センターの運営管理で一番邪魔な存在は在庫だからな。もし、在庫に関心がないなんてセンター長がいたら、そいつは本物じゃない。おれだったら、そんなやつはセンター長にはしない」

 やりとりを黙って聞いていた大先生が思わず呟く。

 「へー、筋金入りの在庫嫌い?」

 業務課長が頷き、大先生に素直に思いのたけを吐露する。

 「はい、在庫嫌いにもなりますよ。日常的には、動かない在庫が無駄なスペースを取りつづけていますし、突然大量の在庫が入ってきて、置き場所探しに大わらわになったりもします。物流センターがなぜそんなことに振り回されなきゃならないのかって、いつも腹立たしい思いをしています」

 「その腹立たしさはどこかにぶつけてる?」

 大先生が聞く。

 「もちろん、在庫を手配している連中に文句を言いますが、結局は、聞く耳持たずです。それでも、文句を言い続けていれば、少しはやつらも遠慮するかと思ってましたが、相変わらずです。連中も筋金入りです」

 そう言って、業務課長が一人で笑う。大先生が業務課長の笑いを手で制し、改めて確認する。

 「それでは、勝手な在庫の動きをやめさせて、お客さんが必要とする在庫しか動かさないっていうロジスティクスの導入は業務課長としても賛成ってことですね?」

 「はい、もちろんです。反対する理由などありません。在庫が手の内に入れば、いやー、精神的にすっきりします。現場の連中もそれは喜びますよ」

 業務課長の、当初は思いもよらなかったような前向きな力強い言葉にみんなが感心したように顔をしている。経営企画室の主任は感動さえ覚えているような表情だ。

 ただ、物流部長は逆に「できすぎ感」に伴う若干の疑念と不安を感じているようだ。それでも、業務課長のおかげでロジスティクス導入コンサルについては物流部内で前向きに取り組む合意ができたようだ。物流部長が、みんなに発破を掛ける。

 「それでは、先生にお願いするコンサルについてはみんな納得できたと思うので、よろしく頼むよ。物流部一丸となってデータと理論でしっかり武装して、生産や営業に対していきたいと思う。それぞれに役割を分担してもらうので、そのつもりで」

 「よっしゃ、おもしろいことになってきた」

 物流部長の言葉に業務課長が即座に反応した。物流部長がまた不安そうな顔をする。

『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第93(20101月号)「メーカー物流編・第4回」

「在庫を減らしても誰からも評価されないっていうのがウチの実情さ。評価されないことを誰がする?」

 

あの業務課長が新年の挨拶に訪れた

 新年早々に大先生事務所に意外な来客があった。意外と言っては失礼だが、大先生としては「まさか、この人たちが最初に訪ねてくるとは‥‥」という思いを持ったことはたしかである。

 午前中に電話があり、「午後にでもご挨拶に伺っていいか」という急な訪問だった。約束の時間に「失礼しまーす」という大きな声とともに扉が開き、いまコンサルをしているメーカーの業務課長が顔を覗かせた。

 大先生が「いらっしゃい」と言いながら、中に入るように手招きする。業務課長がからだを滑り込ませ、同行者にも入るよう促す。大先生がよく知っている業務課の若手課員と大先生の知らない年配の人が恐縮そうな風情で入ってきた。業務課長が年配の人を紹介する。

 「東京の物流センター長です」

 センター長がお辞儀をし、「お名前はかねがね‥‥」とか言いながら、名刺を差し出す。名刺交換が終わると、大先生が会議テーブルに座るよう促す。座った途端、業務課長が話し始めた。

 「実は、うちの部長に、先生のとこ伺いますけど、部長はどうしますって聞いたら、びっくりした顔をして、あんたらだけで行っておいで、なーんて言われてしまいました」

 それを聞いて、若手課員がびっくりした顔で聞き返す。

 「えっ、部長を誘ったんですか? 課長にしてはめずらしいですね。どうしたんです?」

 「どうしたって、やっぱコンサルの先生のとこ伺うんだから、部長に無断でってわけにはいかんだろ?」

 若手課員は頷きながらも、納得できない風情で、思い切って聞く。

 「それはそうですが、今日突然先生のところに伺うって課長が言い出したこと自体驚きだって部のみんなは思ってるんじゃないですか? 正直なところ‥‥あっ、済みません、変なこと言ってしまいました」

 言ってしまってから、これはまずいこと言ったかもしれないと気がついたように、若手課員が顔を真っ赤にして、慌てて取り繕う。それを見て、業務課長が納得いかないような声で答える。

 「みんながどう思ったか知らんけど、おれが、新年の挨拶で先生にお会いするというんはそんなおかしいことか? それに東京センター長にも会っていただきたいとも思ったし‥‥」

 ちょっと落ち込んだ風情の業務課長を見て、若手課員が元気付けようとでも思ったのか、妙な説明をする。

 「いえ、そういうことではなく、なんか、コンサルについて課長の対応がちょっと初めの頃と違うなとみんな思ってるんじゃないかと‥‥」

 「ん? 初めの頃? あっ、あの頃のことは忘れてくれ。ちょっと誤解があっただけだ。あれは部長の説明が悪かったんや」

 二人のやり取りを楽しそうに見ていた大先生が口を挟む。

 「へー、部長はどんな説明をしたの? そのせいで、課長は、初めの頃コンサルタントを敵視していたとか、そういうこと?」

 「いえいえ、敵視だなんてとんでもないです。いま言ったように、ちょっと誤解があっただけです」

 「別に、そんなことどうでもいいけど、いまは、誤解はないんでしょ?」

 「はい。状況はきちんと正しく理解しているつもりです」

 業務課長の返事に大先生がにこっと笑い、センター長を見る。

 「そうですか、東京のセンター長ですか?いつからですか?」

 突然自分に振られて、センター長が戸惑いの表情を見せ、一瞬間を置いてから答える。

 「はい、センターには一〇年ほど前からいますが、センター長にさせていただいたのは三年前です」

 「なるほど、それで、業務課長は、三年前は何を‥‥」

 「はい、ご賢察です。三年前まで東京のセンター長をしていました。当時の業務課長が定年で辞められて、私があがりました」

 「なるほど、実は、お二人にはいろいろ聞きたいことがあるんですが、今日は、うちの二人のスタッフがいないので、コンサルの一環としてはまた改めてということで、今日は、せっかくだから、ざっくばらんな話をしましょうか?」

 大先生の提案に業務課長が頷き、「はい、お二人の先生方には改めてお話しします。必要なら何度でもします」と嬉しそうに言う。こうして、とりとめのない雑談が始った。

 

物流部への関心が一気に高まった

 「唐突ですけど、御社では、物流部は社内でどんな扱われ方をしていますか? 妙な聞き方ですが‥‥」

 大先生の質問に業務課長が身を乗り出した。話したいことがいろいろありそうだ。

 「間違いなく言えることは、物流部長というポストは、うちでは決して出世コースではないってことです。まあ、若い連中は物流でいろいろ覚えることがあるだろうということで順番に配属されたりしていますが、私くらいの年代や部長クラスだと、ここが最後のご奉公の場ってことじゃないでしょうか」

 若手課員に配慮しながら、業務課長が解説する。センター長が同意するように頷いている。それを見て、業務課長が続ける。興味深いことを言い出した。

 「ただ、このところ、ちょっと風向きが変わってきました。ちょっとというより明らかに変わってきました」

 業務課長のこの言葉に若手課員が反応した。

 「そうですね、同期の連中から物流は何をやろうとしているのかなんて聞かれたりしています。彼らの周りでも物流部の動きが話題になっているようです」

 「それは、部長や常務とのかかわりで?」

 大先生の言葉に業務課長が大きく頷き、勢い込んで話し出した。

 「そうです。部長は、これまで社内外の評価も高く、間違いなく出世コースに乗っていると見られてました。そういう人が物流部長を命じられたわけですから、うちの会社にとっては大事件です。何か大きなミスをして懲罰的な人事が行われたんじゃないかという興味本位の見方もありましたが、これはすぐに否定されました。常務の肝いりの人事だということがすぐに知れ渡ったからです。決して出世コースから外れているわけではないということです」

 「なるほど。そうなると、これまでの部長とは付き合い方が違ってきますね、みなさんは」

 大先生の質問に業務課長が精一杯顔をしかめて答える。

 「それはもう大変です。どう対応したらいいかわかりません」

 「そんなこと言って、課長は相変わらずじゃないですか。大変そうには見えませんけど。まあ、たしかに部長は課長が何を言おうが泰然自若の風ですから、その意味では大変かもしれませんが‥‥」

 若手課員がそう言って、楽しそうに笑っている。業務課長が何か言い返そうとしたとき、センター長が口を挟んだ。

 「それに加えて、先生にコンサルをお願いしたことが決め手になり、社内で一気に物流部への関心が高まりました。これだけ関心が高まったってことで、常務の第一段階のねらいは当たったってことなんでしょうね」

 「第一段階のねらいって何よ?」

 業務課長の問い掛けにセンター長が即答する。

 「決まってるじゃないですか。物流部を中心にして、何か新しいことやるぞっていうメッセージを社内に発信するってことですよ」

 若手課員が頷き、独り言のようにつぶやく。

 「たしかに、私に聞いてくる連中も何をやろうとしているのかに興味があるようです」

 「そうか、おまえやセンター長は周りからいろいろ聞かれてるんだ。おれのとこには誰も何も言ってこん。人気ないな、おれは」

 業務課長のわざとらしい物言いにセンター長と若手課員が大笑いする。自分でも照れ臭くなったのか業務課長も一緒に笑っている。

 「ふーん、なるほど、社内の関心は出来上がってきているんですね。それはいいな。あとは、節目節目で適切な情報発信をしていけばいいということだ」

 大先生の言葉に業務課長とセンター長が「そう思います」と口を揃えて頷いた。

 

憤懣やるかたない在庫談義

 「ところで、お二人は筋金入りの在庫嫌いだと理解していますが、社内的に在庫についてはどんな認識が一般的ですか? 抽象的な質問だけど、思い当たることをざっくばらんに言ってください」

 大先生の質問に業務課長とセンター長が顔を見合わせる。業務課長が「あんたから話せ」という風に目で合図する。それを受けて、センター長が話し始める。

 「はい、いろんな切り口があるでしょうけど、間違いなく言えるのは、在庫責任という認識、それ以前に在庫責任の意味するところがいい加減だということです。当社では、在庫に責任を負うというのは、欠品を出さない責任という意味で使われてます」

 業務課長が「そうそう」というように頷き、続ける。

 「普通、在庫責任と言えば、もちろん欠品を最少にするということもあるでしょうけど、常識的には在庫量を最少に維持する責任を言いますよね? その在庫削減、適正在庫維持についての責任がうちにはないんですよ。そっから何もかにもおかしくなってきてるんです」

 憤懣やるかたないという業務課長を見ながら、若手課員も参戦する。

 「私の同期に発注担当をやっているやつがいるんですけど、話を聞くと、いやーすごい仕事ですよ。とにかく欠品はご法度。営業からはいついかなるときでも在庫はきちんと準備しておけ。それがおまえらの責任だって言われてるようです。営業は自分に都合のいい勝手な売り方しますけど、それに対応しろって言うんですから、めちゃくちゃですよ。そう思いません?」

 今度は若手課員が憤懣やるかたない状態になってしまった。業務課長が笑いながら顔の前で手を振る。

 「なんてことないさ。過去データを見て最大出荷に合わせて在庫を持てばいいんだよ。何たって、欠品出せば怒られるけど、在庫減らしても誰にも誉められないんだから、多めの在庫を持つ方に動くさ。おれだって、明日そこに配属されたら、そうする」

 「えっ、課長は在庫嫌いだから、在庫を減らす方向に動くんじゃないんですか?」

 「だからいま言ったろ。在庫減らしても誰からも評価されないっていうのがうちの実情さ。評価されないことを誰がする? それに在庫を管理するデータだってろくにないし、管理するシステムだって整備されてないんだぞ。それがうちの発注の実態」

 「なるほど、よくある実態だ。でも、ときどき上から在庫を減らせなんていう号令がかかるんじゃない? そのときはどうする?」

 大先生の質問に、業務課長が大先生の予期どおりの答をする。

 「主力製品の生産調整で期末に一時的に在庫を減らします。そして、すぐに元に戻ります」

 「営業は自分の都合のいいように在庫を使っているようだけど、生産も似たり寄ったり?」

 大先生の質問に以前工場にいたことがあるというセンター長が頷きながら答える。

 「はい、在庫を生産効率のバッファに使ってます。いまだに月次生産ですし、生産リードタイムも長いです。リードタイムが長いので、発注する側は余計多くの在庫を抱えます」

 「そうか、在庫を管理するとなると、売り方、作り方までメスを入れないといけないってことですね? それは大変だ」

 若手課員が率直な感想を口にする。業務課長が「他人事のような言い方するんじゃない」とたしなめる。大先生が「たしかに大変だ」と同意し、業務課長を見て続ける。

 「でも、売り方、作り方はそう簡単には直らないだろうから、最悪の場合、現状を前提に在庫管理のためのルールを作り、楔を打ち込むというところから始めることにしましょう。まあ、これも大変なことだけど、避けて通ることはできないので、御社の場合、どこをどうつつけば期待通りの成果を得られるか、みんなで作戦を練ってやることにします。その作戦を実行する先兵隊長は業務課長が適任ですかね?」

 大先生の言葉に業務課長がなぜか嬉しそうに「はい、お任せください」と大きな声を出す。何を思ったか、突然、若手課員が「隊長、頑張りましょう」と声を掛け、敬礼している。一人冷めたセンター長が呆れたような顔で二人を見ている。大先生が「これから、おもしろい展開になりそうだ」という顔で三人を見ている。

『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第94(20102月号)「メーカー物流編・第5回」

「もともと問題と思ってないことを問題視させるにはどうするかが問題だ」

 

年明け早々社内のメンバーが集まった

 年が明けて早々に、大先生がコンサルをしているメーカーのロジスティクス導入プロジェクトが動き出した。プロジェクトのリーダーである物流部長がメンバーを招集して、作戦会議が開かれた。業務課長、企画課長、若手部員二名と経営企画室の主任というこれまでのメンバーに、業務課長の推薦で東京の物流センター長が加わった。

 全員の顔を見ながら、物流部長がおもむろに切り出した。

 「さて、ロジスティクス導入プロジェクトだけど、何から始めようか? みんなもいろいろ考えるところがあるだろうから、まず自由に率直な意見交換をしたいと思うけど、どうだろう?」

 部長が、押し付けにならないように配慮したのか、やや控えめに声を掛ける。それに対して例によって業務課長がすぐに反応した。

 「そういう会議なら先生方も交えてやった方がいいんじゃないの?」

 「いや、ここに先生がおられたとしても、きっといま自分が言ったことと同じことを言われると思うよ」

 部長の言葉に業務課長が素直に頷き、「わかった」という顔でつぶやく。

 「そうか、指示待ちじゃだめだということだ。なるほど、たしかにそれは言える。まずは自分たちで考えろってことだ‥‥それで、部長は、先生のお考えは聞いてるわけ?」

 業務課長がしぶとくねばる。

 「聞いてるというか、先生からは最初にコンサル企画書をもらっているので、そこに何をどんな手順で、どうやればいいかが書いてある。だから、知ってるといえば知っている。でも、先生がおっしゃるには、自分たちでこうした方がいいという考えがみんなで合意できれば、その方向で進めるのがいいということだった。そこで、まずは社内で検討してみようというわけさ」

 部長の言葉に業務課長が「わかった」と言って椅子にもたれてしまう。それを部長が引き戻すように聞く。

 「それで、なんだかんだ言ってるけど、業務課長はどうなの? どう進めるのがいいと思うのか、考えを聞かせて‥‥」

 部長に問われ、業務課長が「彼とも話したんだけどね」と言いながら、部下の若手課員に「おまえが話すか?」と聞く。若手課員が「いえ、課長から説明してください」と遠慮する。

 業務課長が頷いて身を乗り出す。みんなが興味深そうに課長を見る。その視線に戸惑ったように、業務課長が顔の前で手を振る仕草をして、言い訳じみた発言をする。

 「そんなじろじろ見るなよ。別に大した考えというわけではないんだから。誰でも考える当たり前なことだよ‥‥」

 業務課長が言いよどんでいる隙に企画課の女性課員が口を挟んだ。

 「たとえば、ロジスティクスが動いてないために、こんなに多くの問題が出てるんだぞーってことを知らしめる、とかですか?」

 図星だったようで、業務課長が「う、うん」と顔をしかめて頷く。女性課員と同期入社の業務課の若手課員が余計なことをという顔で女性課員をにらむ。その視線を受けて、女性課員が言い訳をする。

 「済みません、突然口を挟んでしまって。実は、私も課長と話していて、そういうところから入るのがいいのではないかという結論になったものですから‥‥」

 女性課員をフォローするかのように、上司である企画課の課長が頷き、続ける。

 「まあ、まさに誰でも考える当たり前なことって言えば、そのとおりですが、その当たり前なことから入るのがいいのではないかと思いますが、どうでしょう?」

 

一発で社内の意識を変えられないか

 振られた部長が頷き、企画課長に確認する。

 「そうだな、ロジスティクス不在であるがゆえの問題を明らかにするところから入るのは素直でいいと思うけど、あれかな、前の物流部長が本に記した例のメモは、そのあたりのことを調べたものなんだろうな?」

 「はい、そうですね。ただ、物流部として調べたものではないので、データの裏づけは弱いですし、ちょっと問題点の指摘が部長個人の関心事に偏りがあったりしていることは否定できません。ただ、あのメモの内容それ自体は間違ってはいないと思います」

 部長と企画課長のやりとりに業務課長が割って入った。

 「何なの、その前部長のメモってのは? なんかおもしろそうだな。おれにも見せてよ」

 部長が業務課長の顔を見る。見せようかどうか迷ってる風情をわざと見せている。にこっと笑って部長が答える。

 「そのメモ入りの本は、もともと前部長から常務に贈られたものなんだけど、いまは、自分の手元にあるから、いいよ、見せてあげる。ただ、あれだな、業務課長の悪口なんかも書いてあったから、どうするかな‥‥」

 部長が企画課長に問い掛ける振りをする。企画課長が思わずにこっと笑ってしまう。それを見て、業務課長がわざとらしく顔をしかめて、やり返す。

 「また、そういう根も葉もないことを言って。そういうこと言ってるから、部下が離れていくんだよ」

 「へー、部下が離れていくなんて、おれの隠したい過去をよく知ってるね。誰に聞いたの? でも、業務課長がおれから離れることは決してないな。もともと離れてるから、これ以上離れようがない」

 部長の言葉に全員が笑う。部長の人徳か、会議の雰囲気はいい感じだ。ただ、寄り道が多くてなかなか先に進まない。笑いが収まるのを待って、経営企画室の主任が「ちょっといいですか」と部長に確認する。部長が頷くのを見て、自分の意見を述べる。

 「えーとですね、ちょっと私なりに気になるんですが、ロジスティクスが動いていないからこんな問題が出てるんだぞって言っても、社内の多くは、もともとそれらを問題と思ってないわけですから、そのへんの対応が重要だと思います。つまり、もともと問題と思ってないことを問題視させるにはどうするかが問題だってことではないでしょうか?」

 主任の妙な言い回しに感心したように、全員が大きく頷く。気をよくして主任が元気に続ける。

 「そうなると、見せ方というか、『ロジスティクスが動いていればこんなに素晴らしい世界になるんだぞ、それに引き換えいまのうちの姿はこんなだぞ』っていう感じにするのがいいのかなと‥‥つまり、まず『かくあるべし』という姿を描き出して、それと現状との比較で問題を浮き彫りにするというアプローチがいいんじゃないかと思うんです。うまく言えないんですが、私の言いたいこと、わかります?」

 部長が頷いて、同意を示す。

 「もちろん、いいとこ突いている。言いたいことよくわかる。そのとおりだと思う。営業なんか特にそうなんだけど、在庫を持つのが当たり前だと根っから思ってるやつに『在庫は悪だ。だから減らせ』って言っても、『それで欠品が出たらどうするんだ、在庫がなきゃ商売にならんじゃないか』なんて反論されて、妙な議論に持ち込まれたら収拾がつかない。なんか一発で、なるほど在庫を持つことはたしかに問題だって思わせるような可視化が必要だってことだ。そう思わない?」

 部長の問い掛けに企画課長が頷く。

 「一発でと言われても、それがどういうものか、いまは思いつきませんけど、部長がおっしゃることはよくわかります。ロジスティクス不在が原因で生まれている問題を誰もが問題と認めるように示す必要があることは間違いありません」

 「そうだな、おれたちだけが問題だって言い張っても何も始まらん。当事者を同じ土俵に立たせなければ、物流が何かやってるらしいぞで終わってしまう。問題を生み出してる連中に『なんだこりゃ、ひでえな。うちは何でこんなことやってるんだ』って思わず言わせるような問題提起をしたい。彼らにロジスティクスという眼鏡を掛けさせればいいんだろうけど‥‥」

 企画課長の意見に業務課長も同意する。前向きな話し合いになってきた。

 

ロジスティクスと言わないほうが‥‥

 業務課長の話に触発されたのか、部下の若手課員が恐る恐るという感じで手を上げる。

 部長が「遠慮することない。思うところをどんどん言えばいい」と背中を押す。若手課員が頷き、ちょっと不安げに話す。

 「あのー、私思うんですけど、ロジスティクスを入れるぞとかロジスティクスをやるんだとか、そのー、ロジスティクスという言葉は使わない方がいいんじゃないかと‥‥ロジスティクスと言ったって、社内では誰も知りませんから。自分の知らないことには関心がないですし、自分の責任じゃないというのが、何というか、常識じゃないでしょうか」

 「なるほど、そういう考えもあるな。ところで、センター長はどう思う?」

 部長が存在を思い出したようにセンター長に聞く。

 「はい、私もみなさんのご意見に賛成です。私の経験では生産の方は巻き込むのにそんなに苦労しないと思うんですが、営業さんを同じ土俵に立たせるのは結構大変なような気がします。やっぱり売り上げを上げるために懸命にやってるわけですから、その足を引っ張るわけではないですけど、そう思われかねないですよね? 営業ご出身の部長は実感としてご存知でしょうけど‥‥」

 「まあ、自分たちの売り上げにマイナスの影響が出ると思ったら、結構な抵抗勢力になると思うけど、むしろ売上増を支援するんだ、在庫とか物流の心配は一切しないでいいようになるんだということなら、意外とすんなり受け入れる可能性がある。そのへんは営業の連中は現実的さ。そこをつくんだな。まあ、そういうこともこれからの検討課題としてあるということにして、まずは、ロジスティクス不在の問題なるものをどう見せるかだ。そのあたりについて次回までにそれぞれで考えておいてくれ」

 部長の言葉に全員が頷く。部長が立ち上がろうとした途端、業務課長が声を掛ける。

 「それで部長、先生の企画書には最初に何をやれって書いてあったんですか? 問題の見える化から入れって書いてあったんでしょ?」

 「ご賢察。そのとおりに書いてあった。よくわかったな?」

 業務課長がやっぱりという顔で頷き、理由を述べる。

 「いやね、今日の会議で、あんまり簡単に部長が方向性を決めたので、今日の議論は先生の方向性と一致したんだなって思ったわけ。もし違っていたら、先生のご意見に少しでも近づくように、もう少し議論を続かせたんじゃない?」

 「へー、それまたご賢察だ。業務課長は油断がならないな。その仮説・検証というか推理というか、そのへんをフルに活用することが今回のプロジェクトでは重要な要素になるかもしれんな。その意味では、業務課長は貴重な人材だ」

 「貴重な人材かどうかはいいとして、その仮説・検証や推理をベースに展開するという考えにはおれも全面的に賛成だ。いやー、なんか非常におもしろくなってきた。なんかわくわくするな。なぁ?」

 業務課長に同意を求められ、部下の若手課員が戸惑った表情を見せながらも、同意を示す。

 「はい、たしかに、そう言われれば、生産や営業の思考や予想される反応、あるいは価値観などを仮説として設定するというのはおもしろいですね。是非やってみたいです」

 「私も興味あります。推理ってとこが気に入りました。何をどう推理するのかまだよくわかりませんけど‥‥」

 企画課の女性課員が明るい声を出す。

 「いや、言い出したおれも、実はどんな仮説が出てくるのか、何をどう推理するのか、まったく考えていない。まあ、思い思いに自由に考えてみてくれ。それを持ち寄って、また打合せをやろう」

 こうして、答が出たのか出ないのかわからないまま、会議は終了した。それでも、メンバー全員が同じ方向に向いており、仲間意識が醸成されていることがわかり、部長にとっては意味のある会議だった。この結果を持って、大先生のところに報告に行こうと思いながら、部長が会議室を後にした。

 部長がいなくなった会議室では、なんと業務課長がみんなを引っ張る形で再び議論が始った。みんな、やる気十分だ。経営企画室の主任も残っている。業務課長の声が聞こえる。

 「それで、このプロジェクトは推理小説のような形で展開させるのがいいと思うんだけど、そのためには‥‥」

『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第95(20103月号)「メーカー物流編・第6回」

「その“事前受注生産”っていうのは何ですか? 言葉自体が矛盾しているように思うんですが」

 

FKK在庫≠チて何だ?

 「なんなんだ、こりゃ。まだこんなことやってるのか。懲りない連中だ」

 メーカーの会議室に、業務課長の怒鳴り声が響き渡った。物流部長以下ロジスティクス導入プロジェクトのメンバー全員が揃っている。大先生たちの到着を前に、配られた資料について部下の課員とひそひそと話していた業務課長が突然大きな声を発したのだ。

 「あー、びっくりした。目が覚めた。一体どうしたの? そんな大きな声出して」

 大して驚いていない部長が、わざとらしく業務課長に聞く。

 「あ、驚かして済んません。いやね、彼が作った資料を見てて、まさかと思うデータがあったので、間違いじゃないかと確認したら、間違いじゃないというもんで‥‥」

 「へー、それはおもしろそうだ。それはどのデータ? 先生がお見えになるまで、その検討でもしてようか?」

 部長が楽しそうに言う。経営企画室の主任が興味深そうに大きく頷く。業務課長が、おもしろくなさそうな顔で、みんなに該当ページを告げる。全員がざわざわとページを繰る。

 「そこに『FKK在庫』ってあるだろ。それなんだけど」

 みんなが怪訝そうな顔で資料を見る。代表する形で主任が質問する。

 「FKK在庫って何ですか? 在庫管理の専門用語? それとも、当社独自の用語ですか?」

 その質問に業務課長が楽しそうに「さーて、何でしょうか? ただし、専門用語ではありません。彼の造語です」とおどけた口調でみんなに聞く。間髪置かずに、部長が「不可解な在庫!」と答える。

 業務課長がびっくりした顔で、「なんでわかるんですか?」と聞く。

 「はっはー、昨日、彼から資料を見せてもらったときに聞いた」

 部長の言葉に業務課長がつまらなそうな顔をする。経営企画室の主任が呆れたような顔で言う。

 「えっ、不可解の頭文字ですか‥‥でも、不可解な在庫というのは興味を呼びますね。何なんですか、それは?」

 「うん、まあ、第三者から見れば不可解極まりない存在かもしれないけど、当事者からすれば、置かれた状況の中で至極当たり前なことをやってるつもりなんだろうな?」

 部長の言葉に業務課長が頷きながら自分の考えを述べる。

 「たしかに、彼らにすれば、当たり前のことをやってるつもりかもしれないけど、でも、彼らもこれでいいとは思ってないはずです。前に、自分がセンター長をやってるときに、営業の連中にこの問題でいちゃもんつけたことがあるんです。結構反省して、今後注意しますなんて言うから許してやったんだけど、結局何も変わってなかったんだな」

 「業務課長の勢いに押されて、つい反省の態度を見せたんだろうけど、営業にしても生産にしても仕事のやり方が変わったわけではないんだから、そう簡単にはなくならない」

 

その中身は受注生産品だった

 業務課長と部長のやりとりに経営企画室の主任が割って入った。

 「済みません。私だけかもしれませんが、よく話が見えないんです。私もプロジェクトの一員ですので、私にもわかるように説明していただけますか?」

 部長が「ごめん、ごめん」と言って、若手課員に説明するように促す。椅子の背にもたれて、みんなのやりとりを他人事のように聞いていた若手課員が慌ててからだを起こし、説明を始める。

 「えーとですね、ごく簡単に言うと、なんでこんな在庫があるのか、いくら説明を受けても理解できないって性格の在庫です」

 「うーん、さっきのお二人の話からすると、先生のご本に書いてある営業の都合、生産の都合に起因する在庫ってことですか?」

 主任の確認に若手課員が頷く。それを見て、主任が続けて質問する。

 「この表全部がその在庫ですか? 業務用、市販用問わず、ずいぶんありますね? この表のパターン1とか2とかいうのは何ですか?」

 「それは、それらの在庫が発生する原因を、私なりに勝手に区分して分けたものです。おかしいところがあるかもしれませんが、ご指摘いただければ、あとで直します‥‥」

 「おかしいも何も、原因自体がおかしいんだから、そんな区分に気を使うことはないさ」

 業務課長が腹立たしそうに大きな声を出す。そのとき、会議室の扉が開き、大先生一行が顔を出した。全員が慌てて立ち上がり、大先生たちが席に着くのを待っている。大先生がみんなに座るように促し、部長に聞く。

 「この部屋に入ろうとしたとき、誰かさんの大きな声が聞こえたんだけど、何かあったんですか?」

 部長が苦笑しながら、「はい、業務課長が怒り心頭で、暴れまわってるんです」と言って、業務課長を見る。業務課長が「またそんなこと言って。いやー、あれです、いまだに、こんな在庫が横行してるのかと思ったら、なんか腹が立ってきて‥‥済んません」

 業務課長の言葉に大先生がにこっと笑い、おもむろに「それは、どんな在庫ですか」と聞く。業務課長が「この話に入っていいか」と確認するように部長の顔を見る。部長が頷くのを見て、大先生に資料のページを言う。

 「そこにFKK在庫という表がありますでしょ。問題になったのはその在庫です。そうそう、先生はFKK在庫って何だかわかりますか? あっ、元は日本語です」

 突然、茶目っ気たっぷりに業務課長が大先生に聞く。大先生が「うーん」と言って、すぐに「複雑怪奇な原因による在庫」と答える。

 一瞬間を置いて、どっと笑い声が起こる。部長が「まさに、言い得て妙ですね。不可解な在庫なんかよりずっとインパクトがある」と苦笑交じりに言う。業務課長が「たしかに」と大きく頷く。

 「それでは、今日は、初めてのプロジェクト会議だから、あまり形式ばらずに、そのあたりの在庫をテーマに話をしましょうか? 気楽に御社の在庫事情について語り合うっていう趣向はリーダーとしていかがですか?」

 大先生の提案に部長が「もちろん、異存ありません。むしろ望むところです。ロジスティクスは、これまでの当社の常識から言えば型破りな発想ですから、この会議も何か殻を破るような展開にしたいなと思っておりました」と答える。大先生が「それなら、自由に議論してください」と言う。部長が頷いて、若手課員に声を掛ける。

 「それでは、その不可解で、複雑怪奇な在庫について説明してくれるかな。緊張しないで気楽にやればいいよ」

 

妙なやりとりが始った

 部長の言葉に若手課員が頷いて、「それでは説明します」と資料に目を落とす。

 「この表は、長期滞留していると思われる在庫について原因別に一月末時点の在庫量を見たものです。東京センター長の絶大なご支援を得て作りました」

 若手課員がそう言って東京センター長を見る。センター長が小さく頷く。若手課員が続ける。

 「それで、ここで区分した原因ですが、まず、それについてご説明します。えーと、第一にあげてあるのがパターン1です。これは『特定ユーザー向け事前受注生産の未出荷品』です。えー、次にあるのが‥‥」

 「ちょっと待ってください」

 経営企画室の主任が若手課員の説明にストップを掛けた。

 「型破りな会議ということに甘えて、いちいち口を挟ませてもらいます」

 部長が「どうぞ、ご自由に」と頷く。主任が質問する。

 「まず、その事前受注生産っていうのは何ですか? 受注生産に事前というのは、その言葉自体が矛盾しているように思うんですが。それに未出荷品っていうのも納得できません。特定ユーザーからの受注生産品なんですから出荷がないなんてありえないと思いますが、違うんですか‥‥」

 「そのとおりなんだよ。だから不可解な在庫であり、その原因は複雑怪奇なんだよ。理由を説明してあげて」

 部長が若手課員に優しく声を掛ける。若手課員が頷いて、答える。

 「はい、本来は受注生産品なんですが、えーと、何て言ったらいいのか、つまり、お客さまからこれだけ作ってくれって依頼が入る前に事前に作ってしまったものなんです。それが事前受注生産っていう意味で、その製品は結局お客様から注文がなかったものですから、未出荷品になってるという意味です」

 「うん、わかりやすい説明だ。わかった?」

 部長の問い掛けに、経営企画室の主任が「言葉の意味はわかりましたけど、なぜ、そのようなことが起こるのかという不可解さは消えません」と正直に答える。

 「そう、受注生産なんだから、注文が来てから作って出荷すればそれでおしまいなんだよな、本当は。ところが、注文が来る前に生産依頼を掛けてしまう営業がいる。なぜ、わざわざそんなことをするのか? 彼にしてみれば、立派な理由がある‥‥それは何?」

 部長が思わせぶりに質問する。突然問われて、経営企画室の主任が首を捻っている。みんなが彼の答を待っている風情なので、思い切って当てずっぽうに言う。

 「えー、まさかと思いますけど、注文を受けてから作ってもらったのでは間に合わない?」

 「当りです!」

 「えっ?」

 若手課員の言葉に主任が絶句する。部長が解説を始める。営業出身なので、そのあたりの事情には詳しいようだ。

 「うちの場合、工場や製品にもよるけど、生産のリードタイムが一カ月や二カ月は掛かるというのが実情だ」

 工場経験者の東京センター長が頷く。部長が続ける。

 「だから、受注生産の依頼はそれ以前にもらわないといけない。まあ、多くのお客はそれで了解してくれているけど、そうじゃないお客もいる」

 ここで業務課長が割って入る。

 「お客にリードタイム前に注文を出してくれって言うと『そんな長いのは困る。注文したら、こちらの要求に合わせて随時納入してくれ』って言われて、それを受け入れ、事前に生産依頼をせざるを得ない営業がいるってことだ」

 経営企画室の主任が頷く。興味津々といった顔をしている。今度は、東京センター長が説明役を担う。

 「それに、きちんとリードタイムを取って、工場に生産依頼したら、『そんな急に言われても困る。ラインの都合があるからもっと早めに言ってくれ』とけんもほろろに突っぱねられた営業もいる。そうなると、リードタイム前に生産依頼せざるを得ない」

 「へー、それじゃリードタイムの意味がないですね」

 主任が素直な感想を述べる。センター長が頷き、さらに続ける。

 

生産調整という美名の下に

 「もっと悪いことに、生産の方で、営業から依頼されてもいないのに、勝手に作ってしまうこともある」

 「えっ、何ですか、それは? あまりにも勝手じゃないですか‥‥」

 主任が素直な反応を続ける。

 「そう、生産調整という美名の下でそれが行われる。ラインが遊んでしまいそうになると、たしか昨年どこどこのユーザーから注文が来たな。どうせ今年も来るだろうからそれを作っておこうという勝手な論理。そんな自己都合が堂々と横行している‥‥」

 話していて嫌になったのか、センター長の声が小さくなる。業務課長が受けて、続ける。

 「そんな注文は結局は来ない。そうなると、その製品は在庫として置かれつづける。うちの会社は在庫責任という概念が希薄だから、誰もそれを問題にしない」

 業務課長がさらに何か言おうとするのを部長が止める。

 「もう、そんなとこでいいだろう。そんなこんなで、受注生産なんだけど、事前に生産を依頼したり、注文が来る前に作ってしまうということがめずらしくなく起こるってわけだ。わかった?」

 「えっ、わかったって言われても、事情はわかりましたが、何か納得できないですね」

 「そう、納得してはいけない。そういうふうに作られた在庫は、ほとんどが結局出荷されずに残ってしまう。問題は、それに誰も責任を負っていないってことだ。責任のないところに管理はない」

 「その管理がロジスティクスなんですね」

 主任の言葉に全員が大きく頷く。 (続く)

「月刊ロジスティクスビジネス」連載第96回(2010年4月号)「メーカー物流編・第7回」

 

「当然、反発はある。その反発とやりあう。そのやり合いの中から本当に意味のあるルールが浮かび上がってくる」

 

在庫責任って何ですか?

 大先生のコンサルを受けているメーカーの会議室でロジスティクス導入プロジェクトの会議が続いている。業務課の若手課員が作った在庫関連資料をもとに活発な議論が交わされている。

 正確に言うと、議論というよりも、資料で問題として提起された滞留在庫について、それらの在庫を生み出している生産や営業の連中の思考や行動パターンの分析に話が展開していると言った方がよい。プロジェクトメンバー自身の社内におけるこれまでの経験から蓄積された秘密めいた知識を披瀝し合っているといった風情だ。

 そんな展開のため、プロジェクトのメンバーの間で自然と妙な役割分担ができあがってしまった。物流部長と二人の課長、それに物流センター長などが社内事情に精通している先生役、二人の若手課員と経営企画室の主任が実態をあまり知らない生徒役という役割分担である。中でも、これまで物流はもちろん生産や営業の実務などまったく経験のない立場で来た経営企画室の主任が必然的に一番の聞き役になっていた。

 「あのー、ちょっとよろしいですか?」

 その主任が遠慮がちに物流部長に聞く。

 「もちろんいいよ。何でも聞いて。あんたの素朴な疑問が問題を顕在化させるのに役立っているから遠慮しないでいい」

 部長にそう言われて、主任がちょっと複雑そうな顔をするが、気を取り直すように小さく頷いて質問する。

 「先ほど、うちでは在庫責任という認識が希薄だというお話がありましたが、責任の内容が希薄なのか、責任の所在が希薄なのか、そのあたりについてもう少しご説明いただけないでしょうか?」

 部長が頷いて、業務課長と企画課長の顔を交互に見る。業務課長が「それでは、私からご進講を」などと言いながら身を乗り出す。

 「在庫責任という言葉を聞いたとき、あんたはどんな責任をイメージする?」

 突然、ご進講役の業務課長から質問され、主任が「えっ?」と仰け反る。しばらく考えてから、恐る恐るという感じで自分の考えを述べる。

 「私は、在庫についての責任といえば、在庫を一定の水準以下に抑える役割を負っていると理解しますが、どうなんでしょうか? 普通そうですよね。在庫金額に責任を負うのではないでしょうか?」

 主任の言葉に業務課長が頷き、部下の若手課員を見る。業務課長の意を汲んだのか、若手課員がすぐに違う答を提示する。

 「たしかに、そういう責任もありますが、一方で在庫を切らすな、欠品を出すなという点でも責任を追及されるように思います。うちの場合、むしろ、こちらの責任追及の方が厳しいんじゃないでしょうか?」

 業務課長が頷き、「どっちも正しい。その両方が存在するってことが重要なんだよ。どっちを欠いてもだめだ」と独り言のように呟く。それを聞いて、企画課長が卒なくまとめる。

 「簡単に言えば、在庫はお客さんの注文に応えるために存在するのだから、できるだけ欠品を出さないように持つことが求められる。ただ、余分な在庫を持てば、コスト的に大きなロスを生むので、できるだけ少なくすることも要求される。いま業務課長が言ったように、どっちも必要なことなんだよ。だから、これらを両立させることが在庫責任の本来の姿といえるんじゃないかな」

 企画課長のざっくばらんな説明に主任が頷き、感想を述べる。

 「なるほど、おっしゃるとおりだと思います。そうなると、うちの場合は、その両立ができていないってことですね? どう両立するのかが大きな課題になるように思いますが、それは横に置いておいて、その、欠品を出すなっていう責任だけが追及されるって状況は困ったもんですね。在庫がどんどん膨れてしまうんじゃないでしょうか。そういう会社が現実には多いんでしょうか?」

 それまで黙って聞いていた大先生が、ここで議論に参加した。

 「多いかと問われれば、そういう会社は多い。ただ、どんな会社でも最初はみんなそうだったって言うのが当たっている。それはなぜだと思う?」

 主任が首を捻る。大先生が二人の若手課員を見る。企画課の女性課員が思い切ったように背筋を伸ばし、ゆっくりと答える。

 「私の勝手な判断かもしれませんが、要は、在庫はあって当たり前だ、在庫は資産だ、在庫は欠品を出さないために持つものだという認識が強かったからではないでしょうか? 在庫を減らすなんて発想はまったくなかったと言ったら言い過ぎでしょうか‥‥」

 女性課員の遠慮っぽい言い方に業務課の若手課員が大きく頷き、「自分もそう思うよ」と声を掛け、自分の考えを述べる。

 「在庫は置いておけばそのうち売れるものだ、まとめて作れば製造原価が下がるじゃないか、といった考えから在庫が多くても気にならない人が多い。それに倉庫費用など高が知れてるっていう感覚がうちでも強いですよね」

 

■在庫責任部署の設置が第一歩

 二人の若手課員の話を聞いていて、主任が何かに気がついたような顔をして頷き、口を挟む。

 「いまのお二人の話に関連すると思うんですけど、組織的に在庫責任の所在が不明だったということが実質的に影響しているのではないんでしょうか? 在庫について好き勝手な要求をするのは、在庫に責任を負ってないからだと思います。無責任が在庫をだめにしていることは間違いないですね」

 「そうだな、実質的にはそれが大きい。責任のないところに管理がないことは明らかだからな」

 主任の問題提起に部長が同意を示す。二人のやりとりを受けて企画課長が続ける。

 「その意味では、在庫問題解決のためには、まず在庫の責任部署を組織的に明確にするということが必要になるということですね」

 「そう。それは間違いない‥‥」

 部長の言葉が終わらないうちに、業務課長が口を挟む。

 「それそれ、そうなると、誰がその責任を負うかってことだな。やっぱり生産寄りの立場じゃだめだし、営業寄りでもだめだ。中立的な立場にある部署ってことになるだろうな。簡単に言うと‥‥」

 業務課長につられて、業務課の若手課員が声を弾ませて割り込む。

 「そうなると、それはやっぱり、ロジスティクス部門ということになるんじゃないですか? そうですよね?」

 業務課長と若手課員に対して部長が「まあ、抑えて」という感じで手を振る。

 「まあまあ、そう急ぎなさんな。ここは在庫責任の所在を組織的に明確にしなければならないってことを共通認識で持つということでいいだろう」

 部長の言葉に頷きながらも、主任がねばって質問する。主任は、たしかに会議の潤滑油としての役割を果たしている。

 「具体的な責任部署の位置づけはいいとして、在庫については、その資料にもあるように、生産や営業の活動に起因するものが多いと思うんです。そうなると、在庫責任といっても、在庫責任部署だけでなく、生産や営業の人たちも何らかの形で責任にかかわるって理解していいですか?」

 主任の疑問に業務課長が先を争うように声を出す。

 「そうそう、当然そうなる。あいつらに、何と言うか在庫責任部署というのかな、その部署の手の届かないところで悪さされたら、どうにもならん。在庫責任なぞ負えるわけがない。生産や営業はこういうことはしてはいかんぞ、こういう場合はこうするんだぞといったルールをきちんと決めておく必要がある。在庫責任というのはそれを含めていうってことだ。ねえ、部長?」

 「うーん、まあ、いちいち細かいルールを作るかどうかは別として、そういうことはたしかに必要だ。そのあたりの責任をルール化するためにも、生産や営業の動きが在庫にどんな影響を与えるかという実態を把握しておくことが大切だな。その意味では、この資料は大きな意味がある」

 部長に誉められ、作成者の業務課の若手課員が嬉しそうな顔をする。その顔を見ながら、主任がさらに疑問を口にする。

 「なるほど、そういうことなんですね。この資料の意味はよくわかりました。しかし、そうなると、こんなにいっぱい在庫が溜まる原因があるんですから、ルール作りも大変ですね。何十にも及ぶルールが必要になってしまうんですか?」

 部長が「いい質問だ」というように、微笑みながら答える。

 「いいや、そんな面倒なことはしたくない。わかりやすくって単純なルールにしたいけど、どんな形にすればいいと思う?」

 「えっ、単純なルールですか? えーと、それは‥‥」

 主任がしきりに頭を振る。

 「単純なルールってことは一つのルールですべてを飲み込んでしまうってことだよ」

 大先生がちょっとしたヒントを出す。大先生の顔をぼんやりと見ながら主任が頷く。

 「ちょっと休憩しよう」と部長が助け舟を出す。

 

■禁止事項ばっかりのルールにしよう

 休憩後、みんなが席に戻ると、主任の顔が元気になっていた。答を見つけたらしい。

 「おっ、答が出たようだな?」

 部長の声に主任が頷く。

 「はい、簡単なルールとしてはこれしかないと思います」

 そう言って、もったいぶった風情でみんなを見る。みんな、答をじっと待っているが、主任はなかなか答えない。業務課長が痺れを切らせて催促する。

 「そんなもったいぶらずに、早く答えろちゅうの」

 主任が、そんな催促を待っていたかのように、頷いて答える。

 「はい。営業は勝手に生産に発注してはいかん。すべて在庫責任部署を通せというのが営業に対するルール。生産は在庫責任部署が指示する数字をベースに作れ。生産効率などで勝手に作るなというのが生産に対するルール。これだけです。どうでしょうか?」

 一瞬間を置いて、全員から拍手が起こった。手を叩きながら、女性課員が興味深そうに質問する。

 「どういう論理思考でそういう答えに辿りついたんですか?」

 「要は、勝手な都合を反映させないことがポイントだと思ったんです。営業や生産に対して在庫責任部署をかかわらせることで役割分担、責任分担が見えてくるのではと思って、さっきのようなルールが出てきました。そのままルールになるとは思いませんが、コンセプトは理解していただけるでしょうか?」

 「いやいや、そのルール、なかなかいいよ。そのまま使えばいいんじゃない。業務課長はどう思う?」

 突然の部長の問い掛けに業務課長が慌てて答える。

 「はい、いいと思いますけど、なんでもかんでも営業からこうしたいなんて言われるのは面倒ですから、営業には禁止事項ばっかりのルールを持ち込みたいですね」

 「あれ、まともな答が返ってきた。あれだね、業務課長を在庫についての対営業窓口にすれば、営業関係の在庫問題は一挙になくなってしまうかもしれないな」

 部長に振られて、企画課長が答える。

 「たしかにそうですけど、強面の人的要因でないところで問題解決したいですね。まあ、その意味で、業務課長の意見はなかなかいいと思います。今後営業は一切在庫にかかわるなって言って、それで商売上困ることが何かあるかって手順で迫れば、本当に必要なルールだけが残ると思います。どうでしょう?」

 部長が興味深そうに頷く。

 「まず全面禁止をする。当然、反発がある。その反発とやりあう。そのやり合いの中から本当に意味のあるルールが浮かび上がってくるってわけだ。たしかに、それも一つのやり方だな。よし、それはいい。実際にそれをやってみよう。営業に対してはおれが憎まれ役を買って出る」

 部長の言葉にみんなが興味深そうな顔をする。業務課長がすぐに反応する。

 「へー、それはおもしろそうだ。その場に是非同行させてください」

 部長が頷いて、みんなの顔を見る。

 「もちろん、メンバー全員参加だよ。そうそう、生産に対する憎まれ役は業務課長に頼むので、よろしく」

 役割を振られた業務課長が満面の笑みを浮かべる。

 「はいー、任してください。工場出身のセンター長と相談して作戦を練ります」

 みんな活き活きとしている。楽しい会議はまだまだ続く。          (続く)

「月刊ロジスティクスビジネス」連載第97回(20105月号)「メーカー物流編・第8回」

 

「何でそんなことが罷り通るんでしょうか? やっぱり常識的にはおかしいと思うんですが・・・」

 

 それは社内の常識ではない

 大先生がロジスティクスの導入コンサルをしているあるメーカーの会議室。まるで大先生などそこにいないかのように、プロジェクトメンバーたちの間だけで活発な議論が展開されている。クライアントが自分たちで考え、自ら答を出すように導くのがコンサルの真髄だと言う大先生の思惑通りに進んでいる、といえばいえなくもない。

 テーマを決めて議論するという形ではなく、経営企画室の主任の疑問に適任の人が答えるというやりとりで進んでいるのが議論を活発化させている要因のようだ。

 「ちょっと気になってるんですが、生産に起因する在庫について聞いてもいいですか? プロジェクトメンバーのくせに何も知らなくて、私ばっかり質問して、済みません」

 主任がやや恐縮気味に誰にともなく言う。生産という言葉に工場出身の物流センター長が即座に反応して、主任の方に身を乗り出した。主任を見て大きく頷く。何でも来いという風情だ。センター長に身構えられて、主任がちょっと怯んだように身を引く。

 「大丈夫。取って食ったりしないから。何でもどうぞ」

 センター長の言葉に主任が頷いて、資料を手に取って話し出す。

 「えーとですね、この資料によると、滞留在庫が発生してしまう原因として生産効率とか生産調整とか、何ていうんでしょうか、つまり生産側の都合に起因するケースが多いですよね? 市場で売れている状況などとは関係なく、自分たちの都合を優先させて勝手に生産しているという印象を受けるんですが、そういう理解でいいんでしょうか?」

 ここまで一気に話し、ちょっと言い過ぎかと思ったのか、一呼吸置いて続ける。

 「さすがに、そこまで言うと、言い過ぎでしょうか?」

 「いや、簡単に言ってしまえば、そういう理解でいいと思う。言い過ぎではないよ」

 センター長が簡単に肯定する。予期はしていたが期待はしていなかった返事に、主任が、複雑な顔で独り言のように言う。

 「でも、何で、そんなことが罷り通るんでしょうか? やっぱり常識的にはおかしいと思うんですが‥‥」

 主任の何とも納得できないといった表情に、センター長は、どうきちんと説明しようか、迷っているようだ。ちょっと間を置いて、大先生が助け舟を出した。

 「いま、常識って言ったけど、要は、その常識の中身なんだよ。何を常識として認識しているかってこと。その意味で、いま主任が言った常識っていうのは、具体的に何を指している?」

 大先生に問われて、主任が戸惑った顔をする。当たり前のことで説明するまでもないのではといった顔で答える。

 「えーと、生産というのは売れているものを作ればいいんではないでしょうか? それが常識的な考えだと思うんですが‥‥」

 大先生が頷き、さらに質問する。大先生は、やりとりを楽しむ顔になっている。

 「うん、それも一つの見識だ。でも、残念ながら、それは社内の常識ではないと思う。多分、論理的に納得できる考えがすべて常識というわけではない。たとえ論理的ではないとしても、社内のみんながその方向に動くとなれば、それが常識ということになる。どう?」

 大先生の問い掛けに、主任が怪訝そうな顔でみんなの顔を見る。ところが、みんなは大先生の言葉に賛同して頷いている。

 

■「安く作る」が生産の常識

 主任が、意外そうな顔で確認する。

 「売れているものを作るのが常識ではないというと、常識は何なんですか?」

 主任の問い掛けに誰も返事をしない。大先生がセンター長に「どうぞ」と返事を促す。センター長が頷いて答える。

 「私の認識では、うちの生産部門の常識は簡単です。安く作るってことです。売れているものを作るという考えは生産部門にはないと言って過言ではないと思います」

 その言葉を聞いた途端、主任が思い当たることがあるように、何度も大きく頷いた。

 「はー、なるほど。たしかに、そう言われればわかるような気がします」

 業務課長が、言葉を挟む。

 「要は、生産部門の評価基準がそうなっているのさ。評価されるわけだから、当然、誰もがその方向に進む。つまり、評価基準が社内の常識を作っているってわけだ」

 主任が頷き、大先生に向かって「そう言えば、たしかにそうです」と独り言のように言う。それを受けて、大先生が主任の顔を見て、確認する。

 「あー、そうか、たしか主任は経営企画室だったな。それなら損益計算書において利益をどう生み出すかという、御社の常識についてはよく知っているね?」

 「はい、こういう言い方で正しいかどうかわかりませんけど、これまでの話の関連で言うと、うちの場合、利益は、売り上げを上げるか、売上原価を下げるか、もちろん両方同時でもいいのですが、要はそれらにより生み出すというのが常識になっていると思います。あ、売上原価ってとこがポイントです。売上原価だけなんです。コスト削減の対象は‥‥」

 主任の言葉に大先生が応じる。

 「つまりは、売り上げから売上原価を引いた売上総利益、これは粗利とも言うけど、これを大きくすることにしか経営の関心はないってことだ。そこまで言うと言い過ぎかな?」

 主任が真面目な顔で首を振る。

 「いえ、決して言い過ぎではありません。おっしゃるとおりだと思います。うちの幹部たちはそれで成功体験を積んできていますから。販売費や管理費はほとんど固定費のように認識してきたというのがうちの実態だと思います」

 大先生が、みんなに解説するように話す。

 「うん、御社に限らず、そういう認識をしている会社が多くある。販売費や管理費は人件費の割合が高いし、社員の首を切るわけにはいかないので、ほとんど固定費として位置づけている。つまり、利益という点では関心がないということだ。ということは、さっきの粗利から販売費・管理費を控除すると営業利益になるので、結局、営業利益を大きくするためには粗利を大きくすればいいということになる。そのためには、とにかく売り上げを上げろ、売上原価を下げろという二つのテーマに絞られる。ここまでは、わかるよね?」

 大先生の確認にみんなが頷くが、企画課の女性課員が「ちょっといいですか?」と小さく手を挙げる。大先生が「どうぞ」と促す。

 「そこでおっしゃってる売上原価というのは、売り上げに相当する製造原価ということで‥‥」

 女性課員の言葉が終わらないうちに主任が口を挟む。主任の得意分野のようで、説明が詳しい。

 「そうです。たとえば、ある製品の前期末の在庫が300個あったとして、今期1200個作ったとします。そうすると、その製品は1500個になるわけですけど、今期売れたのが1000個だとすると、その1000個にかかわる製造原価が売上原価になります。売り上げからその売上原価を引くと、さっき先生がおっしゃった粗利が出ます。これを大きくしたいわけです」

 ずっと黙っていた物流部長が補足する。

 「残った500個が在庫つまり棚卸資産として貸借対照表に計上されて、来期の販売用として持ち越される。在庫は資産だから、いくらあっても誰も気にしない。どうせ、そのうち売れるんだから持っていてもどうということはないという感覚だ。つまり、在庫などどうでもよくて、最大の関心事は製造原価の低減ということだ。さて、それでは製造原価を下げるにはどうすればいい? 経営にとって、ここが一番の関心事」

 すぐに女性課員が手を上げて「大量に作ればいいってことですよね?」と元気に答える。センター長が「そう、お馴染みの単品大量生産。在庫がどかっと出る」と応じる。物流部長が苦笑交じりに言う。

 「そう、工場は固定費のウェイトが高いので、大量に作れば作るほど、製品の単価は下がってくる。つまり、単品大量生産が、最も簡単に製造原価を下げる方法だった。まあ、いまでも、多くの連中がそう思っている。製品の単価が下がれば、当然、売上総利益は大きくなる。めでたしめでたしと、まあ、こういうメカニズムだ。だよね?」

 部長が主任に振る。突然問われて、主任が慌てて答える。

 「はい、そうです。そういうことです。いまでも、そう認識している役員が多くいます」

 

これまでの前提条件が崩れてきた

 何を思ったか、業務課の若手課員が部長に向かって手を挙げた。自分も参加しなければと思ったようだ。部長が頷く。

 「なるほどー。そういうことだったんですね。ようやくわかりました」

 若手課員が一人で勝手に納得している。部長が呆れたように「何がわかったって?」と大きな声を出す。若手課員が「済みません」と言いながら、納得顔で話し出す。

 「いえ、大した話じゃないかもしれません。そんなことは常識だって言われればそれまでなんですが、あれじゃないですか、うちの会社なんか典型なんですけど、社内で威張っているのは営業と生産の連中ですよね。われわれも含めて、他の部門は彼らからは下に見られていますよね。何でそうなのかっていう、その理由がやっとわかりました。営業と生産の二つの部門だけが会社の利益源だったからなんですね。なるほどー、やっとわかった」

 若手課員が一人で悦に入っている。「あのね」と上司の業務課長がたしなめる感じで割って入る。

 「それもそうだけど、会社というのは、要は、売り上げを獲得するまでの活動が重視されるのさ。新商品を開発し、それを生産し、それから広告宣伝をし、営業が売る。そして、売り上げが実現する。ここまでが会社にとって重要な活動で、それ以降の物流や集金などの活動、それから事務業務など売り上げと関係のない活動は価値のない仕事と思われてきたってのが実態だ。そんなの常識で、そんな感心するほどのこっちゃない」

 業務課長の話に女性課員が頷き、自分の疑問を口にする。

 「私たち物流の仕事は、費用区分で言うと販売費に入るんですよね。でも、さっきの話だと固定費って見られてたってことですけど、いまは物流費を下げろとか言われていますので、経営側の見方が変わってきたってことでしょうか?」

 部長が、ちょっと首を傾げながら答える。

 「うーん、正直なとこ、それほど変わってはいないな。コスト削減は全社的に言われているけど、企業の利益を生み出すのは、売り上げと売上原価だって認識は変わってないと思う」

 「となると、その社内常識がロジスティクス導入の大きな壁になると思っていい?」

 大先生がなぜか嬉しそうな顔で、部長に確認する。部長が大きく頷く。

 「はい、実は、そのような社内常識の存在が、今回のロジスティクス導入の契機になっているんです。いつまでも、そんな社内常識で利益を生み出そうなどと考えても、もはやそんなことでは利益は出なくなっているというのが常務の考えなんです。早いうちにその常識を改めないと、大変なことになるという危機感が今回のプロジェクトにつながっているということです」

 「その認識は、いまのところ常務しか持っていないというのが実態?」

 大先生の質問に部長が頷き、プロジェクトメンバーたちと情報共有するかのような感じで話す。

 「はい、いまのところ、そんな状況です。常務は、これまでの常識が拠って立つ前提が崩れてきているという認識がありますが、残念ながら、他の役員たちにはそういう認識は希薄です」

 部長の話に業務課長が「わかる、わかる」と呟き、部下の若手課員に「既存の常識が拠って立つ前提って何かわかるな?」と聞く。若手課員が、そんなこと当然知っているという顔で頷き、答えない。それを見て、代わりに主任が答える。

 「その常識は、在庫は決して不良在庫化しないという前提で成り立っているということですよね? しかし、これだけ滞留在庫が出ているということは、その前提が崩れているということですね?」

 それまでみんなのやりとりをじっと聞いていた企画課長が、ここで議論に参加した。

 「しかし、他の役員たちにそれを納得させるのはやっかいですね。もともと在庫なんかに関心はないって人ばかりですから‥‥」

 企画課長の言葉に、みんなが溜息混じりに頷く。悲観論の登場とそれへの同意は議論を滞らせる。いよいよ大先生の出番がきた。

(続く)