湯浅和夫の物流コンサル道場 第81

大先生の日記帳編・第16回〜

ロジスティクスを利潤源に


 ロジスティクスは企業にとって利益の源泉だ。ところが、物流部門の多くは本来の役割を果たせずに、現場の運営管理に終始している。立派な物流センターを持つようになったことが、不幸にも本質を見失わせてしまった。社内の意識改革を促して本来の姿を取り戻せ。


40年前まで遡ると物流がわかる

 年の瀬も押し詰まり、何となく慌しさを感じる頃、ある業界紙の記者から「差し支えなければいまからお伺いしたいのですが」という電話が入った。電話を受けた女史が「差し支えないですか?」と大先生に聞く。

 自席で居眠りをしていた大先生が、突然聞かれて、わけもわからず「差し支えない」と答える。こうして、記者氏の来訪が決まった。

 それから三〇分もしないうちに記者氏が現れ、大先生に「先日はどうも!」と元気に挨拶する。大先生が怪訝な顔で聞く。

 「先日って何だっけ?」

 「えっ? あれです、ロジスティクス大会の会場でお会いして、休憩時間ですけど、ロジスティクスのお話を伺わせてもらいました」

 「ロジスティクス大会の会場で、休憩時間にロジスティクスの話をするってのも何か出来すぎだけど、そんな話したっけ?」

 「はい、あまり時間がなくて、慌しくいろいろ質問させてもらいました。失礼しました」

 「それで、今日は何?」

 大先生に改めて聞かれて、記者氏が居住まいを正した。

 「貴重なお時間を拝借して申し訳ないのですが、この前のお話の続きをさせいただきたいと思いまして‥‥」

 「ふーん、でも、この前の続きっていったって、この前どんな話をしたか覚えてないんだから、続けようがない」

 そう言って、大先生がたばこに手を伸ばす。記者氏が慌てて言い直す。

 「あっ、続きというよりも、日本のロジスティクスの話についてということで‥‥」

 「日本のロジスティクス? そんな実体のないもの、余計話しようがない」

 記者氏が困り顔で何か言おうとしたとき、女史が「どうぞ」と言って、コーヒーを持ってきた。ほっとしたように、記者氏が女史にお礼を言う。

 「それで、なんで、そんなにロジスティクスに興味があるわけ?」

 コーヒーを片手に大先生が興味深そうに聞く。記者氏が頷き、背筋を伸ばして話し出す。

 「私は荷主を担当してまして、取材などでいろんな企業を回っています。それで、最近感じるんですが、なんか多くの物流部門が閉塞感に陥ってしまっているような気がしてます。どこに行っても、やってることは同じで、これはおもしろいっていうような取り組みはほとんどありません。物流が行き詰まってるように思えます」

 ここまで話して、記者氏はコーヒーを手に取って口に含んだ。それを戻しながら、大先生の顔を見る。大先生が感想を述べる。

 「行き詰まってると言えば行き詰まってるけど、まあ、形のある物流が相手なんだから、やってることが同じなのは仕方ないな」

 記者氏が頷き、勢い込んで話し出す。

 「それで、この前、先生とロジスティクスのお話をさせていただいて、ちょっと気になったことがあったんですが、お伺いしてよろしいでしょうか?」

 そう言って、記者氏が大先生を見る。大先生が頷くのを見て、記者氏が取材ノートを繰る。「あー、これです、これ」と言いながら、取材メモを読む。

 「えーと、先生は、この前、こうおっしゃったんです。『在庫を調達し、その適正配置と補充をコントロールし、顧客に届けるというところがロジスティクスの守備範囲、つまり在庫と顧客納品のすべてに責任を持つのがロジスティクス部門だ』って‥‥」

 大先生が頷き、「それで?」と先を促す。

 「でも、それって物流の守備範囲じゃないんですか。物流がやってもいいんですよね?」

 大先生が意味深に笑い、答える。

 「もちろん、物流がやってもいいさ。誰もやってはいけないなんて言ってない。でも、現実には、物流の守備範囲にはなっていないと思うけど、どう?」

 記者氏が納得顔で頷き、顔をしかめて話す。

 「たしかにそうです。どこでも、在庫と、それに物流サービスに痛めつけられているというのが実際のところです。一体、なぜなんですかね?」

 「昔からそうだからさ」

 大先生が事も無げに言う。

 「昔からですか?」

 記者氏が怪訝そうな顔をする。

 「話は、いまから40年前まで遡る」

 「えっ、そんな前まで遡ることなんですか?」

 「そうだよ。聞きたい?」

 大先生の言葉に記者氏が目を輝かせて、勢い込んで言う。

 「はい、是非、聞きたいです」


物流センター管理が物流の仕事?

 大先生がたばこに火をつけて、話し出す。

 「まだ企業に物流管理部門なんかなかった時代、在庫の保管と顧客への配送は営業の拠点である支店ごとに倉庫を持って行われていた。『倉庫に置く在庫はわれわれ営業が手配するから、顧客から注文がきたら商品を取り出して届けるのは、そっちでやってくれ』という役割分担だった。ここが物流の原点」

 記者氏が頷き、思い出したように、言葉を挟む。

 「そう言えば、問屋さんなんかでいまでもそんな感じのところがあります」

 「それじゃ、40年も遡ることはないか。まあ、あんたの言う、いま行き詰まってる物流部門の40年前の姿ということで話を進めよう」

 「はい、たしかに、いまは立派な物流部門となってるとこでも、40年前は、そんな状態だったんですね。先生はその頃をご存知なんですね?」

 記者氏の質問を無視して、大先生が話しを続ける。

 「さっき役割分担って言ったけど、営業の連中からすれば、役割を分担しているなんて意識はなくて、倉庫とか配送なんて『簡単で誰にでもできる仕事』という認識だった。さっきの問屋さんも同じだろ?」

 記者氏が大きく頷く。大先生が続ける。

 「そうこうしているうちに、その頃、1956年台中頃かな、米国から物流という概念が入ってきた。つまり、物流を管理することで大幅なコスト削減の可能性があるという話が広まって、物流を管理する部門が作られ始めた。それらの物流部門はいろいろやった。少数だけど、非常に興味深い取り組みをやったところもある。まあ、それはいいとして、多くの企業が取り組んだのが、拠点集約という取り組みだった」

 大先生が一息つくのを見て、記者氏が相槌を打つ。

 「その頃は、倉庫が何十カ所もあったんでしょうね。それを集約していったんですね」

 「そう、営業担当者の数だけ倉庫があるなんて言われたりもした。それらの倉庫が集約され、いわゆる物流センターなるものが作られ始めた」

 「それ以前の倉庫と比べて物流センターは格好よかったでしょうね?」

 「格好よかったかどうかは別として、物流部門が物流センターを手に入れたことで、物流の守備範囲が決まってしまった」

 そう言って、大先生はたばこを取り上げた。記者氏が何か思い当たったかのような顔で、大先生に確認する。

 「いまの最後のお話はちょっと残念そうな言い方に聞こえたんですが、そのときにいまの物流の守備範囲が決まってしまったということでしょうか?」

 たばこに火をつけて、大先生が頷く。

 「これまで存在しなかった規模の大きい物流センターが物流の範疇に入ったら、物流部門は何をする?」

 「物流センターを管理するというのが重要な仕事になりますね。いま多くの物流部門がやってることがそれです。物流センターの設計から始まってレイアウトや荷役機器の選定、作業システムの検討、それから物流業者の管理とか、あっ、それにアウトソーシングの検討なんかも重要な仕事ですね」

 「そうだろう? 物流センターが手に入って、新しい仕事ができた。何か立派な仕事に見えてしまった。もちろん、必要な仕事には違いないけど、それが物流部門の主要な仕事になってしまった感は否めない」

 大先生の言いたいことがわかったのか、記者氏が「なるほど」と頷き、「それだけが物流の仕事じゃないぞってことですね」と確認する。大先生が頷き、記者氏に聞く。

 「そう、それは本来の物流管理じゃない。そもそも物流管理って何だと思う?」

 「物流を管理するってことですから、言葉どおりに解釈すると、ものの流れを管理するってことですか‥‥」

 「そう、最も望ましいものの流し方を構築し、管理することが物流管理の重要な仕事の一つのはずだった‥‥」

 大先生の話しを遮るように、記者氏が口を挟む。

 「なるほど、それが在庫のコントロールですね。いつも先生がおっしゃってる必要最小限の在庫しか動かすなということを実践することですね。市場が必要としないものまで動かして、輸送効率も保管効率も作業効率もへったくれもないだろうって本や講演などで強調されていますね」


ロジスティクスは新たな利潤源

 「へー、おれの本読んだり、講演聞いたりしてるんだ?」

 大先生が感心すると、記者氏は「もちろんです」と口を尖がらす。それにはかまわず、大先生がまた聞く。

 「それでは、なぜ本来の物流管理をやらないんだ、物流部門は?」

 「うーん、私もやればいいと思うんですが、結局できないんですかね‥‥」

 「そう、なぜできない? その答が40年前にある」

 大先生の言葉に記者氏が「そうかー、あっ、ちょっと待ってください」などと言いながら、ノートを見返し、独り言のように呟く。

 「あっ、これです。えーと、『在庫はおれたち営業が手配するから、顧客から注文が来たらあとは物流でやれ』という役割分担。そうか、なるほど、これがいまでも続いているってことなんだ」

 「言ってみれば、40年前の役割分担はいまでも続いている。倉庫が物流センターに変わっただけ‥‥なんて言ったら口を尖がらす物流部長が出てくるかな」

 「物流を管理する部門が出来たときに、物流を管理するということを横に置いて、新しく生まれた物流センターの管理に意識が集中してしまったことが物流の守備範囲を狭めたってことなんですか、なるほど」

 「物流技術管理が中心で物流管理はなおざりにされたってことさ」

 大先生の言葉を聞いて記者氏がすぐに反応する。

 「物流の資格で『物流技術管理士』っていうのがありますが、それはまさにそれですか?」

 記者氏の妙な物言いに大先生が苦笑し、否定する。

 「いや、あれはいろいろ経緯があって、あの称号になったけど、あの講座では物流管理もちゃんと教えてる。それはいいとして、そんな物流の現状を打破するにはどうしたらいいと思う?」

 「えーと、ものの流れを制約している要因を取り除くということですから、在庫の手配や生産との調整などを物流がやるってことだと思います。あっ、でも、営業と物流のこれまでの役割分担を壊す必要があるってことですね。でも、いまとなっては物流がそれをやるのは難しい。そこで、ロジスティクスという概念を持ち込んでくる‥‥ってことですか?」

 記者氏が自分の考えをまとめている。

 「一番重要なのは、なぜロジスティクスなのかということを明らかにすること。物流活動はもちろん、在庫にしたって物流サービスにしたって、いまは問題だらけだ。在庫手配、生産との調整から最後の顧客納品までを一元的に管理するロジスティクスを導入すればそれらは解決する。つまり、ロジスティクスは企業にとって新たな利潤源だってことさ。この利潤源なんだという認識が重要。そして、ロジスティクスを動かすためには、これまで当たり前だと思われていた社内の役割分担を変革する必要があるってことだ」

 「そうか、新たな利潤源か。なるほど。トップには利潤源だということを柱に進言するんですね。その進言する役割を担うのはやはり物流部門ですか?」

 「そりゃそうだよ。ロジスティクスの効果を一番実感じているのは物流部門だし、現にロジスティクスを導入している企業では、その導入は物流部門主導で行われている」

 「なるほど、よくわかりました。これから取材で伺ったときなど、この話を物流部長さんにぶつけてみます。また、その報告にお邪魔させてもらいます」

 そう言って、記者氏は元気よく帰っていった。

 

湯浅和夫の物流コンサル道場 第82

大先生の日記帳編・第17回〜


不況の今こそ提案営業【その1】


 暗い世相に下を向いてばかりでは、突破口は開けない。物流コストの削減ニーズは不況の時こそ大きくなる。物流企業は実力を発揮するチャンスだ。場当たり的な安売りや御用聞き営業とはおさらばして、目の覚めるような提案を荷主にぶつけてみよう。大先生がその支援に乗り出した。


厳しいときこそ営業は楽しい

 大先生が自席で窓の外を眺めている。外は寒風が吹き荒んでいる気配だ。大先生が「外は寒そうだな」と女史に声を掛けたとき、突然、事務所の扉が開き、「先生いらっしゃいますか?」と大きな声がした。「一体誰なんだ?」と大先生が怪訝そうに扉の方を見ると、そこに旧知の、ある大手物流企業の営業部長がにこにこして立っていた。

 実は、ある物流団体の新年賀詞交歓会で久し振りに顔を会わせ、慌しく近況報告をしたあと「近くに来たら事務所に遊びに来るように」と大先生が誘っていたのである。

 部長氏はいかにも寒そうな風情だ。女史がコートを受け取るために手を出すと、「冷たいですよ」などとさりげなく気を遣う様子を見せる。大先生が呆れた顔でそのやりとりを見ている。

 大先生に促されて、ソファに座ると、部長氏が唐突に話し出した。

 「寒風も厳しいですけど、世間の風も厳しいですね。うちは惨憺たる状況です。今年度の決算が思いやられます。寒さの方は、もう底をうつんでしょうが、景気の方はどうなるんでしょうかね?」

 部長氏の独り言のような物言いに大先生が意味不明に答える。

 「どうなるんだろうね。なるようになるんだろうけど、企業は、みずから何とかなるようにしないといけないな」

 そんな大先生の言葉に部長氏が頷く。

 「たしかにそうです。景気が悪いから業績が悪いんだなんて、景気のせいにしては、企業は成り立ちません。そこで、おまえら頑張れってうちの部がトップから発破を掛けられてます。いやー、こんなときに営業の責任者なんてやるもんじゃありませんよ」

 大先生が、にっこりと微笑み、首を振る。

 「口ではそう言うけど、顔は楽しそうだ。いまは営業が楽しいときなんじゃないの?」

 大先生の言葉に部長氏が「いやー、ご賢察です。先生にはかないません」などと言って、わざとらしく頭を掻いている。そこに女史がコーヒーを持ってきた。また、部長氏がわざとらしく褒める。

 「いやいや、ありがとうございます。先生の事務所でいただくコーヒーは美味しいと巷では評判ですよ」

 それを聞いて、大先生が呆れた顔で「また、見え透いた、いい加減なことを」と言う。それにはかまわず部長氏が突然話題を変える。

 「ところで、先生は、今年の正月も家に篭って箱根駅伝ですか? 早稲田は残念でしたね‥‥」

 「うーん、まあ、残念といえば残念だったけど、それでもおもしろかったし、いろいろ勉強にもなった」

 大先生の意味深な物言いに同じ早稲田出身の部長氏が乗ってきて、しばらく駅伝談義が続いた。


根拠のない料金値引きはしない

 いつまで駅伝の話を続けるのだろうと、女史が時計を見ながら心配そうな顔をしたとき、突然、大先生が話題を変えた。

 「昔から、物流は『不況の落とし子』と言われていて、不況になると、コスト削減という点で物流が脚光を浴びる。トップから物流コストを下げろという指示が出る。まあ、決して好ましい脚光じゃないけどね」

 大先生の言葉に部長氏が頷き、身を乗り出して話し出す。

 「たしかに、コストを下げる提案をしてくれという要請は多くあります。ただ、私は、うちの営業マンたちには根拠のない料金値引きは一切禁じています。安易に安い料金で受けてしまうと、既存のお客さまとの関係もあって、場合によっては際限のない料金ダウンに追い込まれる危険がありますので」

 大先生が大きく頷くのを見て、部長氏が続ける。

 「それに、一般的に言って、どの企業も、これまで物流の効率化はそこそこやってきてますから、これまでと同じ土俵では、そう簡単にコストなど下がりません‥‥」

 部長氏の話を遮るように、大先生が興味深そうに聞く。

 「これまでと同じ土俵?」

 「はい、これまでの物流のやり方のままでコストを下げようとしても、そんな大きなムダが存在するわけではありませんから、無理ということです。そうなると、コストを下げるためには、われわれの身を削ることをしなければなりません。そんなことまでして仕事を取っても、決していいことはありません。もちろん、仕事を取らないでいいというわけではありませんが‥‥」

 「そこで、何か新しいことをやろうとしてるわけだ?」

 「はい、うちの部は新規顧客の開拓が中心ですが、新規の仕事を取るために、部を挙げて新しいことにチャレンジしている最中です。その意味では、たしかに私だけでなく、部全体で楽しんでます」

 大先生が「へー、すごいな」と言って頷くのを見て、部長氏が鞄から一冊の本を取り出して、大先生に見せる。大先生が先月出版したばかりの新しい本だ。

 「へー、それもう読んだの? 早いな。おれだって、まだ読んでないのに‥‥」

 大先生が軽いジャブを飛ばすが、さすがに大先生慣れしている部長氏は動じない。

 「はい、先生より先に読ませていただきました。一応、先生が出された本は全部読んでます」

 「一応‥‥って何?」

 大先生の問い掛けに部長氏が即答する。

 「はい、読んではいますが、そのとおりできてはいないという意味での一応です」

 大先生が苦笑する。部長氏が続ける。

 「この本の中に、本気で3PLをやるのなら、これまでの延長線上での提案は一切するな、3PLならこういう提案をしろというようなことが書いてありますよね。そうそう、荷主の物流担当者の目が覚めるような提案をしろともおっしゃってます」

 大先生が、このあとどんな話になるのか興味深そうな顔で頷く。部長氏が続ける。

 「先ほど、いまや企業の物流には大きなムダはないって言いましたが、それは目に見えるムダを言ってるんで、実は目に見えないムダというものが現実にはたくさんあります‥‥」

 大先生が、ソファにからだを預けて、苦笑しながら部長氏を見ている。それを見て、部長氏が「あっ」と言って、頭を下げる。

 「済みません。釈迦に説法でした。つい、お客様への説明口調になってしまいました。要するに、以前から先生が言い続けておられる、物流活動の効率化ではなく、本来必要のない物流を徹底して排除しましょうよという提案をしているわけです。『物流コスト三〇%削減提案』と銘打ってます」

 大先生が「ふーん」と言って、コーヒーを手に取る。大先生から何もコメントがないので、部長氏がさらに続ける。

 「えーとですね、先生お得意の在庫管理と物流ABC(活動基準原価計算)という二つの技法を使って、ある事例で、見えないムダを見える形にして示して、『一般的には、こんなに大きなムダがあるんですよ。御社もこのムダを明らかにして、それを一緒になくしていきませんか』って提案してるんです。尊大なチャレンジかもしれませんが、こんな時期ですから、そういう提案こそが意味があるのではないかと思ってやっているところです」


革新的な提案が荷主の興味を引いた

 部長氏が一呼吸置くのを見て、大先生が、半信半疑の風情で話しかける。

 「在庫管理や物流ABCについて、おたくの営業マンたちは熟知してるってこと? 正直、それは凄いな。それでは、コンサルの出番がなくなってしまう」

 「いえー、熟知なんかしていませんよ。営業に使える範囲の知識を私が教え込んだって程度です。もし、それに荷主さんが本気で乗ってきて、それをやりたいということになったら、すぐに先生のご支援を‥‥」

 「それは危ないな。生兵法は怪我の基だよ。その提案に興味を持つ人は結構そのあたりについてよく知ってるって人じゃないか‥‥」

 大先生の話の途中で部長氏が割り込んだ。

 「それなんです。実は、うちは八人の営業がいるんですが、先週ですね、二人一組にして、ツテを頼ってアポを取った四社のお客様のところに行かせたんです。そのうちの一社の担当者の方が先生のご本を読んでいて、先生はおたくの顧問をされているのかと聞かれ、さらに、こういう場合はどう対処するのかとか難しい質問をされて、しどろもどろになって、結局うちの実現能力を疑われてしまったという情けない結果になってしまいました」

 大先生が「さもありなん」という顔で頷き、楽しそうに続きを聞く。

 「それで、その二人は、もうこんな営業なんかやりたくないって?」

 「そう思うでしょ? ところがどっこいなんです」

 「どうどっこいなの?」

 妙なやりとりにパーテーションの向こうで女史が笑いを懸命に堪えている様子が窺える。部長氏が続ける。

 「やり込められはしたんですが、実は、彼らが言うには、荷主の物流担当の方と物流のあり方について真剣に話し合ったのは初めての経験だった、冷や汗をかいたけど、それは、彼らの言葉を使えば『エキサイティングな経験』だったと言うんです。そして、荷主の担当の方と話すということがどういうことなのかわかった、もっと勉強するって、こうです」

 部長氏がやや興奮気味に説明する。

 「荷主の目を覚ます、じゃなく、自分で目覚めたってわけだ。いいことだ」

 「はい、そうなんです。その荷主の担当の方が、別れ際に、『おもしろい提案だった。うちの課題を解決して実現可能な案ができたら、また来てくれ』っておっしゃってくれたそうです。その言葉が彼らを奮い立たせたようです」

 「へー、なるほど。それで、他の営業の連中はなんて言ってた?」

 「それなんです。うちは、正直に言いますと、これまでの営業は御用聞き営業でした‥‥」

 「よく知ってる」

 間髪いれずに大先生が返事をする。部長氏が小さな声で「はい」と言って、体勢を立て直すように座り直し、続ける。

 「それが、今回は、まったく違う、まさに画期的な提案でしたので、まずお客様のほうで驚かれたようです。なにか講義を聞くようにメモを取りながら聞いてくださったそうです。うちの連中の拙い話なんですけどね。もちろん、それですぐに仕事に結びつくことはありませんが、いい感触だったと彼らも興奮気味でした。あっ、そのうちの一社から『おたくに物流センターを任せると、物流ABCをやってくれるのか?』って聞かれて、『はい』と答えたら、ちょっと検討させてくださいと言われたそうです」


提案力を高めるために

 「ふーん、初めての経験がエキサイティングだったというのは興味深いし、さもありなんって感じもする。やっぱり何でも一度体験してみるもんだね」

 「いやー、思った以上にいい結果になりました。これまでも、口では、荷主のパートナーになれとか相談相手になれとか言ってきましたが、そんなの空論に過ぎません。今回、それなりの手応えを感じたのは、提案がかなり革新的だったからのように思えます。荷主の興味を引いたということです。これを続けてみようと思ってます」

 大先生も手応えを感じたかのような顔で大きく頷く。それを見て、部長氏が恐る恐る大先生に話しかける。声が小さい。

 「そこで、ご相談なんですが、提案営業の支援というか提案能力を高めるためのご指導のようなことはしていただけるんでしょうか?」

 「なに、今日は、仕事の依頼に来たわけ? 雑談しに来たわけじゃなく‥‥」

 「はい、そうなんです。済みません」

 「別に謝ることはない。おれが常々物流業者にやってほしいと思ってたことだから、非常に興味がある。いいよ、やるよ」

 「よかったー、よろしくお願いします。ただ、成約する前のご指導ですので、そんなにお支払することはできません‥‥」

 「当然だよ。成約したら一定の成功報酬をもらうけど、それまでは教育費用程度でいいよ。それより、提案のために使っている資料とかあるんだろ? それは持ってきてるの?」

 「は、はい、あることはあるんですが、お見せできるようなものでは‥‥」

 「なに言ってるの。営業支援コンサルをやろうとしてるのに隠しごとはだめだよ。あっ、資料広げるんだとここでは狭いな。向こうに移ろう」

 そう言って、大先生が会議テーブルに移る。部長氏が「まずいな」って顔で後に続く。これは長くなりそうだ。女史がお茶を入れるために立ち上がった。(次回に続く)



湯浅和夫の物流コンサル道場 第83

大先生の日記帳編・第18回〜

 

不況の今こそ提案営業【その2

 

 どんな高説をぶっても、一般論では荷主の心を射抜けない。3PL営業は仮説の提示から始まる。その荷主にとっての物流のあるべき姿をイメージし、実態とのギャップから、今後の方向性を明示する。そこに説得力があれば、扉は開かれる。


提案書は講演レジュメとは違う

 提案営業支援の依頼に来たある大手物流企業の営業部長が会議テーブルを挟んで大先生と向かい合っている。部長氏が鞄から資料の束を取り出す。革新的な提案資料ということだが、なかなか大先生に渡さない。

 「どれ、見せてごらんな」

 大先生が手を伸ばすと、「いやいや」とか言って、胸に抱え込んでしまう。大先生が苦笑しながら、呆れたように言う。

 「どうせ、最近出した本からあちこち引用してるんだろ? 別に気にしないでいいから」

 「えっ、わかります? さすがですね。でも、最近の本だけじゃなくて、前の本からも使わせてもらってます。済みません」

 部長氏がぬけぬけと言う。大先生が頷きながら、また手を出すと、部長氏が観念したように資料を差し出した。

 大先生が一枚ずつページを繰る。部長氏は、ページがめくられるたびに「あっ、それは」とか「いやいや」などと困惑気味に意味不明な言葉で応じている。大先生はそんなことにかまわず、一通り資料を見終わると、部長氏の顔を見た。部長氏が身構える。

 「まあ、よくできてる。というか、うまく引用している。でも、講演レジュメならこれでいいけど、提案書では、これではだめだ」

 部長氏が恐る恐る頷き、大先生を見る。大先生の目つきが変わっている。仕事モードに入ったようだ。

 「これを使って説明したら、相手の物流担当者に、物流というのはこう考えるんですよ、本当の問題はここにあるんですよってレクチャーをしているようなもんだ。たしかに興味は呼ぶだろうけど、もう一歩踏み込ませるには、これでは弱い」

 部長氏が思い当たるように頷く。

 「はい、たしかに、おもしろい話を聞いたとはおっしゃっていただけるんですが、その後うやむやになってしまって、次にどうつなげたらいいのかわからなかったってうちの連中が言ってました」

 「まあ、興味を持ってもらったってのはいいけど、その先に進展しなきゃ営業としては意味がないな。簡単に言うと、これでは、物流担当者が自分の問題として実感できないってこと。逆に言えば、提案する側がいま目の前にいる物流担当者と同じ土俵に上がってないってこと。わかる?」

 部長氏が頷き、「講演レジュメとおっしゃられたのは、講師と受講者のような関係になってしまってるってことですね?」と聞く。

 「そう、講演の場合は、聞き手はさまざまだから普遍的な内容でやるしかないけど、提案の場合は、提案する側が相手の土俵に上がっていかないと」

 「はあ、わかります。おっしゃられたいことはよくわかりますが……」

 「何をどうしたらいいかわからない?」

 「はい、そこらあたりもご指導いただければと思って……」


提案営業は想像力が決め手

 部長氏の言葉を遮るように大先生が唐突に聞く。

 「あなたも若いときってあったよね?」

 「それはありましたよ、私にだって」

 「その頃、好きな女性とデートしたり、贈り物をするとき、どうした?」

 突然妙な質問をされ、部長氏が答に窮する。おかまいなしに大先生が続ける。

 「自分の好きなところにばっかり行った? 自分の好みのものを贈った?」

 「あっ、そういう意味では、自分の好みより相手の好みや都合を優先しました」

 「そうだろ。いまでも同じだろ? 世話になった人に贈り物をするとき、たとえば、そこに自分が気に入った日本酒があったとして、それを贈る?」

 「いえ、いくら自分が気に入っても、相手が酒好きじゃなかったら逆効果になりますから、贈る相手の好みとかいろいろ考えます」

 「提案だって同じだよ」

 部長氏が大きく頷く。

 「たしかにそうですね。贈り物なんかだと、自然と相手の好みとか考えますが、提案とかになると、そういうことに思いが至らないのはなぜなのかなー? 要は、相手のことを知らないってことかな……」

 部長氏が自問自答している。

 「そう、それが正解。相手のことがわかってない。だから、一般論的な資料になってしまう。まさに講演の場」

 「そうですね。一応、提案先の会社概要や最近の記事などは調べては行きますけど……」

 部長氏が言い訳のようにぶつぶつ言う。大先生がだめを押す。

 「そんな程度じゃだめだよ。3PL営業は、『御社の物流は、現状こういう状況にあると思います』から始まらないと。そのためには、提案先の会社は、いまこんな物流をやっていて、きっとこういうことに困っているはずだという仮説を作ることが必要になる。その仮説をもとに提案するのが基本だよ」

 部長氏が頷きながらメモをしている。メモが終わるのを待って大先生が続ける。

 「要するに『あなたの会社の物流をこういう方向に持っていったらどうでしょうか。そのお手伝いをさせて下さい』って営業スタイル。うちのこれを買ってください、仕事くださいって営業ではもちろんない」

 そう言って、大先生がたばこに手を伸ばす。大先生がたばこに火をつけるのを見ながら、部長氏が思い出すように話す。

 「たしかに、その意味では、当社は、かつては仕事くださいの一辺倒でした。お客様のところに御百度を踏め、それが営業だなんて教育してましたが、そんな営業いくらやったって儲かる仕事にはなりませんでした。そこで、今回われわれ自身の営業スタイルを変えようと思ったんですけど、まだまだ中途半端な状態です、たしかに。本来の提案営業のスタイルにするために特に何が欠けているんでしょうか?」

 大先生がたばこを喫いながら、部長氏の顔を見る。部長氏が焦りの表情を浮かべる。

 「何が欠けているかって言われても‥‥、なにもかにも欠けていると答えざるを得ない」

 大先生の言葉に部長氏が即答する。

 「やっぱり。お聞きした途端、そう言われるのではないかと直感しました」

 大先生が苦笑しながらフォローする。

 「まあ、あれだよ、おたくに限らず、どこの物流企業の営業もそうだけど、最初の段階の仮説を立てる能力が弱いことはたしかだ。これが弱いと提案営業という点では致命的だ。提案内容が相手にフィットしないということだから」

 「そうですねー。さっきのお話を聞いて、そう思いました」

 「その仮説を作るにあたって重要なのは何だと思う?」

 突然、大先生から質問を受け、部長氏は焦りの表情を浮かべる。「うーん」とか言いながら、腕を組んで考える振りをしている。

 「別に難しく考えないでいいよ」

 大先生に促され、部長氏が思い切ったように言う。

 「要するに、その会社の物流がどんな現状にあって、どんな問題を抱えているかってことですよね。そうなると、重要なのは、想像力でしょうか?」

 部長氏の答に大先生が楽しそうに「当たり!」と大きな声を出す。それを聞いて、部長氏が「えっ、まじですか?」と負けずに大きな声を出す。


「あるべき姿」のイメージを持つ

 「まじだよ。実態はこうじゃないかと推し測る力が重要なのさ」

 大先生の言葉に部長氏は半信半疑の表情だ。大先生にかまわれてるんじゃないかと不安そうな顔をしている。部長氏が独り言のように話す。

 「ただ、想像するといっても、そう簡単じゃないですよね。『えーと』なんて言って思い浮かべても何も出てきませんもの。なんかそこに、テクニックというか想像を可能にする土台というか、想像するための何かが必要な気がします」

 大先生がまた「当たり!」と思案顔の部長氏に声を掛ける。

 「想像するためには当然何かが必要だ。要するに、物流を見るときの視点だよ」

 「はぁー、視点ですか、なるほどー、何となく……」

 「わかった?」

 「いえ、わかりそうで、わかりません」

 大先生がわざとらしく仰け反るのを見て、部長氏が「済みません」と頭を下げる。大先生が気を取り直して、話を続ける。

 「視点というのは、一言で言うと『物流かくあるべし』というイメージさ。物流を見るといっても漠然と見るわけじゃないだろ? 何らかの判断基準を持って見るはずだ。基準があるから、その物流のレベルがわかる。ここまではいい?」

 部長氏が複雑な表情で、それでも頷く。

 「かくあるべき物流の姿というのは、企業の物流が向かうべき最も望ましい物流の姿。その姿と現状とのギャップを埋めるための方策が、おたくたちが出す提案。違う?」

 今度は、部長氏も納得できたように大きく頷く。

 「当然、そのギャップを埋めるためには、クリアしなければならない制約がある。その制約の難易度もいろいろだ。だから、あるべき姿に至るまでに何段階かのステップが存在する。さて、この会社はいまどのステップにいるだろうかと推し測るのが想像。わかった?」

 大先生に問われて、つい部長氏が頷いてしまう。すぐに大先生に突っ込まれる。

 「本当に? 説明しながら、これじゃ理解してもらえないだろうなって思ってたんだけど」

 「はぁー、すみません。何となくわかったような気がしたもんですから」

 「まあ、これは具体的なケースで訓練してみよう。ただ、『物流かくあるべし』という姿はおたくの会社で議論して固めておかないと。意外とそれをやっていない会社が多いのは不思議だな。荷主なんかでも目指すべき物流のイメージを持っていないところが結構ある。本来それでは物流管理なんかできないんだけどな」

 大先生の言葉に、今度は自信を持ったように部長氏が同意する。

 「それについては、おっしゃる意味が実感としてわかります」

 「実感としてということは、おたくの営業部隊はそのイメージを持っていないから物流を的確に見られないし、荷主の物流担当者と前向きな話ができないんだろうなって思ったってこと?」

 「はい、そのとおりです。物流の話を聞きに行っても、それじゃどうしたらいいんだってとこで、いつも行き詰ってしまうというのが、恥ずかしながら、うちの実情です。それを打開するためには、あるべき物流のイメージを持つってことなんですね?」

 「そう、それがあれば、物流の話を聞いても、それを基準にして、いろいろ問題が見えてくるし、問題解決にあたっての制約の存在なんかも確認できる。つまり、その会社の物流の限界と可能性がわかる」


再訪問の道を開く

 「そうなると、最初の提案は、仮説が妥当かどうかのチェックという意味合いが強いってことですね?」

 「提案営業というのは仮説検証の繰り返しと言っていい。ただ、そんなに繰り返すことはないけど」

 部長氏が「せいぜい二、三回ですかね」と適当に言う。大先生が頷き、続ける。

 「ただ、検証というのは事実の確認だけでなく、簡易な物流ABC調査や簡単な出荷データ分析などが入ることもある。もちろん、向こうの協力次第だけど」

 「なるほど、そのような検証をして、より相手先の実情に合った、かつ説得力のある提案内容に修正して持っていくってことですね」

 「そう、相手が興味を持てば、再度の訪問を断られることはない。もう結構と言われたら、それでやめにすればいいけど、いまのような物流コスト削減が大きな課題になってるときだから、興味を持つお客さんが多いと思うけどね。もちろん、そういう提案をしたからと言って、すぐにその提案全部を委託されることはないと思う」

 「そりゃそうですね。でも、その提案でうちをおもしろいと思っていただいて、何らかのつながりができれば、その先が楽しみです。私どもも、まずは新規のお客さんとお付き合いをしたいというところにねらいがありますので、まずは、こちらに関心を持ってもらうための提案と考えています。でも、提案を受け入れてやってみようというお客さんが出てきたら、それこそエキサイティングですね。頑張ります。よろしくお願いします」

 そう言って部長氏が外を見る。もう真っ暗だ。「いかがですか?」と言って、部長氏が酒を飲む仕草をする。大先生が頷くのを見て、部長氏が嬉しそうに立ち上がる。



湯浅和夫の物流コンサル道場 第84

〜大先生の日記帳編・第19回〜

 

物流子会社に春は来るか

 

 親会社の業績悪化から多くの物流子会社が窮地に立たされている。メーカーとして物流のリソースをグループ内に抱えておく必要がどれだけあるのか。その存在意義が改めて問われている。物流子会社は親会社の判断を待つのではなく、自らその答えを提示して難局を乗り越えろ。


満開の桜の下で声を掛けられた
 上野公園の桜が満開だという最近のニュースを思い出し、大先生は、上野駅からいつもの地下鉄に乗らずに、公園に向かって歩き出した。昼前のせいか駅の公園口あたりは花見客でいっぱいだ。

 公園内の桜のトンネルをのんびりと見上げながら歩いていると、突然横から「あっ、先生!」と意外そうな口調で声を掛けられた。声の方を見ると、二人連れがにこにこしながら大先生を見ている。

 どこかで見たことある人だなと大先生も微笑むが、どこの誰だか思い出せない。大先生にとってはよくあることだ。それを察したのか、二人のうち声を掛けた年長者が前に踏み出して、社名と名前を名乗り、ある委員会で一緒だったと直近のつきあいまで教えてくれた。

 そこまで言われて、大先生もようやく思い出した。その人はある物流子会社の役員で、委員会では「結構はっきりと適切なことを言う人だな」という印象があった人だ。

 その役員氏が「お花見ですか?」と率直に聞くので、大先生も「はい。出勤途上ですが」と正直に答える。彼らは、近くに用事で来て、せっかくだからと花見としゃれ込んだそうだ。同行者は、役員氏が担当する経営企画部の部員だという。まだ若いが、賢そうな印象を与える雰囲気を持っている。

 役員氏が「もしよろしければ、お昼をご一緒にいかがでしょうか?」と大先生を誘う。特に用事のない大先生が頷く。三人でぶらぶらと御徒町まで歩き、ちょっと名の知れた和食の店に入った。若手部員氏が気を利かせて個室を取る。食事をしながら、話題は当然昨今の厳しい情勢に移っていった。

 「うちに限らないんでしょうが、物流子会社は、どこでも、いま厳しい状況に置かれていると思います」

 役員氏が、しみじみした口調で言う。それに大先生が即座に応じる。

 「物流子会社に限らず、どんな企業もそれ相応に厳しいはずです。これだけ需要が落ち込めば、供給側は、それに合わせた対応を迫られます。対応の度合いは各社によって違うでしょうけど、何もしないで済む会社なんてないでしょう」

 「はぁー、それはそうなんですが、うちは親会社がかなり厳しい状況で、聖域なしの改革に取り組むとか言って、人員削減まで手をつけています。当然、うちにもかなりの支払額の削減を言ってきてます。噂では、うちの身売り話まで出ているようなんです」

 役員氏がいかにも困ったという表情で声をひそめる。何が気に入らないのか、大先生が意地悪な質問をする。

 「身売りされると困りますか?」

 「いやー、それはやっぱり‥‥。なあ?」

 役員氏が若手部員氏に向かって同意を求める。若手部員氏が大きく頷き、「社員の士気もそうですが、処遇とかいろいろ問題が出ます」と言葉を足す。

 「そしたら、そう言えばいいんじゃないですか、親会社に」

 大先生の言葉に役員氏が煮え切らない風に「それはもちろん言ってるんですが……」と答える。役員氏は、委員会での発言と違って自分の会社のこととなると歯切れが悪い。大先生が何か言おうとしたときに、襖が開き、食後のコーヒーが運ばれてきた。

 

大先生の言葉にいきり立つ二人

 大先生が「たばこ喫ってもいいですか?」と二人に聞く。役員氏が「もちろん、私も喫います」と応じる。ちょっと沈んだ雰囲気がリラックスムードに変わってきたところで、役員氏が話題を変えようとした矢先、大先生が話を戻すように、また意地悪な質問をした。

 「要するに親会社にとって、御社は身売りしても差し支えない程度の存在だったってことですか。まあ、思うに、物流業務しかやってなかったろうから、物流業者に売っても何の支障もないってことか……」

 大先生の言葉に、さすがに二人ともむっとした表情をする。それを見て、大先生が平然と聞く。

 「まあ、御社の実情についてほとんど何も知らない私からそんなこと言われるのはおもしろくないかもしれないけど、そんな怒った顔をすることはないですよ。もし、私の言ってることが事実なら、まずそれを認めないと活路は拓かないんじゃないですか? こんなときこそ自社を冷徹に客観的に見つめることが必要だと思いますが、違います?」

 役員氏が、はっとしたような顔で答える。

 「いや、失礼しました。怒っているわけではありませんが、なんか痛いところを突かれた感じで、つい。たしかに、おっしゃるとおりです。うちの会社は親から見れば、その程度だったというのは認めざるを得ません」

 役員氏があっさり認めてしまう。ただ、若手部員氏は不満そうな顔をしている。なぜか、大先生もおもしろくなさそうだ。役員氏の覇気のなさが気に入らないようだ。大先生が質問を変える。

 「御社では、自社の強みとか弱みとか分析したことあります?」

 「あー、SWOT分析ですね。もちろん、あります」

 若手部員氏が自信たっぷりに答える。浅薄な知識をひけらかすような感じが大先生は気に入らない。大先生が若手部員氏に聞く。

 「その強み、弱みは何に対するもの?」

 若手部員氏が怪訝そうにぶつぶつ言う。

 「何にって言っても……うちの強みとか弱みですから」

 大先生はその答が気に入らないようで、嫌味たっぷりに確認する。

 「ふーん、きっと誰かが頭で考えて、うちの強みは、自分の業界の物流に精通しているだとか、知名度や信頼度が高いだとか、人材が豊富だとか、そんな愚にもつかないことを列挙したんじゃないの」

 大先生の言葉に若手部員氏の顔が一気に紅潮した。明らかに怒っている顔だ。そんなことにかまわず、大先生が質問を続ける。役員氏は困った顔で二人を見ているだけだ。

 季節がもたらす外の華やぎとは対照的に大先生たちの周りは寒風が吹き荒れそうな雰囲気になってきた。

 「それでは、別の聞き方をするけど、親会社に対する御社の強みは何? 要するに、他社にはできない物流子会社ならでは強みってことだけど……」

 大先生の質問に若手部員氏が「うーん」と言って、腕を組む。すぐにも言える答えはあるのだが、それを言ってまた大先生にいちゃもんつけられてはかなわんという風情が見え見えだ。大先生が、「何でもいいよ」と促す。それに応じて若手部員氏が頷いて自分の考えを言う。

 「親会社の内部事情に精通しているってことだと思います。もっとも、私はプロパーですから、正確に言うと、私どもの社内には精通している人が少なからずいるってことではないでしょうか」

 大先生が大きく頷く。

 「それそれ、その『内部事情に精通している』っていう表現は的を射ている。親会社に対する物流子会社の強みはまさにそこにある。親会社の業務や風土に精通しているし、親会社と人的なつながりもあるという強みは、一般の物流業者ではどんなに頑張っても手に入れられないもの。そしたら、その強みを最大限活かした業務代行をやることを本来まず考えるべきだったんじゃないですか?」

 大先生が役員氏に向かって過去形で聞く。役員氏が「たしかに」と言いながら、伏し目がちに頷く。それを見て、大先生は、今度は若手部員氏に向かって話し掛ける。

 

親会社にも専業者にも出来ない仕事

 「いま御社で受託している業務は、その強みを活かしたものではないでしょ? 運ぶ、保管するっていう業務は本来物流業者の仕事。取り扱いに特別な注意が必要なら、それは誰かが管理すればいいことで、その役割は御社じゃなくても親会社でもできることだ。そこでだけど、『親会社でやるのはちょっと面倒だ、ただし一般の物流業者に任せるのはちょっと抵抗がある』というもので、親会社にとって極めて価値の高い業務、それが物流子会社ならではの仕事なのではないですか?」

 大先生の問い掛けに若手部員氏が何度も小さく頷いて、「わかります、わかります」と言う。もう先ほどの怒りの気配は消えて、しきりに何かを考えている。それがどんな仕事なのか探している風情だ。

 役員氏が、そんな部下の様子を見ながら、「たしかに、そういう仕事を早いうちから担ってこなければならなかったですね」と自嘲気味につぶやく。

 「そうです、これは、身売りされそうだからどうだという話じゃなくて、物流子会社のそもそも論です。親会社にとって価値があるというのは親会社ではやるのが難しい、しかも親会社にとって非常に価値のある仕事を代行してくれているってことでしょ?」

 大先生の問い掛けに二人が同時に頷く。それを見て、大先生が続ける。

 「こういう厳しい状況の中で、幸い身売りされずに、物流子会社としてこれからもやっていこうというなら、そして、いまを再出発としてとらえるなら、親会社にとっての自社の存在価値を発揮する役割とは何かを改めて必死に考えるときだと思いますが、どうです?」

 二人が頷くのを見て、大先生が続ける。大先生が饒舌になってきた。

 「現下の状況を乗り切るためにどうするかに留まらず、将来どうあるべきかをいまこそ真剣に考える絶好のチャンスだと役員の方々は考えて行動すべきだと思います。これまでの延長線上では決して安泰ではないことは身に染みてわかったはずですから、彼のように将来のある若い社員たちのためにもこの機会を逃すべきではないと思います。まあ、余計なお世話かもしれませんが……」

 「いえ、余計なお世話だなんてとんでもありません。たしかに、それが役員の責務ですね。正直、うちは、これまで親会社の成長とともに大きくなってきただけで、実質何もやってきませんでした。この反省を糧にして、新たな取り組みをしなければいけないと‥‥

 役員氏の言葉に割り込むように、若手部員氏が「ちょっといいですか」と口を挟む。役員氏の実体のない話はもう結構という様子が窺える。

 「あのー、先生がおっしゃられる、親会社でやるのは面倒で、物流会社にやらせるのは抵抗があるという業務、というのは、もしかしたらロジスティクスですか?」

 大先生が微笑みながら大きく頷く。

 「そう、まあ、そういう仕事なら何でもいいのだけど、私が物流子会社に是非やってもらいたい、いや、物流子会社ならではの仕事じゃないかと思ってるのがロジスティクス。どう思う?」

 大先生にそう聞かれて、若手部員氏が興奮気味に同意する。

 「はい、私もまったく同感です」

 若手部員氏の断定的な物言いに役員氏が驚いたように彼の顔を見る。若手部員氏が続ける。

 「実は、私はプロパーですけど、親会社の物流を見ていて気になることがいっぱいあって、なぜそうなのかという疑問から親会社の関係者の言動をそれとなく見ていて、何て言うか、うまく言えませんけど、在庫の動き全体をうちが管理した方がいいのではないか、物流サービスも実態を知らせて、もっとちゃんとした方がいいのではないか、そうすれば拠点配置だってもっと変えられるのではないかといったような思いをずっと持ってました」

 

若手の問いかけに役員は深く頷いた

 ここまで一気に話して、若手部員氏が役員氏の顔を見た。役員氏が思い当たったように「そういえば、君は、以前、そんなことレポートしたことがあったな」と言い、「あのときは誰も関心を示さなかったけど」と付け足す。若手部員氏が頷き、言葉を足す。

 「営業の方々は在庫手配なんかやりたがっていませんし、生産の方々は在庫や出荷についての的確な情報がなくて困っていることはたしかです」

 役員氏が頷く。若手部員氏が続ける。

 「在庫とか生産に必要な情報はもちろん物流サービスの実態に関する情報もすべて物流にあるんですから、顧客納品から生産計画支援まで一手にわれわれが代行して然るべきだと思うんですが、どうでしょう?」

 若手部員氏に問われ、役員氏が大きく頷き、一つの決断をした。

 「そうだな、たしかにその業務は、おれが考えても、親会社の中でやるよりもうちがやった方がいいかもしれない。在庫削減や物流コスト削減など効果が大きいから、親会社でも関心を示すことは間違いない。よし、親会社に提案しよう。おれが交渉の先頭に立つから君は中心になって提案文書を作ってくれ」

 二人で妙に盛り上がっている。大先生は、居場所がなくなってきた感じだ。「おもしろそうだから、おれも参加させろ」と言っていいものか迷いながら、たばこに手を伸ばした。



湯浅和夫の物流コンサル道場 第85

〜大先生の日記帳編・第20回〜

提案依頼書(RFP)の作り方【その1

 荷主がパートナー候補の物流企業に提示する提案依頼書。その作り方次第でアウトソーシングの成否は大きく左右される。しかも、物流企業は提案依頼書から、荷主の姿勢と真意を値踏みしている。料金を叩くしか念頭にないことが透けて見えれば、そっぽを向かれても仕方ない。


物流を限りなくシンプルに
 午後からコンサル依頼の来客があるというので、今日は二人の弟子も事務所でスタンバイしている。そのお客は、ある中堅メーカーの物流部長で、アウトソーシングの支援をしてほしいという依頼でくるらしい。

 このところ、物流をアウトソーシングするという動きが静かに、しかし大きなうねりのように広がっている。アウトソーシングすれば物流コストが下がるという錯覚が蔓延しているようだ。

 ある物流業者は、コンペへの参加要請が引っ切り無しに舞い込んで対応しきれないほどになり、コンペを選ぶ状況になっているという。コンペの中には現状のままの物流を何%ダウンでできるか提案しろという単にコストを下げることを強いるだけのものも少なくないので、それらは敬遠しているそうだ。

 それは荷主が出してくる「RFP(Request For Proposal:提案依頼書)」を見ればわかるという。いい加減なRFPが横行しているらしい。

 そんな話を耳にしているところに、この依頼があった。一体どんな話をしにくるのか、大先生も今日の来客には興味を持っている。

 約束の時間通りに依頼者が事務所を訪れた。物流部長であるらしい人と、より偉そうな人と二人で来訪した。弟子たちも含め入れ替わりながら名刺交換をする。名刺によると、より偉そうな人は物流部を担当する役員だった。

 一通り挨拶を交わし、ソファに腰を下ろすと物流部長氏が話を切り出した。ちょっと緊張気味だ。「お忙しいところお時間を取っていただき‥‥」から始まり、会社や自分たちの紹介を簡潔に済ます。てきぱきとしていて、切れ者という印象だ。

 物流部長は、これまで工場を中心に仕事をしてきて、半年前に現職に就いたそうだ。物流への異動はまったく予期していなかったという。役員氏によると、社長が物流の抜本的な改革をやらせたいということで彼に白羽の矢を立てたそうだ。その話を受けて、大先生が質問する。

 「それでは、半年間は自社の物流を勉強したってことですね。不可解なことがたくさんあったのではないですか?」

 大先生の言葉に部長氏がわが意を得たりといった感じで答える。

 「実は、おっしゃるとおりでした。そういうことって、うちに限らずよくあることなんでしょうか?」

 「他の部署から初めて物流に来た人は、最初は多くの方がそういう印象を持つようです。しかし、また多くの方が、そのうちそこに埋没してしまうようです。困ったことです。あなたがそうならないことを願います」

 部長氏が、苦笑しながら素直に「はい」と頷き、ちょっと座り直して、本題を切り出す。

 「実は今日お邪魔しましたのは、私どもの物流を本格的にアウトソーシングしたいと思いまして、そのご支援をお願いにまいったわけです」

 余計な前置きや経緯の説明なしに来訪の目的を最初に切り出す。大先生が、好感を持ったような表情で頷く。大先生としては、目的がはっきりしたので対応しやすい。部長氏が続ける。

 「実は、物流部長を拝命したとき、社長から『物流を限りなくシンプルにしてくれ。そのために必要なあらゆる方策を考えろ。聖域は一切設けるな』という言葉をいただきました」

 「へー、シンプルにしろとおっしゃったんですか?」

 大先生が興味深そうに聞く。役員氏がすぐに補足する。

 「はい、社長の口癖なんです。『物事を複雑にするな、本質を見失うな』ということで、会話の中にも『要するに何だ?』という問い掛けがたびたび登場します」

 大先生が大きく頷くのを見て、部長氏が続ける。

 「はい、社長の言葉を借りれば、『要するに物流は、お客様が必要とするものを必要なときに届けることだ。お客様と工場を結ぶシンプルな仕組みを作れ』ということです。社長はおそらく先生のご本を読んだりしたことはないでしょうが、その考えは先生とご一緒ですよね?」
 「それで、うちに来た?」
 大先生の確認に部長氏が「それもありますが、ある本で先生が書かれていたアウトソーシングについてのお話に共感を覚えたこともあります」と答える。


■そのままアウトソーシングするな

 部長氏の答えに弟子たちが興味を持ったように、身を乗り出す。それを察して、部長氏が補足の説明をする。

 「たしかこういうことです。『アウトソーシングは、物流業者にできることはすべて物流業者に任せて、荷主の物流部は自分たちにしかできないことをやるという役割分担だ』というご主張だったと思うのですが、この言葉にいたく共感を覚えたのです。当たり前と言えば当たり前なんですが、物流をシンプルにという本質をここに見たような気がしたのです。先生を前に生意気なことを申し上げてるかもしれませんが‥‥」
 大先生が「別に」と言って、「まあ、シンプルというのは、当たり前なことを当たり前にやれってことですから」と付け足す。その言葉を聞いて部長氏が「そうなんです」と言って、自分の思いを話す。
 「これまでわずかな期間ですが、わが社の物流を見て感じたのが、当たり前なことが当たり前に行われていないということです。まさに先ほど先生がおっしゃった不可解なことが多々ありました。なぜそんなことになっているのかと問い質すと、いろいろ理由が出てきます。ただ、私が問題に思うのは、その理由を排除しようという取り組みがこれまでまったくと言っていいほどなされてこなかったということです。わが社だけかもしれませんけど、物流部というところは受身というか遠慮の塊みたいなところだなというのが私の実感です」
 遠慮の塊という言葉にみんなが反応し苦笑を漏らす。大先生がコメントする。
 「まあ、御社に限ったことではありませんが、物流部としては、言ってもどうせ聞いてくれないという諦めの習性ができているんでしょう。それだけ他の部門が物流に対して傍若無人だったってことでもある」
 役員氏が「なるほど」と言って頷き、部長氏に確認するように話す。
 「遠慮の塊に傍若無人ですか。それでは、シンプルさとは程遠い存在になってしまうのも無理ないですね。それは、あれですね、社内でそうなんだから、外部の物流業者とは特にありえることですね。アウトソーシングするにあたって注意すべきことだね」
 部長氏が「おっしゃるとおりです。そこは十分注意します」と頷き、大先生に向かって自分の思いを口にする。コンサル依頼の本題に入ってきたようだ。
 「それから、これもまったくそのとおりだと思うのですが、『現状の物流をそのままアウトソーシングするな。ムダを残したままアウトソーシングしたら、そのムダは永遠になくならない。アウトソーシングする前に自社の物流を徹底的に見直せ』というご指摘です。アウトソーシングにあたっては、是非そこから入りたいと思います。それをベースにRFPを作りたいと思っています。そのRFP作りからコンペ、契約、移行後の評価までご支援をお願いしたいというのが私どもの考えです」


■アウトソーシングでコストは下がる?

 大先生が「楽しそうな仕事になりそうだ」というように大きく頷き、「お考えはわかりました。一緒にやりましょう」と了解する。弟子たちが頭を下げる。役員氏が「よろしくお願いします」と頭を下げ、部長氏を見て、「せっかくご支援をいただくのだから、君は遠慮せず、社内の傍若無人な輩を蹴散らしてくれればいい。私も応援する」と発破を掛ける。

 「はい、先生を盾にして頑張ります」

 部長氏がちょっとハイな気分になったのか、意外な茶目っ気を見せる。弟子たちが、びっくりしたように部長氏の顔を見る。これまでどちらかというと堅物の優等生という印象を持っていたが、そうではない一面を持っているようだ。弟子たちの表情を見て、役員氏が弟子たちに向かって楽しそうに解説する。

 「彼は初対面ではとっつき難い印象を持たれるようですが、それは彼の緊張のなせるわざです。特に、今日はかなり固くなっているようです。ですが、慣れるに従って本性を現しますので、びっくりしないでください。おやじギャグの天才といえば、どんなやつかわかるでしょ?あっ、でも人情家です。社長がアウトソーシングもあり得ると思って彼を選んだのは、彼なら物流業者に無理強いすることはないだろうという判断からです」

 役員氏の話を聞いて、弟子たちが感嘆の表情を見せる。美人弟子が「社長さんはそこまでお考えになったのですか。社長さんも選ばれた方も立派ですね」と思いを口にする。体力弟子が「アウトソーシングが成功するかどうかの第一条件はそれを担当する方の人柄にあると言われるんですが、第一条件はクリアしてますね」と付け加える。

 弟子たちに褒められて、部長氏が照れ臭そうに「またまた」と言って、頭に剣を振りかぶる仕草をして、弟子たちに振り下ろす真似をする。

 大先生が思いっきり呆れた顔をし、「上段の構えか、冗談にかけた?」と呟く。弟子たちが呆気にとられた顔をし、吹き出す。役員氏に本性をばらされ、部長氏の鎧が一気に脱げ落ちたようだ。大先生が「先が思いやられる」とぶつぶつ言いながら、「ちょうどいい機会だから、少し雑談をしよう」と部長氏に言う。その言葉に部長氏の顔が一気に締まった。

 「そんな恐い顔しなくてもいいですよ。雑談なんだから」

 大先生がくだけた物言いで、部長氏の警戒心を解く。部長氏が「はい」と言って、顔をほころばせる。大先生がおもむろに聞く。

 「漠とした聞き方をするけど、自由に答えてくれればいいです。部長は、アウトソーシングすると物流コストが下がると思う?」

 大先生の質問に部長氏がすぐに答える。

 「正直わかりません。もちろん私は物流コストを下げるつもりでいますが、それは主に自社物流の見直しで下げるつもりです。アウトソーシングそれ自体でもコストが下がればそれに越したことはないですし、そういう業者さんと出会えればいいですが、アウトソーシング自体はコスト削減の目的ではなく、コスト削減へのきっかけだと考えてます。漠とした答で申し訳ありません」

 部長氏の答えに大先生が意味深な笑顔を見せる。部長氏がちょっと引く。それを見て、大先生が言葉を掛ける。

 「優等生的な答えだけど、どうやら本気でそう思っているようなので、その言葉はいただいておきます」

 部長氏が頷く。役員氏が「彼は、建前は言いませんので。特に雑談では‥‥」と妙なフォローをする。弟子たちが思わず苦笑する。最初の印象とは違いおもしろい二人だ。大先生が形勢を立て直すかのように質問を続ける。


■RFPの本質とは何か

 「先ほどRFPっておっしゃいましたが、その本質は何だと思います?」

 部長氏が「はい」と言いながら、なぜか辛そうな顔をする。ちょっと間を置いて言葉を選ぶように話し出す。

 「実は、私、ある工場にいたときに情報システムの導入にかかわったことがあるんです。そのときは結構細かく対象となる業務内容を規定して、その範囲内でシステムを作るよう要求しました。もっとも、こちらの見落としなどもあって、変更や追加の要求を何度か出したりもしました」

 大先生が「興味深い返事が来そうだな」という感じで頷く。部長氏が続ける。

 「ところが、その結果は、多額の費用を掛けた割にはそれに見合う効果が出ませんでした。お恥ずかしい話なんですが、それまでのやり方と比べてどんな好ましい状態になったのかというと、あまり大差なかったんです。むしろ、こんな面倒なことをなぜしなければならないんだという苦情が出たほどです」

 部長氏がここでため息をついた。自分にとって大きな汚点だと思っているようだ。

 「そんなことになってしまった原因は明らかです。思い出したくもないのですが、そのシステムを導入する目的が曖昧だったのです。正直、RFPを作るときに、目的などほとんど意識していませんでした。そういうことってあるんですね。うまく答えられていないかもしれませんが、RFPと聞くと、まずそれが頭に浮かびます」

 ここまで話して部長氏が不安げな顔で大先生を見る。大先生が笑みを浮かべる。これまでとちょっと違った物流部長に大先生は大いに興味を持ったようだ。(続く)


湯浅和夫の物流コンサル道場86
大先生の日記帳編 第21


提案依頼書(RFP)の作り方【その2


 必要な実績データがない。「提案依頼書(RFP)」を作ろうとして、すぐに直面する難題だ。それまで物流を処理してはいても、物流を管理することはできていなかった、という証明でもある。そのままアウトソーシングしてしまえば、結果は目に見えている。


物流管理の原点は七〇年代にある

 物流をアウトソーシングしたいので支援してくれという、中堅メーカーの役員と物流部長の二人が大先生事務所を訪れた。大先生がコンサルを了解した後、打ち解けた雰囲気で、大先生と二人の雑談的なやりとりが続いている。

 「あなたは工場関係で仕事をされてきたということですから、活動実態を数字で見えるようにするってことには慣れてるでしょう? 御社の物流はどうですか? 数字で見えるようになってます?」

 大先生にそう聞かれて、部長氏は、小さく頷き、困惑気味に答える。

 「実は、物流に来て、最初に面食らったのはそれでした。いわゆる『見える化』というのがほとんどできてなかったんです。どこからどこにどれくらいの量がどんな輸送手段で、いくらのお金を掛けて送られているのかという基本的な数値さえ押さえられていないというのが実態でした‥‥」

 部長氏の話に大先生がいかにも驚いたという表情で「へー」と声をあげる。大先生の反応に部長氏が慌てたように「やっぱり、うちは遅れてますか? そんな会社、ほかにはありませんか?」と聞く。

 大先生が頷き、「遅れてる」と呟く。それを聞いて、部長氏が役員氏を見て「やっぱり」と頷く。役員氏も思ったとおりだと言わんばかりに部長氏の方を見て頷く。

 そんなやりとりを見ていた美人弟子が、微笑みながらフォローする。

 「たしかに遅れた状態ではありますが、御社に限ったことではありませんよ。よくあることです。御社だけ遅れてるってことではありませんから‥‥」

 美人弟子の言葉を聞いて、部長氏が、ちょっと安心したように「あ、そうですか」と言い、すぐに気を引き締めるように「それでも、うちが遅れてることに違いはないですね」と頭を下げる。大先生が頷くのを見て、部長氏が続ける。

 「そんな状態ですので、実は、いま部内に『物流見える化プロジェクト』というのを作って、データ整備にかかわる作業を進めてます。どこからどこにという『OD表(Origin Destination Tables:起終点表)』に留まらず、作業効率はもちろん拠点規模なども含め、徹底的に見える化しようと取り組んでるところです。物流にかかわるすべてのコストも見える化します。社外への支払額だけでなく、社内のコストを含めて取らせています。後ほど、それを先生に見ていただいてご指導願えればと思ってます」

 大先生が、楽しそうな顔で「一九七〇年代の状態だ」と言う。部長氏が怪訝そうな顔で大先生を見る。大先生が、椅子に座り直して解説する。

 「七〇年代というのは、日本の企業が物流に関心を持ち、物流管理に取り組み始めた時期にあたる。私が企業の物流にかかわり始めたのはその頃のことなんです」

 部長氏が、興味深そうに頷き、身を乗り出す。それを見て、大先生が続ける。

 「その頃、物流の担当を命じられた人たちが何をしたかというと、御社がいまやろうとしているOD表作りと社内コストも含めた物流コストの算定だったんです。同じことを御社がいまやってるから三〇年以上の遅れってことかな‥‥という話」

 「なるほど、たしかにそうです。そうですか、物流事始はOD表と物流コストからだったんですね」

 部長氏が「さもありなん」という表情で独り言のようにつぶやく。大先生がたばこを手に取り、「そう」と頷き、続ける。


物流の「見える化」に取り組んだ

 「当時、突然トップから物流を何とかしろと命じられた担当者は、当然、物流について何も知らなかった。そもそも、物流をやってる部署はあったけど、物流を管理する部門などなかったわけだから、それは戸惑った。物流についてのデータなどはまったく整備されていない。そこで、物流を知ると同時に問題を見つけるために、まず物流の見える化に取り組んだ。それと同時に物流コストなど企業会計の中には存在しなかったので、物流コストを特別に計算することにも取り組んだ。下げろと言われた物流コストが見えなければ、何もできない。まあ、いまのあなたと同じ感覚かも‥‥」

 大先生の話を聞いて、役員氏が「なるほど」と言って、部長氏を見て、話しかける。

 「うちは、あれだよ、いま先生がおっしゃった物流をやってる部門はあるけど、物流を管理する部門がなかったって状態が三〇年以上続いてきたってことだよ。違うか?」
 部長氏が苦笑する。返事に困っているようだ。大先生が助け舟を出す。

 「まあ、御社も物流事始の頃は、いろいろデータを集め、拠点集約などして合理化を進めてきたんでしょうが、いつ頃からか、大きな仕組み作りが一段落して、物流処理業務の方に関心が移ってしまったってことでしょう。日常の物流業務管理と業務処理上生まれる問題点つぶしに物流部門の仕事の比重が移ってしまったということだと思いますよ」

 大先生の話を受けて、部長氏が自分の見解を述べる。

 「はい、おっしゃるとおりだと思います。物流部に来てから、部員の話を聞いていますと、たしかに日常の業務処理に追われているという印象を強く持ちました。うちの物流は果たしていまの状態でいいのかという視点は皆無に近いといって間違いないと思います。まさに『木を見て森を見ず』の状態と言えます。その意味では、物流全体を改めて見える化してみようという取り組みは、原点に立ち戻るってことになりますね?」

 「そうねー、たしかに物流管理の原点というのは七〇年代の物流事始の頃にあるんだろうな。あの頃は、みんな、これまで誰も関心を持っていなかった物流を何とかするぞって燃えてたからな。物流担当者用マニュアルとか販売担当者用物流マニュアルなんかも作っていた」

 大先生の言葉に物流部長が興味深そうに質問する。

 「販売担当者用の物流マニュアルですか?」

 「そう、どんな内容かというと、在庫の補充要請をしてから入荷までの流れやリードタイム、お客さんの注文内容が物流コストに与える影響、注文締め時間が守られないとこれだけのロスが出るといった警告、受注単位を厳守する必要性などを数字で示していた。お客さんが合理的な注文を出してくれるなら、物流コストを原資としていくらまで値引きしてもいいといったことまで触れてあるものもあった。販売部門の動きが物流に与える影響が大きいので、その影響を事前に公表して、営業担当者に対し自制を呼びかけたってことかな‥‥」

 「なるほど、うちはそういうのはありません。たしかに、それは必要ですね。そういうマニュアル整備も検討させます。そうそう、先ほど、当時の担当者は燃えていたってお話がありましたが、実は、うちの見える化プロジェクトの連中も結構燃えてます。最初は、『そんな面倒なこと。新任部長がまた何を言い出すんだ』って顔をしてましたが、実際やり始めますと、楽しんでいるというか、結構のめり込んでます。出てくる数字を見て、なんだこりゃなんて声を上げてますし、そのたびに集まって、ああだこうだ議論したりしてます」


アウトソーシングの失敗事例

 部長氏の話に体力弟子が、感心したように相槌を打つ。

 「それはいいですね。部員の皆さんが、それだけ前向きになれば、物流の抜本的な改革が自然と進みそうですね」

 美人弟子が、頷いて続ける。

 「そうして整備されたデータは、そのまま物流事業者さんに提示するRFPに使えますね。現状の物流についてのデータがなくて、物流事業者さんが出してくる生産性の数値が評価できないなんて荷主さんもいますから」

 美人弟子の言葉に体力弟子が、大きく頷きながら「います、います」と同感の意を示す。

 部長氏が二人の顔を見ながら、「おっしゃるとおりです」と頷き、「自分の会社が見えていなくては、アウトソーシングなどできませんし、物流業者さんの提案の評価もできません」となぜか自信たっぷりに言う。

 その言い方に大先生が皮肉っぽく小さく拍手するのを見て、部長氏が「いやいや、当たり前のことをえらそうに言いました。済みません」と照れ臭そうな顔をする。

 大先生が頷くのを見て、部長氏が、突然何かを思い出したように、「ちょっとお聞きしたいのですが‥‥」と大先生を見る。大先生が頷く。

 「アウトソーシングというのは、最近始まったことではなく、以前から行われていたと思うんですが、みんなうまく行ってるんでしょうか? そんなことないんじゃないかと思うんですが?実態はどんなものでしょうか?」

 部長氏の質問に大先生が「うーん」と言って、座り直し、「物流に限らずアウトソーシングのすべてがうまく行くなんてことはありえないでしょ?」と逆に聞く。部長氏が大きく頷く。大先生が続ける。

 「アウトソーシングしたという話は物流関係の雑誌や新聞で記事になるけど、失敗したという話は公表されることは滅多にないな」

 「それはそうでしょうね。恥ずかしいことですから。公表されたくはないでしょうね」

 部長氏が自分のことのように、しみじみと相槌を打つ。大先生が「そうだけど、でも実際は隠しようがない」と言って、続ける。

 「アウトソーシングしたけど、結果として思うように物流が動かず、顧客納品で問題が発生したというケースは、ときどき耳に入ってくるけど、実態としては結構あるんじゃないかな。公にならないだけで」

 部長氏が「そうでしょうね」と頷く。

 「実際に委託を開始した途端に混乱に陥ったというんで、そこは知り合いの会社だったので、現場に行ったことがあるけど、それは大変だった。伝聞情報で入ってくる話を聞いても、それは荷主の物流担当者は命が縮む思いだろうと思う。なんせ、まともに出荷できないのだから、当然顧客からやいのやいの言ってくる。言ってくる先は、その会社の営業担当だから、営業から猛烈な批判を浴びせられる。ある会社では、営業みずからが物流センターに来て、自分のお客の商品を出荷させようと作業者に指示することまでしてしまう。混乱に拍車が掛かかるだけ
‥‥」

 役員氏が頷いて「私も営業の経験がありますので、その気持ちはわかります」と言葉を挟む。部長氏が「そうでしょうね」と頷き、その原因はどんなとこにあるんでしょうか?」と聞く。


責任の大半は荷主にあると考えろ

 「理由としてはいろいろあるけど、中でもやっかいなのがシステム関係の不具合じゃないかな。その不具合が想定の範囲内ならいいけど、想定しえないものだとどうにもならない。結局、人海戦術での対応ということになるけど、それでは到底対処できない」

 「システムですか‥‥よくわかります。工場のときに経験したことがありますので‥‥あのときのことを思い出して私なりに事前に対策を立てます。たしか、始末書と一緒に反省文書も残ってると思いますので、手元に取り寄せます」

 「始末書も取り寄せて、毎日拝むといい」

 大先生がからかう。部長氏が、苦笑しながら「はい、そうします」と素直に受け、大先生に改めて依頼する。

 「いろいろご経験がおありでしょうから、アウトソーシングした場合の移行期間のご支援もお願いします」

 「それはいいけど、基本的には、御社の物流を一番よく知っているのはあなた方だから、あなた方の実現可能性のチェックが重要になる。われわれは、第三者的に、これは大丈夫だよね、あれはチェックした? って移行に当たってすべきことをチェックするという立場に立つという関係になる」

 部長氏が頷き、「はい、そのようなチェックが希望するところです」と答える。

 「言うまでもないことだけど、さっきのようなトラブルが起こる原因は、一方的に物流事業者が悪いわけではない。その責任は、荷主、事業者半々というのが正しい。いや、新しい仕組みが動き出すとき、そのゴーサインを出すのは荷主側だから、荷主の責任の方が大きいかな。アウトソーシングについてのすべての責任は自分たち物流部にあるという気持ちを持つことからアウトソーシングはスタートすると思ってください」

 最後に、大先生が締め括った。大先生の真剣な顔に役員氏と部長氏が「肝に銘じます」と緊張した顔で答えた。



湯浅和夫の物流コンサル道場87 
大先生の日記帳編 第22


全体最適を決して諦めるな!

 できることはすべてやり尽くした。そう考えるのは、まだ早い。大不況に直面し、これまで聖域とされてきた制約条件を、改めて見直そうという機運が生まれている。壁を乗り越えるチャンスだ。取引先や協力物流会社を巻き込んで、サプライチェーンの全体最適化に挑め。

物流コスト削減談義が始った

 ある物流関係の委員会に出席した大先生は、帰りのエレベータでたまたま、ある消費財メーカーの物流部長と食品関係の問屋の物流課長と一緒になった。二人とも大先生とは旧知の間柄だ。エレベータからホールに出たとき、部長氏が「もしよろしければ、お付き合いいただけませんか?」と大先生に声を掛けた。問屋の課長氏が促すような顔で大先生を見ている。

 外はまだ明るいが、時計を見ると五時を過ぎていた。「いいですよ」と大先生が応じると、二人は嬉しそうに顔を見合わせた。「近くに、私の知り合いの居酒屋風の店があるんですが、そこでいいですか?」と部長氏が聞く。大先生が頷くと、部長氏が先頭に立って歩き出した。

 居酒屋といっても結構洒落た店だ。奥のこじんまりとした小部屋に案内され、まずビールを頼んだ。部長氏の発声で乾杯をし、三人の宴会が始まった。

 グラスのビールを一気に飲み干した部長氏に課長氏がビールを注ぐ。それを受けながら、部長氏が「こんなご時勢で物流コストを下げろという指示が多く出てると思うんですが、先生のところには支援の依頼が多く来てるんじゃないですか?」と聞く。

 大先生がたばこを手にして頷き、答える。

 「たしかに何件か依頼が来てる。前は在庫を管理したいとかABCを入れたいとかいう個別具体的な依頼が多かったけど、いま来てるのは、物流を抜本的に見直したい、物流コストを大幅に削減したいといった内容が多い。やっぱり、ご時勢かな」

 「そうだと思いますよ。うちなんかもそうですけど、物流コストを二割、三割減らすとなると、小手先の改善程度じゃどうにもなりません。改めて抜本的な見直しが必要だと思います。あなたのとこもそうでしょう?」

 部長氏が問屋の課長氏に聞く。このメーカーの物流部長は物流にかかわって、随分長い。大先生と知り合ったのはまだ物流部の平の課員時代だ。その意味では物流の生き字引のような存在で、できる合理化策は何でもやってきたというベテランだ。問屋の課長氏は物流にかかわって一〇年くらいの中堅だ。その課長氏が最近の情勢について話し出す。話し方に人柄の誠実さがにじみ出ている。

 「うちもいろいろやってきましたけど、上からは売上二割減でも利益が出る態勢を作れということで、物流もそれに応じたコスト削減が求められています。ただ、うちの場合は、物流コストの範囲が物流センターと配送に限られるものですから、結構大変です。というのも、物流センターと配送というのはお客さんの要求に縛られていて、効率化しようとしても制約が多くて、なかなか難しいところなんです。ただ最近、ちょっと、というか大分様子が変わってきたんですよ」

 課長氏の言葉に部長氏が興味深そうに、「あ、そう」と言って、課長氏のグラスにビールを注ぐ。課長氏が「済みません」と言って、両手で受ける。そのビールを一口飲んで、課長氏が続ける。

納品の制約条件緩和が進んでいる

 「最近ですね、お得意さんである小売チェーンさんから、仕入価格を下げられるなら物流でできることは何でもするって申し出があったんですよ。そのお客さんは納品時間の指定がきつくて、配送効率に問題があったんですが、それを外してもらうことでトラック台数の削減効果を出しました」
 物流部長氏が「当然だ」という顔で頷いて、「ようやく、先生が前からおっしゃってた物流サービスにメスが入ってきたってことか」と独り言のようにつぶやく。問屋の課長氏が続ける。

 「そこでですね、この機会を逃さないように、他の小売さんにもこの手の提案を持っていってるんです。時間指定に限らず、納入頻度なども含めて‥‥」

 「仕入価格を下げる原資は何のコスト?」

 大先生が質問する。課長氏がすぐに答える。

 「いまのところ、配送費に限ってます。うちの方で、輸送業者さんと事前に検討して、この条件を外してくれれば、トラック台数がこうなるという試算をしておいて、この範囲でメリットをシェアするというのが基本的な考えです」

 大先生が頷き、「SCMの精神だな。いいことだ」とコメントする。部長氏がたばこに手を伸ばすのをみて、大先生もたばこを手に取る。

 たばこを喫わない課長氏が、二人を見ながら、「やっぱり納品条件にメスを入れると削減効果は大きいです。あっ、ただ、うちのすべてのセンターで、改めて『整理、整頓』を徹底してやったんですよ。そしたら、あちこち波及効果が出て、なんと物流コスト全体の五%くらいの削減効果が出ました。ムダはいくらでもあるって感じです」と述懐する。それを聞いて感心したように頷いている部長氏に課長氏が率直な質問をする。

 「部長さんのところは、かなり徹底して合理化を進めてるようですが、まだやることあるんですか?」

 大先生が苦笑し、「いやー、コストカッターの異名を取るこの人は、もうやることないよ」と茶々を入れる。部長氏は、できる合理化は何でもやってきたと自負している。その部長氏が、大先生の言葉を聞き、「いやー、それがですね」と歯切れが悪い。その様子を見て、大先生が興味深そうに聞く。

 「あれ、まだやることがあった? それとも、もう一度やり直す?」

 大先生の言葉に即答して、部長氏が話し出した。

 「はい、後者です。もう一度これまでやったことを全部見直すつもりです。そもそも拠点配置から見直さなあかんと思ってます。届け先に変化が出てきてますし、販路も変わってきてます。それに、先ほどの話じゃありませんが、もう一度お客さんへの納品条件の見直しをお客さんと一緒に考えるつもりです。もちろん、お客さんにメリットを分配します。それを受けて、拠点機能、拠点配置を見直して、それからセンター内の見直しを進めようと思います。そうか、整理、整頓でそんなにコストが削減しましたか‥‥。それはいい話を聞いた。うちもやってみます」

 「ええ、私自身、ちょっと意外でした」

 そう言って、二人で顔を見合わせている。課長氏が気まずくなったのか、ビールを手にとって誰にともなく言う。

 「なるほど、これまでやってきたことをもう一度見直すわけですか。たしかに、それは必要ですね。できあがったときから劣化が始まるって言いますが、定期的に原点に立った見直しが必要というわけですね」

 課長氏が独り言のように呟くのを聞いて、部長氏が頷き、めずらしくこぼす。

 「そうなんですよ。ちょっと目を離すと、すぐにおかしな物流が出る。とくに物流サービスがらみでは、営業がいろんなことを言ってくる。もちろん、私には言ってきませんけど。この程度はいいかなどと曖昧にしておくと、ムダが波紋のように広がる恐れがあるので、ルールを決めたら一切の例外なしに守らせるというのがうちのルールです」

■“個別最適バスターが物流の役割

 課長氏が同感だという顔で頷き、思い出したように質問する。

 「メーカーさんの場合、物流拠点に置く在庫のコントロールを物流部門ではできないというような話を聞いたりしますが、部長さんとこではそんなことはないんでしょうね?」

 部長氏が「当たり前だ」という表情で大きく頷き、答える。
 「物流拠点に置く在庫のコントロールを物流でできないというのは、私には考えられないことです。そうでしょ? 出荷するかどうかわからないものや当面の出荷に必要のないものまで拠点に置いたり、拠点まで持ってきたりしたらムダの極みですよ。うちでは、拠点には一週間分の出荷に相当する程度しか在庫は持たないし、拠点に在庫を持ってくるトラックは物流部で手配して取りに行くようにしています」
 課長氏がちょっと小首を傾げるのを見て、大先生が補足する。

 「工場倉庫は物流部の管轄じゃない、というか物流部の管轄にしていないんだよ。工場の管轄にしている」

 課長氏が小さく頷くのを見て、部長氏がさらに説明する。

 「工場倉庫というのは、工場が勝手に作った製品の在庫置き場。ときどき工場内の倉庫には置ききれなくて、外に倉庫を借りたりしているけど、そんな費用は物流部では責任を持てないので、うちは関係ないという立場を取っている。まあ、最近は、前と比べると、ずいぶん生産も変わってきたことは事実。うちが提供する出荷データをベースに生産するようになってきたということです。でも、先生はおわかりでしょうけど、社内の都合で製造原価を落すためにあえて大量に作ることもあります。まあ、私は納得しませんけど、そこまでは私は関与しない」

 課長氏が「うちも仕入で同じようなことが起こります」と納得顔で言い、「それでは、全社在庫の責任は物流では負えないですね。どこか責任部署はあるんですか?」と聞く。

 部長氏が首を振りながら、ちょっと苦渋の表情で答える。

 「ない。形としては生産部門の責任になるけど、特に在庫責任が問われることはない。だから、実質的な在庫責任などというものは存在しないというのが正確なところです。生産と物流を管理下においたロジスティクス部門でも作れば、その部門が実質的に在庫責任を負えるけど、まだそこまではいっていない。もちろん、私はそのような部門の設置をトップに進言してるけど、役員の中に強硬な反対者がいて、保留状態になっている‥‥」

 「でも、決して諦めない」

 大先生の言葉に部長氏が頷き、ちょっと高ぶった風情で決意表明をする。

 「もちろんです。いくら製造原価を落して粗利を増やしても、在庫として売れ残ったものが出たら、何の意味もありません。長い目で見れば、市場が必要とするものだけを作るのが一番いいんです。それを言い続けます」

 「トップは、あなたの顔を見ると、嫌そうな顔をするでしょう?」

 大先生が楽しそうに聞く。部長氏が素直に答える。

 「はい、それはもう。とくに反対している役員は私を明らかに避けてます。でも、社内の会議などではご意見番として評価もされてます。まあ、自分の思い込みかもしれませんが・・・社内の役割としては、個別最適バスターみたいな位置づけですかね」

 「たしかに個別最適の弊害が一番見えるのが物流部門だから、そのバスターの役割はいいかもしれない。顔もそんな顔だし・・・」

 大先生がそう言って、笑う。課長氏も頷きながら笑う。

 「ちょっと勘弁してくださいよ。顔の話は止めましょう」

 そう言って、部長氏が話題を変えた。
 「ところで、あなたのとこでは物流業者さんとはどう付き合ってます?」
 そう問われて、課長氏が身を乗り出した。
 「実はそれなんですが、何年か前から、委託している物流業者さんたちと定期的に会合をもって、お互いメリットが出るような改善活動を進めてきました。前は、こちらからの指示どおりにやってもらうだけでしたが、結構不満が溜まっていたようです。回を重ねるにつれ本音で話ができるようになりました」
 「それは話をするだけ? それともデータとか数字で検討をしてるの?」
 部長氏の質問に課長氏が「それそれ」という感じで答える。
 「データをもとにしてます。ただ、始めの頃は自分たちに都合のいい形のデータしか出さないという事業者さんもありましたが、いまは、うちの方に原因があって配送効率を落しているなら、その改善をすぐにやりますし、お客さんに問題があるなら、うちでお客さんに改善交渉をするといったことを実践していますので、みなさん前向きに取り組むようになって来ました。結果としてトラック台数なども減って、うちのコスト削減にもつながってます」
 部長氏が頷き、「なるほど、そういう実質的な効果がある会合が必要だな。うちも一年に一度、業者さんを集めて会合を開いているけど、単なるセレモニーになってしまっている。前から気になってたんだけど、おたくのような会合に替えてみよう。改めて、その話を聞かせてください」と頼む。

 課長氏が「いつでもどうぞ」と快く答える。

 「要するに、物流はもはや荷主が単独でコスト削減を考えるという時代じゃないってことだね。新しい取り組みの時代に入ってる」

 大先生が結論めいた言葉を口にする。
 「はい、実質的なSCMの時代に入ってると思います」

 課長氏の言葉に部長氏が大きく頷いた。


湯浅和夫の物流コンサル道場88 
大先生の日記帳編 第23


トラック業経営者の逆襲

 荷主企業の理不尽な運賃叩きに敢然と立ち向かうトラック運送会社が目立ってきた。仕事に自信のある運送会社は、荷主を選ぶ。直面する不況を合理化のチャンスに変える力も持っている。目先のコスト削減に走って有力な協力会社とのパートナーシップを失った代償は高くつく。

「リストラ社長って呼ばれてるんです」
 大先生が、ちょっとした縁で、あるトラック業者の集まりに出席した。定例会合の後の懇親会のとき、あるトラック業者の社長が大先生に挨拶に来た。その社長は、初対面にもかかわらず、気さくな感じで大先生に話しかけてきた。手にワインを持っている。いかにも話好きという感じだ。
 「先生、実は、私、社内でリストラ社長って呼ばれてるんですわ」
 本来あまり使いたくない言葉を自慢げに話す社長に興味を持ったのか、大先生が快く受ける。
 「嬉しそうにそうおっしゃるということは、社員の首を切るリストラではないですね?」
 社長が「もちろんです」というように頷き、続ける。
 「はい、社員の首は切りません。ただ、うちは社員のしつけが厳しいですから、それが嫌で辞めていく連中はいます」
 「しつけ、ですか。いい言葉だ」
 大先生が応じる。
 「うちは安全と品質が売りですから。それはドライバー次第ですので、うるさく指導しています」
 大先生が何か思い当たったように、聞く。
 「社長は、荷主に対してもうるさそうですね?」
 「はい、荷主さんに対しても言うべきことはきちっと主張するというのが私の考えです」
 大先生が頷き、冒頭の答を求める。
 「なるほど、そうすると、リストラの対象は
‥‥」

 「はい、荷主さんです」
 社長氏がそう言って、大きな声で笑う。周りの人が何事かと大先生たちを見る。それにはかまわず、大先生がたばこに火をつけ、社長氏の笑いが治まるのを待っている。おもしろそうなので、もう少し話を続けてみようという風情だ。
 社長氏が、残ったワインを一気に空けてテーブルに置き、大先生を見て、ひそひそ話でもするように小声で話す。
 「実は、いまも一社、リストラ候補がいるんですわ」
 大先生が興味深そうに聞く。
 「へー、どんなとこですか?」
 社長氏が、たばこに火をつけて、「それがですね」と顔をしかめる。
 「とんでもないこと言ってきたんですよ。ある中堅のメーカーなんですが、そこの担当者が来ましてね、もともと威張りくさった感じの人なんですけど‥‥」
 「社内で不遇をかこってる物流担当者は物流業者に威張るっていうのが定説です」
 大先生が妙な合の手を入れる。
 「そうなんです。社内では何の発言もできないようで、かわいそうな立場なんですけどね。まあ、威張るのはいいとして、この前、突然やってきて、何て言ったと思います?」
 「運賃下げろの類?」
 大先生の言葉に首を振って、社長氏が腹立たしそうに言う。

おたくの運行三費を見せろ
 「運賃下げろならまだいいんですが、したり顔で、おたくの運行三費(燃料費、修繕費、消耗品費)はどうなってるか見せろと、こうきました」

 それを聞いて、大先生がめずらしく大笑した。大先生の笑い声を聞いて、近くにいた何人かの人が、何ごとかと大先生を見た。大先生が「失礼」と軽く手を上げ、社長氏を見て、興味深そうに確認する。

 「へー、運行三費にムダを見つけて、その分運賃を下げさせようとでも思ったわけですか?」

 「そうらしいです。常軌を逸してると思いませんか?」

 「逸してる。そんなことは決して要求してはいけない。特に、これまではコストなんか見もせずに、相場だとかいって運賃を下げさせてきたのだろうから。いまさらコスト、それも運行三費を見せろなんてというのは笑止千万」

 「そうなんです。勝手過ぎますよ。もう無闇に運賃を叩くわけにはいかないと思って、理屈をつけて下げさせようとでも思ったんでしょうね。私も頭に来て、言ってやったんです。ずいぶん勝手な理屈ですね、って」

 大先生が頷きながら、楽しそうに先を促す。

 「そしたら?」

 「ぶすっと黙ってました。そこで、コストをベースに運賃を決めてくれるんなら、運行三費だけでなく、ドライバーの人件費やその他すべての費用を含んだ運送原価表を出しますので、それをベースに交渉させてくださいって言ったんです」

 大先生が、独り言のように呟く。

 「なるほど。でも、向こうはそういうつもりじゃないだろうから、返事のしようがない」

 「はい、そういうつもりじゃない、とかぶつぶつ言ってました。だから、言ってやったんです。もし、あなたの会社のお客さんが、仕入原価を下げたいからって原価を見せろとか、つくり方にムダがあるんじゃないかとか土足で踏み込むようなことを言ってきたらどう思いますって
‥‥」

 大先生が小さく拍手をする。

 「うん、いい質問だ。立場を置き換えて自分のやってることを省みさせたわけですね」

 「はい、だいたい、一方的にコストを見せろなんてのは、私ら業者を馬鹿にしてます。もともと共存共栄の土台でもあれば別ですけど‥‥もう取引を止めてもいいと思ったんで、運賃なんかよりおたくの社内の生産や営業に働きかけて物流のムダを省いた方が、効果が大きいんじゃないですかとも言ってやりました」

 大先生が「ほー」と感心し、確認する。

 「正しい意見ではあるけど、普通なかなか言えない。さすがに相手は怒ったでしょ?」

 「はい、そんなことあんたに言われる筋合いはないって怒鳴ったんで、それは私のせりふですよって言い返しました」

 大先生が「たしかに、取引をやめることを覚悟しないと、そこまでは言えない。そうそう、例の『トラック業者はおまえんとこだけじゃない』って捨て台詞を投げつけられませんでした?」とにこにこしながら聞く。

 「はい、あんたんとことの取引は考え直すって怒鳴って、肩を怒らして帰ってしまいました」

 「それで、その後どうなったんですか?」

 「そのままです。うちは、もちろん、仕事はきちんと続けてます。きっと、別のトラック業者を探してるんじゃないですか。こっちも新しい荷主さんを探してます‥‥」


無理を通せば士気が落ちる

 社長氏が飲み物のテーブルに行き、白ワインを二つ持ってきて、大先生に一つを差し出す。それを受け取りながら、大先生が改めて質問する。

 「理不尽な荷主との取引を停止するというのは、現実的には言うは易く行うは難しですよね。もともと取引に理不尽さは付き物ですから、まあ、程度問題だとは思いますが、よく荷主のリストラなどできますね?」

 社長氏が頷き、自分の思いを述べる。

 「はい、荷主を切るというのは収入がなくなるわけですから、たしかになかなかできないことには違いありません。ただ、『お客だからそのくらいの我儘は仕方ないよ』程度で済むのならいいのですが、度を越した要求をしてくるようなお客とは取引をやめた方が私どもの会社にとってもいいんですよ」

 社長氏の興味深い言葉に大先生が確認するように聞く。

 「それは社内の士気にかかわる話ですか?」

 「はい、そういうお客と接しているうちの連中は明らかに士気が落ちてきます。それが社内に蔓延します。なんかお客との関係が、よく言う隷属的になると、活気のある会社じゃなくなってしまうと思ってます。そうなっては困るので、そういう荷主さんとのお付き合いはこちらからお断りするというのが私の考えです」


荷主の新陳代謝が活性化の源

 それを聞いて、大先生が事も無げに呟く。

 「取引がなくなったら、新しい取引を探せばいい?」

 大先生の言葉に社長氏が「そうです、そうです」と嬉しそうに頷き、続ける。

 「要は、なくなった収入は新たに補えばよいという考えが当たり前な社内構造を作ってしまえば、それでいいということです。新規荷主の開拓を日常的に当たり前なことにしたいのです。私はじめ管理職の連中には日常的に営業を兼務させています。『収入が減ったから、さて新規荷主の開拓をやるか』なんて急に思い立ったって、そう簡単にはできません」

 「なるほど、荷主の新陳代謝が会社を活性化させる源だということですね」

 「はい。もちろん、いいお客さんとは長くお付き合いさせていただきます。事実、親父の代からお付き合いいただいている荷主さんが何社もいます」

 大先生が頷き、ワインを口にする。それを見計らっていたかのように、大先生の旧知のトラック業者の社長が「お久しぶりです。お元気なようで」と言って、そばに寄ってきた。これまで大先生と話をしていた社長氏に挨拶し、大先生に声を掛ける。

 「先生はよくご存知だと思いますが、荷主さんもずいぶん困っているようですね」

 大先生が笑いながら切り返す。

 「はい、トップから物流コストを下げろって迫られてますから。それにしても、なんか、あなたは困ってなさそうですね?」

 大先生の問い掛けに旧知の社長氏は、顔の前で手を振りながら、「いや、わたしら厳しい状況には慣れてますから。それに、困った、困ったって言ったって活路は開きませんし‥‥」

 ここにも元気な社長がいる。これまでの話の流れで大先生が聞く。

 「それで、困ってる荷主さんにどう対応してるんですか? 運賃を下げてやる?」

 「とんでもないです。運賃は、これ以上は絶対に下げられません。相談に来られる荷主さんには、百年に一度というちょうどいい機会だから、私どももお手伝いしますので輸送や配送の無駄をなくしてトラックを減らしましょうって提案しています。空いたトラックは私どもで別の仕事を探して使えばいいだけですからって。そう言うと、さすがに運賃の話は出ません」

 大先生と隣の社長氏が大きく頷く。旧知の社長氏が続ける。

 「荷主さんもずいぶん困ってるというのは、その提案に乗ってくる荷主さんがいるからです。前は、いくらこちらから提案しても、聞き置くみたいなことでうやむやになっていましたが、いまは本気で一緒に考えてくれという荷主さんが出てきています。おたくではどう?」


しっぺ返しを食う荷主

 そう振られた社長氏が頷き、旧知の社長氏を見て答える。

 「さきほど、先生には運賃叩きの荷主さんの話をしたんですが、もちろん、一方で、物流コスト削減の相談に乗ってくれという荷主さんもいます。輸配送費は物流コストの中でも大きいので、それを下げるためにわれわれ側でできることは可能な限りするからと言う荷主さんが何社か来てます」

 旧知の社長氏が「そうでしょ」と相槌を打ち、続ける。

 「そこまで頼まれたら、私らとしても協力しようという気になるよね。先生が日頃からおっしゃっているように、現場のムダを一番知っているのは私らだから、私らがムダをなくす提案をしなきゃあかんということだ。空いたトラックの仕事を探さなきゃならんけど、運賃を叩かれるよりはよっぽどいい。ねえ、先生、そうでしょ?」

 大先生が「そんなこと言ったっけ?」ととぼける。旧知の社長氏が「またまた」と言うのを聞きながら、大先生が「このご時勢で荷主側の対応は二極分化しているようですね」とつぶやく。

 社長氏が頷いて、「これを機会に物流を抜本的に見直そうという荷主と、なりふり構わず運賃や倉庫料金叩きに走る荷主」と受ける。

 それを聞いて大先生が頷き、「現実には、前者に属する荷主の方が圧倒的に多いと思うけど
‥‥希望的な観測かな?」と二人に振る。旧知の社長氏が答える。

 「いや、希望的な観測でもないと思いますよ。でも、あれです、これから免許制度の関係もあって、大型のドライバーが減ってくることは間違いないし、少子化の影響でドライバー自体が減ってくると思われます。そうなると、これまでのようにトラックを好き勝手に使うことはできなくなって、トラック業者を大事にしない荷主はしっぺ返しを食うことになりますよ。いまからトラック業者を大事にしろって先生からもどんどん言ってくださいよ」

 大先生にお鉢が回ってきた。さすがの大先生もトラック業者の社長たちにはかなわないようだ。「はい、はい」と素直に応じている。




湯浅和夫の物流コンサル道場
89
大先生の日記帳編 第24

物流子会社設立後のリスク

 物流コストに責任を負う部署が社内に存在しない。物流部門を丸ごと子会社に移管した親会社の多くが、そのことに今悩まされている。業績が悪化に転じたことで、これまで見過ごされてきた経営課題や矛盾が次々に表面化している。その結果、物流子会社問題が再燃している。


「提案営業先で喧嘩しました」

 大先生事務所の窓から見える道路に真夏のような陽射しが降り注いでいる。道行く人たちも暑さに辟易したように顔をしかめている。そんな残暑の厳しい日に突然、大阪に本拠を置く運送会社の社長が大先生事務所を訪れた。

 東京に用事で来て、時間ができたので寄ったという。大先生が「あまり暑いので、涼を求めて寄ったわけ?」とかまう。社長氏は「はい、先生にお会いすると、さむーくなりますから」と返す。「なんのこっちゃ。まあ、お座りな」と大先生が促す。ソファに座り、社長氏が改めて挨拶する。

 「突然押しかけて済みません。先生にお会いできてよかったです。お元気でしたか?」

 「まあね。おれは暑さにやられて、慢性バテ状態だけど、あなたは元気そうだね」

 「はい、元気だけが取り柄ですから」

 「まあ、一つでも取り柄があればいいさね。ところで、最近、何かおもしろいことあった?」

 大先生のいつもの軽い問い掛けに社長氏が複雑な顔をする。大先生が「おや?」という顔で、すかさず聞く。

 「何かあったようだね。何?」

 「はぁー、おもしろいかどうかわかりませんが、最近、腹が立つことがありました。この前ですね、提案営業に行って、提案先の人と喧嘩してしまいました」

 その言葉を聞いて、大先生が「へー、それはおもしろそうだ」と言って、身を乗り出す。

 この社長氏は熱烈な大先生ファンで、運送会社のくせに「輸送しない」を提案の柱にしている。大先生も、竹を割ったような性格のこの社長氏を好いている。社長氏が大変な勉強家であることも大先生好みだ。大先生が「一体何があったの?」と話の先を促す。

 そこに女史が冷たい飲み物を持ってきた。社長氏が女史にお礼を言い、「今日は、お二人はお出かけですか?」と弟子たちの不在について聞く。「はい、仕事で外出しています。先生は暑いときは外に出ませんので、外出が必要な仕事はいつもお二人です」と女史が大先生をちらっと見ながら言う。社長氏が「わかります、わかります」と言い、二人で笑い合う。

 大先生が、「早く行け」というように、右手で女史を追い払う仕草をする。それを見ながら、「実はですね」と社長氏が座り直して、話し出す。

 「先日、ひょんなことから機会を得て、ある物流子会社に合理化提案を持って営業に行ったんです。そしたら‥‥」

 社長氏が勢い込んで話そうとするのを制して大先生が口を挟む。

 「物流子会社に提案って、それはあれ、親会社物流の合理化提案ってこと?」

 「はい、事前にいくつか倉庫を見せてもらったんですけど、明らかに無駄な在庫移動なんかをやっていたものですから、それをやめたらどうかという提案です‥‥だめですか?」

 大先生が首を傾げるのを見て、社長氏が不安そうな声を出す。

 「だめじゃないけど、相手によるな。拒否反応を示すところも少なくない」

 「はぁー、先生はお見通しですね。そうなんです。そこの会社からはにべもない感じで拒絶されました」

 大先生が楽しそうに「何て言われた?」と聞く。社長氏が興奮気味に話す。

 「それがひどいんですよ。私の話の途中で、そこにいた中では一番えらいと思われる役員が、横柄な感じで『もういい。何なんだそれは。そんなことしたら、うちの収入が減ってしまうじゃないか。そんな提案には興味ない』とこうきました」

 大先生が笑いながら「そうきたか。そう言われて、あなたは頭にきて、やりあった?」と聞く。社長氏が大きく頷き、続ける。

 「もともと物流子会社は親会社物流へ貢献することに存在価値があるんであって、その貢献は第一に親会社の物流コストを減らすことにあると私は思うんですけど‥‥そうですよね?」

 そう問われて、大先生が「まあ、そうだ」と頷き、「相手にそう言ったんだ?」と聞く。

 社長氏が小首をかしげながら、「はい。ただ、ちょっと言い過ぎたかもしれません」と苦笑いする。大先生が興味深そうに「何を言ったの?」と聞く。


親会社の期待があってこそ

 「はい、親会社の物流を合理化すると収入が減ってしまうなんていう子会社にどんな存在価値があるんですか。あなた方の存在は親会社の物流を遅らせるだけじゃないですか‥‥」

 「そう言った? 向こうは怒ったろ? そんなこと運送会社に言われる筋合いはない。帰れ」

 「そうです。ほぼ同じこと言われました。それで配った提案書を回収して帰ってきました」

 「提案書を回収したの?」

 「もちろんです。結構ノウハウが詰まってますから。それにしても、ひどいと思いません? ああいう子会社は多いんですか?」

 社長氏が憤懣やるかたないという表情で大先生に訴える。

 「まあ、そう怒りなさんな。あなたの意見は正しい。だけど、残念ながら、子会社の中にはそういう正論を素直に受け入れられない子会社も存在するということだ。物流子会社があるがゆえに親会社の物流が遅れているというケースもたしかにある」

 大先生の言葉に社長氏が頷く。それを見て、大先生が続ける。

 「でも、いまは、厳しい状況の中で親会社自身がコスト削減に躍起で、物流子会社に対しても大幅なコスト削減要求を出しているから、本来いまのような提案は受け入れやすい素地があると思うけどね。現実にそのような取り組みをしている子会社もある」

 「はあ、その会社は、なんか親会社からのコスト削減要求に対して、管理職だけでなく社員の人件費もカットして、それをたてに出入の業者に運賃や倉庫料の切り下げを要求したようです。要求というか、彼らは協力と言ってるようですが‥‥」

 大先生がさもありなんという顔で頷く。

 「なるほど、収入のベースとなる物流の枠組みは温存するということだ」

 「はい。ただ、その枠組みに大きなムダがあるんですよ。それを放っておいて単価を下げるというのは、なんかおかしいです。そうお思いになりませんか?」

 社長氏の口を尖がらせた顔を見て、大先生はかまいたくなったようだ。物流子会社側の肩を持ったような発言をする。

 「たしかにそうだけど、それは物流子会社の経営という点では一つの行き方ではある。経営者なら誰も収入は減らしたくない。あなたも経営者だからわかるでしょ?」

 大先生の言葉にしぶしぶ頷きながら、それでも俄かに納得できない顔で抵抗する。

 「それはそうですけど、そもそも物流子会社というのはですよ‥‥」

 「それそれ、そのそもそも論。子会社は親会社に貢献するものだというのは誰が決めたの?」

 大先生のちょっと意地の悪い質問に社長氏が「はぁー?」という顔をする。大先生が楽しそうな顔で社長氏の戸惑った顔を見ている。社長氏が頭の中を整理するように話す。

 「誰が決めたというか‥‥そもそもそういうもの‥‥という押し付けはいけないとなると、えー、物流子会社がそういう認識をもっているか、ということは、あっ、親会社がそれを要求しているかということがポイントになるのでしょうか?」

 社長氏の独り言のような話に大先生が笑いながら、同意する。

 「そうだな、親会社なら子会社に対して貢献しろといえる」

 「なるほど、親会社がそういう要求をしていなければ、貢献なんか意味がないということになるわけですね」

 社長氏が少し納得したように言う。大先生が続ける。

 「まあ、一般論として、評価は、する方とされる方が同一の基盤に立ってはじめて成り立つもんだからね」

 「うーん、そう言われるとたしかにそうですね。私が行った会社は親会社から物流コストを減らせという要請を常日頃から受けていたわけではないということですね」


親会社の管理部門はなくせない

 社長氏の言葉に頷いて、大先生が独り言のように話す。

 「あれだよ、昔ね、物流は、経営トップが物流をどう見ているかによって管理のあり様が変わってくると言われた。経営トップの見方は、当然社内全体に伝播する。当然、物流部の人事にも影響するし、結果として、物流に携わる人たちの思考、行動にも影響を与える。だから、物流にとってトップの期待が重要だとしきりに言われたことがある」

 社長氏が頷き、自分なりの解釈を披露する。

 「つまり、トップが物流コスト削減を期待していなければ、物流部といえども、物流コスト削減などに手をつけはしないってことですね。でも、いまはそんな物流部門はないですよね?」

 「そう、だから昔話。ただ、いま問題になるのは、物流子会社ができた後の物流管理体制じゃないかな。物流子会社ができて、物流はそこに任せればいいということで、親会社内で物流管理責任が曖昧になってしまった場合、物流コスト削減という点で問題が出る危険があるということ」

 社長氏が大きく頷く。

 「なるほど、物流子会社ができると、物流は子会社任せになってしまい、親会社内で物流を考える人がいなくなってしまう。そうなると、親会社内で物流コスト云々という話は出る余地がない」

 「特に、親会社の売上が伸びていて順調に利益が出ているときはあまり関心がないというのが実態だろうな」

 社長氏が「それはそうですね」と言いながら、一歩踏み込んだ意見を言う。

 「そうなると、物流子会社ができても、親会社内には物流コストに責任を負う部門が欠かせないということですね」

 大先生が「当然」という顔で頷き、社長氏に聞く。

 「ところで、あなたが行った子会社の親会社には物流部門はあった?」

 社長氏が首を捻りながら答える。声のトーンが落ちている。

 「いや、特に調べたわけではありませんが、ないような感じがします。そうか、今回の提案は本来親会社に持っていくべき性質のものだったということですね」

 社長氏の反省の弁に大先生が顔の前で手を振る。

 「いや、違うと思うよ。たしかに、親会社の物流部門はあなたの提案に大いに関心を示すだろうけど、実際にそれをやろうとしたとき、提案者であるあなたは子会社からにらまれて、仕事はもらえないよ」

 社長氏が苦笑いしながら、同意する。

 「たしかに、そうだと思います。先生のようなコンサルのお立場なら何も問題ないでしょうけど、倉庫や運送の仕事がほしい私どものような立場では、そんな提案は何の意味もないですね。なんか物流子会社というのは面倒な存在ですね。常に親会社の目が光ってないとだめってことですか?」


それでもあなたの提案は正しい

 社長氏の問い掛けに大先生が首を振る。

 「そんなことないさ。親会社の目が光っていようがいまいが、物流子会社が進むべき確実な道が一つある。それは、物流子会社は物流会社になればいいってこと。いつまでも子会社でいるから妙な立場になってしまうんであって、売上における親会社比率をどんどん落としていく。そうなれば、親会社の物流を合理化して売上が落ちても、それによって余裕が出た経営資源を他の荷主で埋めればいいという発想になる。あなたも、そういう会社に提案すれば、また違った展開になったかもしれない」

 社長氏が辛そうな顔をして頷く。「持って行った相手が間違ってったってことですね。提案は相手先のニーズや関心事に合わせて持っていかないとだめだという原点を踏み外していたということになります。いやーまいったな」

 大先生が楽しそうに笑い、「でも、あなたの提案は正しい提案で、相手が自分の都合で受け入れなかっただけだから、気にすることはないさ」と慰める。

 社長氏が小さく頷き、顔を上げずに「それでは、これで失礼します」と立ち上がる。大先生が「またいつでも遊びにおいで」と声を掛ける。社長氏が、喉を詰まらせた感じで「今日はお話しできて本当に嬉しかったです。おかげさまで気が晴れました」と言う。

 大先生が出口に向かう社長氏の肩を後ろから励ますように叩く。社長氏が振り返り、深くお辞儀をする。()