湯浅和夫の物流コンサル道場 第75

大先生の日記帳編・第10回〜


在庫管理の原点とは

 不良在庫や欠品の発生には全て原因がある。それが誰の目からも明らかになる仕組みを作り、証拠となるデータを常に用意しておけ。因果関係を明確にすることこそ在庫管理の原点だ。在庫本の執筆依頼に来た編集者は、大先生との意地悪な禅問答を通し、在庫管理の本質を徐々に理解していった。


■在庫の変動要因をすべて読み込む

 在庫管理の本の執筆を依頼に来た出版社の編集者氏と大先生とのやりとりが続いている。編集者氏が、「突然出荷が増えたりした場合にはどう対処すればいいのか」と質問したところ、大先生に「在庫管理の無理解さを露呈したいい質問だ」と皮肉られ、ちょっと顔をしかめている。

 大先生が楽しそうにその顔を見ながら、取り成すように言う。

 「まあ、そんな顔をしないで。ちょっとかまっただけだから。そのいい質問と関係するので、ここで在庫管理における予測について整理しておこうか‥‥」

 編集者氏が小さく頷くのを見て、大先生が説明を始める。

 「おれは、普段は予測という言葉は使わないけど、まあ、ここでは予測って言っておこう。さて、もうわかるだろうけど、在庫管理における予測というのは、たとえば在庫を一週間分持つとして、リードタイムが一カ月だとすれば、一カ月後の一週間分の在庫の量を予測するってことになる。これはいいね?」

 大先生の確認に編集者氏が大きく頷く。元気を取り戻してきたようだ。

 「その意味では、在庫管理における予測というのは、ピンポイントの予測ということになる。そして、それは毎週発注のたびに行われるわけだ」

 編集者氏が頷きながら、自分で考えを整理するような口調で言葉を挟む。

 「なるほど、そうですね。毎週発注するたびにリードタイム後の在庫日数分を予測するってわけですね。それで、リードタイム後に在庫量が変動する要因として何があるのかを先ほど洗い出したんですね。季節的な変動とか営業に起因する変動とかの要因を‥‥」

 「そう、出荷に影響を与える要因を事前に読み込めるだけ読み込む。それは‥‥」

 「たしかに、それは、予測なんてものではないですね。あっ、それに、リードタイムが一週間以内とか短い場合には、予測なんかまったく必要ないですね‥‥あ、済みません、言わずもがなでした」

 大先生の言葉を編集者氏が先取りしたまではいいが、最後の付け足しは余計だったと反省している風だ。大先生が頷いて、たばこに手を伸ばした。編集者氏が言葉を選ぶように続ける。大先生にいちゃもんを付けられないように注意をしているようだ。

 「もし、リードタイムが長くて、予測をするとなると、それ以外の事前に読み込めない変動を予測するってことになりますが‥‥たしかに、それは事実上ほとんど無理ですね」

 「同じ商品か類似商品の過去の動きを見ることはできる。いま読み込んだ変動では説明できない変動がそこで発生していたら、それも考慮しなければならない。ただ、その場合も‥‥」

 ここでも、また編集者氏が大先生の言葉を先取りした。名誉挽回に努めているようだ。

 「その説明できない変動の原因について分析結果があることが必要になるってことではないでしょうか? 原因がわかってることが必要というか‥‥」

 「えらい。そのとおり。なんだ、よくわかってるじゃないか」


■予期せぬ事態の責任は負えない

 大先生の褒め言葉に、編集者氏が照れ笑いを浮かべるが、いかにも嬉しそうな顔をする。

 「要するに、在庫の変動はすべて因果関係が明確だということだ。因果関係が明確なんだから、在庫管理においては予測なんて必要ない。そうだろ?」

 編集者氏が納得したように何度も頷いている。それを見て、大先生が「さて、ここまではいいとして、さっきのあんたのいい質問に答えないとな」と話を戻す。元気そうな顔をしていた編集者氏の顔がちょっと曇る。

 「あんたが言った『突然出荷が増える』というのは、たとえばある商品が突然爆発的に売れ出したっていう予期せぬ事態だ。そうだろ? もちろん、在庫管理では安全在庫を持っているから、設定した範囲内の変動には耐えられる。ただ、爆発的に売れ出したなんていう事態はどうだ? そんな事態まで在庫管理で扱えると思う?」

 「いえ、無理です。予期せぬことなんですから、事前に読み込むことはもともとできません」

編集者氏が素直に答える。大先生が頷きながら続ける。

 「そう、これは在庫管理においては責任を負えない事態ってこと。この責任を負えない事態を明確に線引きしておかないと在庫管理はできない。予期せぬ事態まで在庫管理の責任だということになると、発注担当者は自己防衛のため根拠のない在庫の積み増しをやってしまう。それが不良在庫を発生させる」

 「はい。ただ、現実問題として、この商品は売れそうだから在庫を多めに持っておいてって営業あたりから言われることはありますよね?」

 編集者氏が食い下がる風情を見せる。大先生が素直に同意する。

 「ある、ある。もちろん、その場合は、その在庫を持たざるを得ない。どんな根拠かわからないけど、営業が持てという在庫は持てばいい。ただし、何度も言うけど、これは在庫管理の世界の話ではない」

 「そうですね。これまでのお話からすると、その在庫については別管理しておくことが必要だということになると思います。在庫管理上はこれだけ持てばいいという数字を出したのに、営業がそれ以上持てと言った場合、そのそれ以上分の在庫は管理上区分しておくことが必要ですね。そして、それが結果としてどうなったかまで追いかける」

 大先生がたばこの煙を吐き出しながら頷き、付け足す。

 「できたら、それ以上持てという判断をした根拠もその営業から聞き出して整理しておくと、あとあと使えるデータになる」

 「なるほど、わかりました。たしかに、先生のおっしゃるように、在庫はすべて因果関係がはっきりしているってことなんですね。原因不明の在庫の増減なんてないってことなんだ、うん、たしかにそうだ」

 編集者氏が勝手に一人で納得している。

 「それはそうだよ。在庫は天から降ってくるわけではなくて、すべて自ら作ったり、手配しているんだから。欠品も過剰在庫もすべて原因は明らかさ。そこが在庫管理のいいところでもあるし、管理し易いところでもある」

 大先生の話を聞いていて、突然何か思い出したように、編集者氏が「あっ」という声を出す。大先生がびっくりした顔で「どうした?」と聞く。編集者氏がなぜかばつの悪そうな顔で言い訳をする。

 「あ、いえ、別にそんな驚くようなことではないんです。まあ、当たり前のことですが、いまの在庫の責任区分っていうことでは生産にもそのまま当てはまりますよね。在庫管理上は百しか必要ないのに生産の都合で百五十作ってしまったというような場合‥‥」

 「それはそうだよ。なんだ、そんなことか。でかい声出すから何かと思った。とにかく在庫管理の原点は因果関係を明確にするってこと。過去実績でそのデータがどれだけ整備されているかってことが重要になる」

 「はー、何か在庫管理っておもしろいですね。是非、そういう本を書いてください」

 「だから、そのために話をしてるんだろ」

 「あ、そうでした。余計なことを言いました」


ただし責任放棄は許されない

 編集者氏の顔を見ながら、大先生は、たばこを消して、コーヒーに手を伸ばした。ぼんやりそれを見ていた編集者氏が、また「あっ」という声を出した。

 「よくびっくりする人だねー。今度は何?」

 大先生が呆れたように聞く。編集者氏が恐縮したように小さな声で説明する。

 「はー、済みません。何か思い当たることがあると、つい声が出てしまうんです。悪い癖です」

 「たしかに。それで?」

 「えーとですね、そうなると、いままでは過剰在庫や不良在庫をイメージしていましたが、先ほど先生が何気なく欠品という言葉を出しましたが、欠品についても在庫管理では免責になるってことですね?」

 「あー、そういう話か。免責という言葉が本来の意味からして適切かどうかはわからないけど、読み込める変動要因はすべて読み込んでいるってことになれば、在庫管理上だけでなく、全社の誰も責任を負うことができないってことさ」

 「そうですねー。すべて読み込んでいるんだから、これはもう誰の責任でもないですね」

 ここでも編集者氏が一人で納得して悦に入っている。かまわず大先生が続ける。

 「そう、ただし、すべて読み込んで、そこから出てきた数字については社内の誰もが納得するっていう在庫管理システムが存在することが条件になる。いい加減な在庫管理をやっていて、おれは欠品や不良在庫に責任を持たなくていいんだっていうのは通用しない。それは責任不在というか責任放棄ってことだな」

 大先生の言葉を編集者氏が整理するように繰り返す。

 「なるほど、誰もが納得できる在庫管理のシステムがあって、因果関係を明示できる仕組みがあって、過去の実績データもきちんと分析されていることが必要だということですね。私も納得しました。余計なことを敢えて言いますが、そういう中身で本を書いてください」

 編集者魂の成せる技なのか、編集者氏がしつこく念押しする。

 「それはもうわかったよ。そうそう、あんたの在庫管理知識の補強のために敢えて付け加えておくけど‥‥」

 大先生の思わせぶりな言い方に編集者氏が「はい」と言いながら、興味深そうに身を乗り出す。

 「さっきの爆発的に商品が売れ出したって事態だけど、予期できないんだから欠品が出ても誰の責任でもないって言ったろ? たしかに、そのとおりなんだけど、実は一つ対処法がある? 何だと思う?」

 突然、大先生に質問され、編集者氏が身構える。ちょっと考えて、編集者氏が妙な質問をする。

 「それは、企業の人なら誰にでもわかる答えですか?」

 大先生が質問の意図を測りかねるという顔で「はー?」とつぶやき、素直に「もちろんさ」と答える。それを聞いて、なぜか編集者氏が「いいヒントをもらった」という顔で考えている。ちょっと間を置いて、また「あっ」と言葉を発する。答えを見つけたようだ。大先生が楽しそうに編集者氏の顔を見て頷く。それに促されて、編集者氏が、それでもちょっと不安そうに答える。


最後は生産の瞬発力の勝負
 「生産力とか仕入力ってことではないでしょうか? 生産や仕入が変動に対して即応力が高いというか瞬発力が高いというか、そういうことですか?」

 「そう、正解。なんか、あんたの思考過程はよくわからんけど、まあそういうことだ。リードタイムを極力短くして柔軟に対応できる生産体制を整えるってことだ。それ以外には対処法はない。いま多くの企業がリードタイムの短縮に取り組んでいるけど、これは、変化対応がねらい。わかってるだろうけど、リードタイムを短縮しても在庫は減らない。ただし、変化への即応力は高まる」

 「なるほど、なるほど。よくわかりました」

 自分の答えが正解だったことに気をよくした編集者氏が大きく頷く。大先生が打ち合わせ終了の合図を送る。

 「まあ、こんなところかな‥‥」

 「はい、ありがとうございました。おかげで私自身、在庫管理について随分整理ができました。今日伺って本当に勉強になりました」

 その顔を見て、大先生のいたずら心が頭をもたげた。真剣そうな顔で編集者氏に話し掛ける。

 「よし、それでちょっと相談なんだけど、いままでの話を大雑把でいいから、あんた書いてくれない? それにおれが手を入れて、本にしようよ。どう?」

 編集者氏が面食らった顔で、慌てて駄目だしをするが、満更でもなさそうな返事をする。

 「えー、だめです。そんな。まあ、自分の知識の整理ってことでは興味あるご提案ではありますが‥‥」

 「そうだろ。試しにやってみよう」

 「いえ、やっぱりだめです。あ、あれです、先生は書きなぐっていただくだけで結構です。あとは私が形にしますから」

 「よし、そんなとこで手を打つか」

 妙な手打ちで大先生と編集者氏の打ち合わせが終わった。



 

湯浅和夫の物流コンサル道場 第76

大先生の日記帳編・第11回〜


その後の「物流ABC


 物流現場の作業内容は毎回違う。作業時間を測って平均値を計算しても何の役にも立たない。作業が規格化された工場の管理技術は、物流現場には使えない──「物流ABCActivity Based Costing:活動基準原価計算)」に対する誤解と偏見はいまだに根強い。その導入に向けて日々邁進する物流担当課長が、大先生一同と久しぶりに一献傾けた。


熱血課長が久しぶりに来訪

 猛暑が続くある日の夕方、以前に大先生のコンサルを受けた卸売業者の物流担当課長が訪ねてきた。久し振りに東京出張があるので、その折にご挨拶に伺いたいという電話が入り、午後に伺いたいというところを、大先生が「夜、暑気払いでもやろう」と勝手に夜に変えてしまったのである。

 その結果、その日に帰る予定だった課長氏は出張を一日延ばすことになってしまった。

 「おかげでのんびりできます。先生が夜しか空いてないのでって部長に言ったら、『それじゃ仕方ないな』ってすんなり認めてくれました。ありがとうございます」

 課長はご機嫌で大先生にお礼を言う。そんなことは意に介さずに大先生が「出張って何だったの?」と聞く。課長が言い難そうに「はー」と顔をしかめる。

 「それは、あとで酒の勢いで聞くとして、あんた、夏太りした?」

 突然、大先生が話題を換える。もともと小太りな課長は、ここでも返事に窮した。

 そうこうしているうちに、予約の時間が来たというので、弟子たちも同行して、近くの蕎麦屋に向かった。

 ビールで乾杯の後、美人弟子が課長氏に早速質問をする。この会社には物流ABCの導入支援のコンサルをしたのであるが、弟子たちは、当時からこの課長の熱心さには敬意を抱いていた。その熱心さが、その後の物流ABCをどのように発展させたかという点に大いに興味を持っていたのである。

 「お久し振りですけど、物流ABCはその後活用の幅が広がりましたか?」

 突然の質問を予期していたかのように、課長氏は待ってましたとばかりに身を乗り出す。

 「はい、思わぬ展開になりました」

 課長氏の言葉に今度は弟子たちが身を乗り出す。課長氏の隣に座っている大先生も興味を持ったらしく、ちらっと課長氏の顔を見る。

 三人の反応に気をよくしたように課長氏が語りだす。

 「あのコンサルのとき、主要アクティビティ(作業単位)について、本来あってはならない動きを取り除いた、通常この時間でできるはずだという標準作業時間というのを設定しましたよね。あれを作業者みんなに公開して、この時間でできるように工夫してくれって、やんわりと指示したんですよ」

 体力弟子が大きく頷き、先を促すように言葉を挟む。

 「みんな、その時間でできるようになったんですか?」

 課長氏がもったいぶった顔で首を振る。体力弟子は、当てが外れ、がっかりしたような顔をして首を傾げる。課長氏がその様子を見て、楽しそうに話す。

 「実は、あの標準作業時間ですが、あれを設定したすべてのアクティビティで大幅に時間が短縮されたんです」

 「えっ、時間短縮ですか? それはすごい」

 体力弟子の感嘆の声に美人弟子も驚いたように大きく頷く。

 「数字を見せられたら、みんなが無駄な動きを排除するように工夫し始めたってこと?」

 大先生の言葉に課長氏が頷き、説明する。

 「そうなんです。前は、ピッキングとか梱包などで、お恥ずかしいことですが、作業の途中で本来の動き以外のことをいろいろやっていたんです。まあ、先生方、よくご存知のように、やっていたというより、やらざるをえなかったというのが正直なところです」

 弟子たちが頷くのを見ながら、課長氏がグラスを手に取り、残ったビールを一気に飲み干す。美人弟子が、空いたコップにビールを注ぐ。それを受けながら、課長氏が続ける。


標準作業時間が半減した
 「それが、あの時間についての数字が出てから、パートさんたちから不要な動きをやらないようにするにはこうした方がいい、ああした方がいいという意見がいろいろ出されたんです。それを受けて、システム担当も入れて、いろいろ改善しました。そしたら、私自身びっくりしたんですが、時間が半分で済むようになったアクティビティも出ました。ほとんどのアクティビティが三割以上は時間が短くなりました」

 「それはすごい。よくやった。それで、いまはアクティビティの作業時間は安定的に推移しているの?」

 大先生の褒め言葉に課長氏がびっくりしたような顔をするが、すぐに返事をする。

 「はい、ほぼ安定してきました」

 「それはいい。そうなると、いろいろおもしろいことができるな」

 大先生の言葉に、我が意を得たりという顔で課長氏が大きく頷く。

 「そうなんです。受注状況に合わせて、作業時間が計算できるようになったんです。アクティビティ別の一処理当りの作業時間が一定ですので、アクティビティ別の作業量を掛ければ、必要作業時間や必要人数がわかります。そこで、翌週や翌日の作業量を予測して、人員計画を立てています。また、日々、アクティビティ別の終了時間がわかりますので、それに合わせて人員の配置換えなどもやっています。以前そのようなご指摘をいただいたことがありますが、正直、そのときはピンと来ませんでした。いまは実際にやってみて、その効果を実感しています」

 「へー、大したもんだ。あんたの努力が実ったってことだ」

 大先生にまた褒められ、「いやいや」とか言いながらも、課長氏は満更でもなさそうだ。弟子たちも課長氏の努力と熱意を称える。

 「ところで、いまの話は、うちがコンサルに入った西日本のセンターでの話だろ? 他のセンターへの展開はどうなってる?」

 いままさに刺身を口に入れた課長氏は、大先生の質問に、慌ててそれを飲み込んだ。そして、大先生に向き直り、「ご賢察」とひとこと言い、説明を始めた

 「実は、今回の出張は、まさにそれなんです。東日本のセンター長は、もともと物流ABC自体に懐疑的なんです。あっ、済みません」

 「いえ、別に。そういう方も少なくないですよ。もっとも、ABCを正確に理解していない場合が多いですけど‥‥」

 体力弟子が微笑みながら答える。課長氏が続ける。

 「そうなんです。物流ABCを理解しようともしないで、頭から物流の現場ではそんな平均値は役に立たねえだとか、計画的に生産できる工場と違って物流の現場は顧客により毎日違った注文が入るし、波動ってもんがあるから、杓子定規な考えは当てはまらねえとか言うんですよ」

 課長氏の物真似風の物言いに弟子たちが楽しそうに笑う。

 「いまのはそのセンター長の話し方を真似たわけ?」

 大先生の問い掛けに「はい、臨場感を出そうと思いまして。わかるでしょ、どんなやつか」と課長氏が答える。弟子たちが笑いながら頷く。大先生が、興味深そうな顔で課長氏に聞く。

 「それで、東日本に乗り込んで、どうなった?」

 美人弟子が作った焼酎のロックをぐいと飲んで、課長氏が胸を張った。

 「はい、論破して、西日本と同じことをやらせるようにしました」

 弟子たちが「へー」と驚いた顔をする。その顔を見て、課長氏が正直に打ち明ける。

 「と言いましても、センター長は納得しませんでした。わかったとは言いませんでしたから。まあ、納得したくないんでしょうね。途中から黙りこくってしまいましたけど、最後にぼそっと、あんた中心でやってみてくれと隣にいた副センター長に指示してました」

 「そうですか。それでどうやって説得したんですか?」

 美人弟子が興味深そうに質問する。

物流センターは工場と何も変わらない

 「先生方は覚えておいでですかね、コンサルの初めの頃、実は同じようなことを私が言ったことがあるんですが、そのときの先生方とのやりとりが頭に残っていたんです。今回、作業時間が管理に使えるようになって、それを自信もって言えるようになりました」

 「平均値は役に立たねえってのはよく聞くな。作業の繁閑によって作業時間は異なるなんて抜かす輩もいる。まさに絶句ものだ」

 大先生のわざとらしい物言いに、課長氏が「そうなんです」と相槌を打ち、溜まったものを吐き出すかのように一気に話す。

 「忙しいときは作業が早くなり、暇なときはのんびり作業するってこと自体おかしいってことをまず説明しなければならないんですよ。そんな作業のやり方をしていたのでは人員計画も日々の作業者のやりくりもできません。西日本での実績をもとに、作業は常に同じテンポで行うんだ、早く終わったら他の作業に回すんだ、場合によっては早く帰ってもらうんだって説明すると、そんなことするとパートさんが集まらないだとか、まったく話の本質を外した反論が返ってくるんです。議論を噛み合わせるのが大変でした」

 「これまでの行き掛かり上、理解しても素直に認め難いんだろうな。その気持ちはわかる。おれもそういうところあるから」

 大先生の妙なコメントに課長氏が「えっ」と仰け反る。美人弟子が「気になさらないでください。それで、工場との違いはどう論破されたんですか?」と先を促す。

 「はい、工場と物流センターは同じだ、違いなどないって言いました。毎日、いろんなお客からバラの注文やケースの注文がいくつ来ようが何の支障もない。そのためにバラピッキングとかケースピッキングというアクティビティが準備されているんだ。波動だって、それに応じて人員を事前に手配しておけばいいことだし、週間だろうが月間だろうが季節だろうが波動は事前に読めるんだから対応可能だ、工場だってまったく同じだろうって言ったんですが、なかなか理解してもらえませんでした」

 弟子たちがさもありなんと頷く。課長氏が続ける。

 「でも、やっぱり実績というのは強いですね。西日本の人員手配の計画値と実績の表を見せたら、妙な反論は返ってきませんでした。以前は、数字がなかったので、そんなこと言うと、物流の現場がわかってないなんてけんもほろろに追い返されてたんですけどね」

 課長氏の話を聞きながらちょっと不安そうな顔をしていた体力弟子がそっと聞く。

 「その、おまえがやれと言われた副センター長さんは、どんな反応だったんですか?」

 「はい、彼はどこかで物流ABCについて聞いたことがあるようで、ABCには興味があるらしく、途中で『うちもやってみましょうよ。私がやりますから』ってセンター長に申し出ていました。彼のひとことがセンター長の救いになったかもしれません。たしかにセンター長は依怙地なところがありますが、結果が出れば受け入れる度量はありますから心配は要りません」

 体力弟子が安心したように頷く。代わって、美人弟子が質問する。


現場はやっぱ義理と人情です

 「ところで、その安定しているという作業時間は作業者みんなが同じような時間で作業できるってことですか?」

 美人弟子の質問に体力弟子が「それそれ」と言って、課長氏の顔を見る。

 「はい、これも不思議なんですが、最初に作業時間調査をやったときは、同じ作業でも作業者によって結構差があるもんだなって印象を持っていたのですけど、無駄な動きを取り除いたら、自然と時間差はなくなってきたんです。それに、各人が他の人の動きを気にするようになって、こうした方が早いわよなんて助言するパートさんも現れました」

 弟子たちの感心した様子に水を指すかのように大先生が言葉を挟む。

 「そういう雰囲気作りをあんたとセンター長で仕組んだんだろ?」

 大先生の言葉に課長氏が「えっ」と言って、大先生の顔をまじまじと見る。

 「はー、別に仕組んだわけではありませんが、実は、コンサルの後、作業が早く終わる日を選んで、近くの居酒屋にパートさんたちを招待して、決起集会みたいなものを開きました。酒も入ったせいか、いろんな意見が出ました。結構盛り上がりまして、パートさんたちとの人間関係が変わったような気がします。これから定期的に開こうと思ってます」

 「やっぱり働いているのは人ですから、そういう打ち解けた場作りも重要なんですね」

 「そういうことを強調する物流センターの責任者って結構いますよね」

 弟子たちの言葉に課長氏が「そうなんです。やっぱ決め手は義理と人情なんですよ」と大先生の好きな言葉を持ち出して締め括った。



湯浅和夫の物流コンサル道場 第77

大先生の日記帳編・第12回〜


物流部長の第一の仕事


 在庫管理こそ物流管理の原点だ。しかし物流部門はその権限を持っていない。ならばどうするか。大先生がご託宣を下す。物流コストを切り口にして正面から突破しろ。在庫に焦点を置いた物流改革案を立案し、経営陣にぶつけていくことで道は拓ける。


楽しい質疑応答が始まった
 残暑の厳しいある日の午後、大先生は、とある業界団体の研修会場にいた。二カ月ほど前に依頼があったときには、テーマが「在庫管理」という大先生の好きな内容だったことから喜んで引き受けたのだが、いざ出かける段になると「なんでこんな暑い日に講演なんかやらなきゃならないんだ」などとぶつぶつ言いながら会場に向かったのであった。

 仲間内の勉強会ということで講演後に比較的長い質疑の時間が取られていた。円形テーブルで大先生の隣に座っている司会役のある大手企業の物流部長が「それでは、これから質疑に移りたいと思います。こういう場ですからざっくばらんに先生にお教えいただくということで、日ごろのお悩みなども含めて、自由にご発言いただきたいと思います」と切り出した。

 大先生はかなりリラックスした風情だ。こういうときの大先生は何を言い出すかわからない。司会役の問い掛けにちょっと間が空いて、「質問が出ないときにはあんたが先鞭をつけてくれ」と事前に取り決めてあったのか、司会役の視線を受けて、大先生の前に座っているある会社の物流部長が手を上げた。大先生が頷くのを見て、おもむろに話し始めた。取ってつけたような質問だ。

 「今日のお話は大変勉強になりました。ありがとうございました。ところで、ちょっとお聞きしたいのですが、先ほどのご講演で、最後の結論として、物流管理は在庫管理から始まる、在庫管理ができていないと物流管理は中途半端に終わってしまうというお話がありましたが、この点についてもう少し詳しくお話いただきたいのと、もう一点、私ども物流の立場ですと在庫を管理することができないというのが実情ですが、その場合は、どう対処したらよろしいのか、というそのあたりについてお聞かせできれば、と思いますが、いかがでしょうか?」

 質問をしている間中、大先生にじっと見つめられ、質問者はちょっと焦った表情を見せたが、何とか最初に質問をするという役割を果たした。大先生としては(最後の部分は講演の中でずっと話してきたことをまとめただけだろうに‥‥)という思いがあったが、最初から突き放した返事をしてはこの先質問が出なくなってしまい、旧知の司会役の部長が困るだろうという配慮からか穏やかに応じた。

 「在庫管理が物流管理の原点だということは講演の中で詳しく話したつもりですが、まあ改めて言うと、物流というのは在庫を保管し、在庫を移動させる活動ですから、その在庫の管理なしには物流管理はありえないということです。さっきも言いましたけど、売れるかどうかわからない、結果として売れ残って物流センターに滞留してしまうような在庫を移動することにどんな価値があるのかということです。過剰在庫や滞留在庫が山ほど置かれている物流センターというのは一体何なんだ、在庫に邪魔されて作業に支障が出ている中で作業改善や作業効率などといっても意味ないじゃないかということです。わかります?」

 大先生の確認に質問者が大きく頷き「だから、せめて物流センターの在庫くらいきちんと管理しろということですね」と応じる。まずい質問をしたという思いがあるのか、前向きな相槌だ。大先生が頷いて続ける。

 「そう。私は、物流センターの在庫配置や補充を市場の動きに合わせて必要最小限にすることが物流管理にとって最重要課題だと言ってるだけです。二つ目の質問ですが、『物流センター在庫の配置や補充は物流部ではやっていないし、できない』ということをおっしゃってると思うんですが、できないなら、対処しようがないじゃないですか?」

 突然、大先生に決め付けられ、質問者は困惑顔で小さく頷く。

 「まあ、対処ということで前向きな答えを言えば、物流センターの在庫くらいは物流部で管理できるように働きかけなさいということです。それが物流部長の第一の仕事だと思いますよ。違います?」

 大先生の答えに質問者は、早く質疑の渦中から逃れたいという顔で「はい、よくわかりました」と頭を下げる。その意を受けたように、司会役の部長が「他に何かありませんか」と他の質問者を探す。テーブルの右端で手が上がる。司会役がほっとしたように「どうぞ」と勢いよく言う。

■リードタイムが与える影響は?

 「お話の中でリードタイムの長さは在庫量には関係ないというご指摘があり、たしかにそうだなと思ったのですが、最近、多くの企業がリードタイムの短縮に取り組んでいますが、そのねらいはどこにあるのでしょうか? やっぱり瞬発力を高めないといまのような売れ方が不透明な時代では多くの無駄を生むという理解でよろしいのでしょうか?」

 大先生が苦笑しながら頷く。答えがわかっていながら、わざわざ確認のための質問をしているのだ。ここでわざと意外な答えを言えばおもしろいのだろうが、大先生は素直に答える。でも、ちょっとおざなりだ。

 「はい、そのとおりです。ただ、一つ知っておいてほしいのは、リードタイムが長いと予測という要素が入ってくるということです。たとえばリードタイムが三カ月となると、三カ月先に出荷が増えるのか減るのかを予測しなければなりません。わかりますね?」

 大先生の言葉に質問者が頷いてメモを取っている。大先生が続ける。

 「リードタイムが長いことで起こる在庫管理上の最大の問題は突発的な出荷変動に対処できないということです。ここでの課題は、これにいかに素早く対処するかです。そうでしょ? 三ヶ月のリードタイムなら三カ月後にしか対処できないわけです。もったいないですよね。その間の売り上げを逃してしまうわけですから。リードタイムが一週間なら一週間後から対処が可能です。そういうことです」

 質問者が満足そうに頷き「ありがとうございました」と大きな声を出す。司会役の部長が、なぜか安心したような顔で微笑み、「うちもいま工場とリードタイム短縮についていろいろやってます」とコメントし、「他にいかがですか?」と問いかけるが、誰も応えない。

 そのとき、何か思い出したのか、司会役の部長が突然出席者の一人を指名して「在庫に困っているといつもおっしゃってますが、この際ですからお悩みでも結構ですから遠慮なくどうぞ」と質問を促す。突然指名されたその人は「えっ」と絶句し、それでも思い切って質問を捻り出す。

 「えー、私どもで困っているのは、在庫が多いことですが、それを減らそうとしても、いろいろ複合的な要因があって、なかなか一筋縄ではいかないということがあります‥‥」

 こう言った後、質問者は言葉が続かない。ここで大先生がフォローするように聞く。突然指名されたこの人に同情したようだ。

 「在庫を増やす複合的な要因というのは、たとえばどんな要因ですか?」

 「えーと、先ほどのリードタイムの問題とか、営業が勝手に在庫確保に走ってしまうとか、工場が生産効率だとか言って多めに作ってしまうとか、もう出荷が落ち込んでいるのに部品や半製品が残っているからといって作ってしまうとか、えーと‥‥」

 まだ懸命に要因を挙げようとしている質問者を見て、大先生が口を挟んだ。なぜか、この人に対して大先生は優しい。

 「わかりました。たしかに在庫が溜まる要因がいろいろありますね。その在庫の多くは物流センターに置かれているわけですか?」

 「はい、そうです。それ以外に工場倉庫にもたくさんあります」

 「物流のお立場で在庫について生産や営業に物を言うことはできないでしょうね?」

 「はい、かなりの反発が出ると思います。実は、うちのトップが、最近、在庫を減らせないかと役員会で投げかけたんですが、情けないことに、いろいろ議論して結局『在庫は必要悪』だという結論になってしまったんだそうです。お恥ずかしい限りです。でも、私は納得できないんです。というか正直に言うと腹立たしい思いを持ってます。先生のおっしゃるとおり、在庫が物流コストを押し上げていることは間違いないんです」


在庫をベースとした物流改革案

 日頃の鬱憤を晴らすかのように、質問者が思いのたけを吐露する。これに大先生が乗る。

 「そうですね。このまま黙って引き下がっている手はないですね。みなさんは、この場合、どうします?」

 大先生の問い掛けに、「実は、うちも同じような状況です」という声が上がる。それに同調する声が次々と出る。司会役の部長が「先生にコンサルに入ってもらうのが一番じゃない」と冗談めかして言う。

 「冗談抜きでそれが一番だけど、まあ、それはいいとして、それが一つのヒントかな」

 大先生の言葉に、即座に質問者が「それなんです」と応じる。その言葉に会議室の全員の目が質問者に集中する。みんな、次の言葉を興味深そうに待っている。全員に注目され、質問者が戸惑った表情を浮かべるが、意を決したように話し出す。

 「実は、先生のご講演を聞きながら思ったんですが、在庫の問題を真正面から取り上げて問題提起しても相手にされないことは明らかですから、からめ手というか、物流部として正々堂々と意見を具申するのが最善だなと思い始めていたんです」

 ここで質問者がちらりと大先生を見た。すぐに大先生が「そうです。本筋である物流コストを攻め口にするんです」と応じる。

 大先生の言葉に質問者がわが意を得たりという感じで大きく頷き、自分の考えを述べる。

 「やっぱりそうですか。それならやってみます。在庫をベースにして物流コストを大幅に下げる物流改革案を作って出してみます。先ほどご指導いただいた分析方法で物流センターにはこれだけの在庫を置けばいい、在庫補充は出荷動向に同期化させて行えばいいというプランを作り、それができれば物流センターのスペースはこれだけ減る、センター内の作業コストはこれだけ減る、在庫補充のための輸送コストはこれだけ減る、トータルで物流コストはこんなに減るんだというコスト削減案を提示しようと思います。ちょうどいま物流コストを減らせと言われているので‥‥」

 質問者が生き生きとした表情で自分の考えを述べる。出席者の一部から思わず拍手が起きる。司会役の部長が興奮したような口調で「たしかに、それはいい。本来在庫はこれだけあればいいんだということが明示できるし、少なくとも在庫が問題として浮かび上がることは間違いない。その改革案が通らなくても在庫についてトップに大きな一石を投じることができると思う」と同意を示す。

 会場から「在庫が溜まってる因果関係も示したらいいかも」と声が上がる。それを受けて別の人が自分の思いを述べる。

 「そうか、うちもそれをやってみよう。正直、うちも物流部としては在庫に手がつけられない状況だったので、先生のお話はよくわかるけど、一体どうしたものかと思ってたんです。でも、たしかに、物流コストを徹底して削減する方策として在庫を取り込んだプランを提示するという手があったんだ。そこで、この在庫分析の技法を使えばいいんですね。うん、なるほど。それなら使える」

 突然の盛り上がりに、大先生が戸惑ったような表情で、なだめ役に回る。

 「まあ、在庫をベースとしたプラン一本で行くのではなく、短期でのコスト削減策とか中期での削減策と並べて、そのあと在庫をベースとした究極の削減策という形で出すと受け入れやすいかもしれない」

 大先生の示唆にこの騒ぎの発端となった質問者が毅然と答える。

 「はい、そういう方法も現実的かもしれませんが、私は敢えて在庫をベースとした削減策一本でやってみようと思います。私としては、もう我慢の限界を超えてますから。今日はいいお話を聞かせてもらいました。すっきりしました」


物流コストは三割減らせる

 大先生が苦笑し、さらに付け加える。

 「まあ、それぞれの事情で好きなようにやればいいですよ。私の経験では、物流センターの在庫をコントロールできれば、物流コストは三割くらい削減余地が出ますよ」

 「えっ、三割ですか‥‥。それなら経営層は大きな関心を示すはずです。その数字を目指して改革案を作ります」

 「それが採用されて、いざ実現ということになったら、私を呼んで下さい。実現のお手伝いをしますよ」

 大先生の三割削減という言葉を聞いて、会場のあちこちで活発に話が交わされている。隣の司会役の部長が「先生、今日はありがとうございました。いい勉強会になりました」と頭を下げる。質疑応答が思わぬ展開になってしまい、さすがの大先生も苦笑いを浮かべて頷くだけだった。


 

湯浅和夫の物流コンサル道場 第78

大先生の日記帳編・第13回〜


3PL
ルネッサンス

 荷主に代わってプロが物流を組み立てる時代がやってきた。これまでの常識や慣習を否定し、物流のあるべき姿を追い求めるプロフェッショナルたちの手によって、トラックの使い方から拠点の配置まで、ロジスティクスの仕組みが一変しようとしている。“3PLルネッサンス”が始まっている。


1PLで始まったのは必然だった

 「3PLルネッサンスだそうです!」

 大先生が、いつもどおり昼前に事務所に顔を出すと、これまたいつもどおり体力弟子が飛び出してきて、勢い込んだ様子で昨日行ったヒアリング調査の報告を始めた。

 体力弟子は、ある団体から依頼された調査の仕事で大阪の中堅トラック運送業者にヒアリングに出かけたのであった。そこで本来の用件とは別に、大先生がらみのおもしろい話を聞いてきたそうだ。

 「昨日行った会社の専務さんが、ついに師匠が言っていた3PLルネッサンスが始まったって言ってました」

 突然、聞き慣れない言葉を聞かされて、大先生は戸惑った顔をした。体力弟子の顔をまじまじと見て、聞き返す。

 「3PLルネッサンス? なんだ、それ? おれは、そんな言葉使ったことないぞ」

 「そうでしょうね。私も初めて聞いた言葉ですから。その方がご自分で作った言葉かもしれません。でも、お話を伺うと、結構言い得て妙というところがあります」

 体力弟子が、核心をぼかして意味ありげに話す。大先生の戸惑いを楽しんでいるようだ。大先生は「何のこっちゃ」という顔で、たばこを吹かしている。

 大先生が何も言わないので、体力弟子が続ける。

 「その方は、何年か前に師匠の講演で3PLの話を聞いたことがあるそうです。それが、ここ二年くらい、師匠のお話のとおりになってきたって実感してるって言ってました」

 「3PLの話? 何言ったかな‥‥あちこちで好き勝手なこと話してるからわからんけど、3PLは、物流をやらないシステムを提案する業態だって話か?」

 大先生の問い掛けに、体力弟子が「うーん」と言いながら、「どちらかというと役割分担の話のようです」と言う。

 「役割分担? あー、これまで日本の物流は1PLで来たけど、それが物流をだめにしてる。本来3PLで行くべきで、ようやっとそういう時代が来たって話か?」

 「そうです。荷主の物流部がシステムを作り、物流業者は荷主の指示で物流実務をやらされるだけというのが1PLですよね」

 体力弟子の確認に大先生が頷き、ぼそっと言う。

 「そうそう、その話をすると、むっとした顔をする荷主の物流担当がいる。なぜかわからんけど‥‥」

 大先生の言葉を聞き、体力弟子が、「さもありなん」という顔で話を続ける。

 「その方はこんな言い方をしてました。『素人の物流担当がシステムを作るから、おかしくなってしまうんだ。本来物流のプロである物流業者がシステムを作れば、もっとましになる。それが3PLだ』って師匠がおっしゃってたって」

 「へー、素人の物流担当なんて言ってたか? プロの物流業者と対語で使ったんだな。まあ、おれは物流事始の昭和四〇年代半ばから企業の物流を見てきたけど、もともとの責任は物流業者にあった。企業に物流部なるものができて物流管理をやろうとしたとき、物流業者は運ぶ、保管するしかできなかった。物流システムや管理ということで物流業者が荷主の物流担当の相談に乗ることさえできなかった。だから、物流担当は自力で物流に取り組まざるを得なかったんだ。必然的に1PLだ。それが実態。荷主が悪いんじゃない」

 大先生の思い出話に興味を持ったのか、奥から美人弟子が顔を出した。体力弟子の隣に座ると、すぐに質問した。

 「そうすると、物流システム作りや運営、管理すべてを物流事業者に任せるという3PLが関心を呼んでいるのは、荷主の物流担当者の限界感もあるでしょうけど、物流事業者側のシステムや管理についての能力向上があるということが大きいのでしょうか?」

 「そうだな、昔の物流担当は、無から始めたので、物流部長を始めみんなが輸送や保管や作業という物流現場に入り込んで勉強してたけど、いまはある程度システムが出来上がってしまってて、それ以上何とかしようとかいう思いが希薄な面がある。その意味では、限界感を持っていることはたしかだ。そこで、物流業者が、能力向上というよりも、ようやっとプロ根性を発揮し始めたってことかな。いずれにしろ、いいことだ」

 弟子たちが頷くのを見ながら、大先生が思い出したように体力弟子に聞く。

 「それで、その専務は、最近3PLの何を実感してるって?」

 「はい、その会社は、3PLをやってるわけではなくて、何社かの大手メーカーの元請業者のアンダーでトラックを出してるんですが、トラックの使い方で明らかに3PLが浸透してきたって実感してるそうです」

物流のプロが仕組んだ輸送システム

 「へー、どんな風に実感してるんですか?」

 美人弟子の質問に体力弟子がノート開いて答える。

 「一言で言うと、トラックを徹底的に有効活用しようという強い意思が端的にあらわれてるということのようです。物流のプロが仕組んだ輸送システムに明らかに変わってきたって言ってました」

 「物流のプロが仕組んだ輸送システムか‥‥かっこいいな。具体的にはどう変わってきたって?」

 大先生が楽しそうに先を促す。体力弟子が頷き、続ける。

 「ある食品関係のメーカーさんで、新たな3PL業者に物流を一括委託したそうです。そしたら、これまで問屋さんに同時刻の時間指定配送を当たり前のようにずっとやっていたんだそうですが、3PL業者に代わって間もなく、これがなくなって、問屋さんごとに時間をずらした配送に変わったそうです。訪問した運送業者さんは利用運送もやっていて、おかげで手配するトラックが減ってしまったなんて言ってましたが、同時刻の時間指定なんてばかなことがなくなったのはいいことだって喜んでました」

 「ふーん、そのメーカーはまだそんなことやってたのか? ゲームや新曲の全国一斉発売とは違うんだから、そもそも問屋に対して同時刻の時間指定なんて意味がない。こんな燃料費の高い時代に‥‥」

 大先生が呆れた顔で、ぶつぶつ言う。それを横目に美人弟子が「その3PL業者さんは、どうやって変えたんですか?」と聞く。

 「その方も具体的にどうしたかはわからないらしいんですが、その3PL業者さんは、荷主の無駄に聖域を設けずに、ずけずけと意見を出していくという頼もしいタイプらしいんです」

 美人弟子が「へー」と頷いて、「プロが仕組んだって、他にどんなことが起こったんですか?」とさらに聞く。ノートを見ながら体力弟子が答える。

 「それから、そうそう、これまで宵積みとかいうのがあったじゃないですか?」

 「あー、翌日の配送のために前の晩に事前に荷物を積み込んでおくというやり方ですね」

 「そう、これも、これまで当たり前だったらしいんですけど、これをすぐに全廃してしまったそうです」

 「明日配達する荷物を積んでしまったら、そのトラックは夜使えない。これも無駄の極み」

 大先生が体力弟子の顔を見ながら、独り言のようにつぶやく。

 「そうなんです。トラックは二四時間動かす、トラックを拘束するようなことは一切認めないという考えのようです。運ぶ荷物は直前に物流センターから出荷し、そのままトラックの荷台に積み込む。仮置きなんかもしない。トラックの出発に合わせて物流センターを動かすというやり方に変えたようです。出荷の時間帯別にセンターの作業に必要な人員手配もその3PL業者さんがやっているようです」


3PL成功の条件とは
 「へー、頑張ってるな。それでこそプロだ。3PLの面目躍如!」
 大先生が大袈裟に褒める。体力弟子が「荷主さんも『さすがプロ』って喜んでいるようです。かなりなコストダウンを実現したらしいです。そういう3PLという物流の原点に戻って大きな効果を挙げているという現実を3PLルネッサンスとその方は言ってるのだと思います」
 「3PLルネッサンスねー‥‥まあ、高揚する気持ちは伝わってくる」
 大先生が苦笑しながら認める。大先生の言葉に弟子たちが頷く。体力弟子が何か思い出したように付け加える。
 「そうそう、その方がおっしゃるには、これは別のメーカーさんの話らしいんですが、元請業者さんを替えたら、輸送ネットワークががらっと変わってしまったそうです。その結果、輸送コストが一気に三割も減ったということのようです。『やっぱり、物流はプロに任せるべきだ。3PLの時代です』ってしきりに強調してました」
 「そういう3PL業者さんって特別な能力を持ってるってことなんですかね?」
 美人弟子が大先生に問い掛ける。大先生が「うーん」と言いながら、たばこに火をつける。
 「輸送についてはもともと持っていた能力のはずだ。どうすれば効率のよい輸送ができるかは経験でわかっている。ただ、それを荷主にどう提案していくかってことだな。それを提案することで自分たちの収入が減ってしまうなどと躊躇するところがあると、3PLはできない。新たに入った業者はそういう躊躇がないから思い切った提案ができるってこともある」
 「そうすると、いま物流を受託している業者さんも、その荷主さんに対して3PL的な動きをしていかないと、仕事を失う恐れがあるということですね。たしかに、そういう意味では、これまでと価値観が変わってきたという点でルネッサンスかもしれません。うん、言い得て妙ですね」
 美人弟子の言葉に体力弟子が「でしょ?」と言って、大きく頷く。
 「そう、3PLというのは、荷主の代わりに、荷主の立場に立ってプロが物流を考えるってことだからな。荷主の立場に立つってことは、当然、物流は必要最小限に絞り込むって考えることだ。物流事業者がこの立場に本気で立てるかどうかが3PLの成否を左右する。これまでの常識を否定する変化には違いない。うん、価値観が変わるか? たしかに、そうも言える」
 大先生の言葉に美人弟子が何か思い出したように顔を上げる。

SCMを提案したトラック業者

 「そう言えば、この前、こんな話を聞きました。ある中堅のトラック業者さんが、トラックを使わない仕組みを提案して受け入れられたというお話です。その方は、SCMを提案したとおっしゃってましたが、要するに、あるメーカーさんとそこと取引のある問屋さんというサプライチェーン上の二社の物流を一気に受託してしまったんです」
 体力弟子が興味深そうに「トラックを使わないってことを切り札にしたの?」と聞く。美人弟子が頷いて続ける。

 「その二社の在庫を一つの倉庫に入れたんだそうです。二階がメーカーさん、一階が問屋さんという具合です」

「なるほど、階を一階降ろすだけで、輸送が終わってしまうということですね。たしかにSCMに違いない。すごーい」

 体力弟子が感心したような声を出す。

 「それもプロの面目躍如だな。要は、これまで当たり前だと思っていたことをすべて否定して、また、これまでのやり方を当たり前だと縛っていたしがらみなども捨て去って、新たなやり方を探究すれば、いろいろおもしろい仕組みが出てくるということだ」

 「そういう風に考えると、3PL時代というのはおもしろい時代ですね。たしかに、ルネッサンスかも」

 体力弟子が、まだルネッサンスにこだわっている。

 「まあ、そのルネッサンスはいいとして、本来、3PLっていうのは新しいやり方だからこれまでにない取り組みが出て当然だ。なんたって、プロがやるんだから。プロは、既存の常識などにこだわらず、あるべき姿を求め続ける存在だし‥‥。ただ、問題は、それを荷主側が受け入れることができるかどうかだ。だけど、そういう動きを実感してるって人が出てきてるんだから、現実に動き始めてるってことだ。大いに期待できるな」

 大先生の言葉に弟子たちが大きく頷く。思い出したように、大先生が時計を見る。「あれ、もうこんな時間か。それでは、お昼に行くか」という大先生の言葉に衝立の向こうにいた女史が「はい」と勢いよく返事をした。



湯浅和夫の物流コンサル道場 第79

大先生の日記帳編・第14回〜

 

御社の強みは何ですか?


 3PL、アウトソーシング、ロジスティクス、さらにはSCM等々、昨今の物流会社のパンフレットには、仰々しい横文字がいくつも並んでいる。それで本当に荷主に訴求するだろうか。改めて足元を見つめてみよう。これまで見過ごしていた自社の強みが見つかるかも知れない。アピールすべきはそこにある。


いつもながら大先生の筆は…

 大先生が事務所の会議テーブルでパソコンを前にぼんやりとタバコを吹かしている。大先生は、一日の多くを自分の席ではなく、喫煙場所と決めている会議テーブルで過ごす。

 そんな大先生に、給湯室に向かいながら女史が声を掛けた。

 「何かお入れしましょうか? お仕事が進まないようですが‥‥あっ、締め切りを過ぎた原稿ですか?」

 「締め切りを過ぎてんのかまだなのかわからんけど、なんたって何を書いたらいいのか、なーんにも浮かばん」

 「例の連載ですね。いつものことじゃないですか。そのうち何か出てきますよ」

 「それがなかなか出てこないから困ってんじゃないか‥‥最近、誰か、おもしろい人とか来なかったっけ?」

 「おもしろいかどうかわかりませんが、銀行の方がいらっしゃいましたよ」

 「銀行の人?‥‥あー、顧客支援をする部署の人だったな。『日本の企業では、在庫管理なんか当たり前にできてるかと思っていたら、在庫責任不在で、期末になると恣意的に在庫を減らしてるだけなんですね』なんて言ってたな。たしかにそうなんだけど、それを一回分に膨らますのは大変だ」

 「あと、いらした方といえば、講演依頼の方々ですねー。本の原稿の催促に出版社の方もいらっしゃいましたね。あっ、先週でしたか、どこかの倉庫業者の方が何かの相談に来られたじゃないですか」

 「ん? 倉庫業者‥‥そう言えば、そんなことがあったな。たしか営業担当の役員と営業部長とかいう人たちが来たな。そうそう思い出した。なんか、おもしろい話の展開になったんだった。取り止めのない話だったけど、それでいってみるか。えーと‥‥」

 大先生の手がようやく動き始めた。

 

訴求力のない会社案内の典型

 その倉庫業者一行は、残暑から一転して晩秋の頃のように涼しくなった日に来訪したのだった。来訪者の最初の言葉が「今日はずいぶん涼しいですね。寒いくらいですね」だったことを大先生は思い出した。

 その倉庫業者は、特に依頼や相談事があって来たのではなく、ある人の紹介で、大先生に「ご挨拶したい」といって来たのであった。そんなことで大先生も気楽に相手をした。

 初対面の挨拶が終わると、常務氏が会社案内を持ち出して、「当社はこんな会社です」と大先生に渡した。大先生がそれをぱらぱらめくる。そこには3PLだとかアウトソーシング、ロジスティクス、さらにはSCMなどといった仰々しい言葉が散りばめられていた。

 ロジスティクスやSCMの説明を読んでも、それが既存の物流をどう劇的に変えるのか、よくわからない。本来、「当社はロジスティクスやSCMの取り組みを支援できます。その実現によって、御社の物流はこう変わります」といった説明があれば、荷主の興味を呼ぶのだろうけど、物流との違いさえ明確でない説明ではそんな訴求力はない。

 そんなことを思いながらも、大先生は「なるほど」という一言で会社案内を閉じてしまった。会社案内について大先生から感想や質問があるだろうと思っていた来訪者の二人は、戸惑った表情で次の言葉が続かなくなってしまった。

 ちょっとした沈黙を大先生が破った。

 「それで、御社の強みはなんですか?」

 ほっとしたような表情を見せ、常務氏が頷く。ただ、突然「強み」と問われたせいか、どことなく声に元気がない。

 「はー、当社は倉庫業者と言いましても、保管よりも作業で商売しようというのが会社の方針です。お客様としては、まあ、結果としてそうなったということなのですが、多品種少量の作業を伴うところが多いという実情です。その意味で、そういう多品種少量の作業には強いというのが当社の強みと言えるかと思います」

 「なるほど、うん、そういう細かい作業をミスなく効率的にこなせるとしたら、それは強みだと思いますよ。それをもっと強くアピールすればいいのに」

 大先生が、会社案内を指で叩きながら言う。営業部長氏が苦笑して、言い訳をする。

 「はい、たしかに、そこにはちょっと格好のいい、というか最近のはやり言葉を入れた方がいいだろうと思って、そうしてしまってます。そんな言葉は先生からみればお笑いだろうと思いますが、少量多品種の作業ができるというのでは、あまりアピールしないのではと思って、まあ、そういうことに‥‥あっ、作業品質には自信があります」

 「はやり言葉よりも、具体的にできることの方がアピールすると思いますけどね。まあ、それはいいとして、作業品質の向上にはいろいろ取り組んでこられたのですか?」

 営業部長氏が、今度は自信を持った口ぶりで答える。

 「はい、当社では、絶対にお客さまにご迷惑を掛けないということを第一義にしておりますので、ロケーション管理のメンテもきちっとやっておりますし、ハンディターミナルも駆使してます。また、ピッキングが終わるたびに現物の在庫残数が簡単にわかるようにしてありまして、それとハンディに表示される残数とチェックを掛けるようにしています。ピッキングのミス率は一万分の一、二というところです。ある荷主様で品質を測る指標をいくつか設定して、定期的に全業者を測定しているんですが、当社は全世界で常にトップクラスに位置しています」

 営業部長が一気に説明する。大先生が素朴な疑問を呈する。

 「へー、そういうことを会社案内に紹介すればいいじゃないですか」

 「はぁー、なんか自慢ぽくなり過ぎるのじゃないかと思いまして‥‥」

 「はー、なんとも奥ゆかしいことだ。ただ、私は、そういうの好きです」

 大先生が笑いながら、嬉しそうに言う。

 

世界トップクラスの現場管理とは

 苦笑いしている常務氏らの顔を見ながら、大先生がさらに質問する。

 「しかし、作業品質というのは、それを維持する仕組みを作っても、それだけではだめで、そこで働いている人たちの意識が重要だと思うんですが、いかがですか? 作業者はパートさんですよね?」

 営業部長氏が大きく頷き、また勢い込んで説明する。

 「おっしゃるとおりです。仕組みというのは、そのとおりに作業者が動いてくれるということを前提にしていますので、作業者のミスを出さないという強い意識が実は要を握っていることは間違いありません。作業者はほとんどがパートですが、当社のパートさんは、そういう意識は強いと思います」

 「その作業者の強い意識というのはどうやって作ってきたんですか?」

 大先生の質問に営業部長氏が言いよどむのを見て、今度は常務氏が代わって説明する。

 「はぁー、そこなんですが、実は明確にこれだということを言うことができないというのが実情です。これまでいろいろやってきまして、たとえば、作業者個々のミス率などを出し、成績のいいものを掲示したり‥‥」

 「ミスが少ない人を掲示することで、ミスが多い人にやんわりと発破を掛けようということですか?」

 「はい、もちろん、ちょっとひどいミスには直接注意することもありますが、あっ、その掲示も結局作業者間でぎくしゃくするもとのようなことになってきたので、やめてしまいました。また、チームを作って、優秀なパートさんをリーダーにしてチームとしての総合力を上げようという取り組みもしましたが、リーダーのパートさんがメンバーに遠慮したり、浮いてしまったりということがあって、これもやめました」

 「ふーん、試行錯誤的にいろいろやってきたんですね」

 

科学的管理と現実を融合

 営業部長氏が頷き、常務に代わって説明を続ける。

 「はい、結局いまやってることは、なんと言いますか、そう、適材適所ということです。当たり前と言えばそうなんですが、パートさんと言っても、性格や、そう体型などもいろいろですから、人によって適する作業というものがあります。ピッキングはうまくないが、検品には適してるとか、梱包はうまいっていうように、人によりいろいろです。ですから、そういう得手不得手を一人ずつ把握して作業割り当てをやってます」

 「たしかに体型も関係するかもしれないな」

 大先生の言葉に営業部長氏が苦笑しながら「はい、結構大事な要素です。もちろん、本人にはそんなことは言いませんが」と言う。

 常務氏が頷きながら続ける。

 「それに、うちでは、作業者個々の作業時間を毎日取ってます。日報という形で書かせてます。処理個数や行数は別途にシステムから取って、作業者ごとの一処理当り作業時間などをつかんでいます。それを作業者の評価に使うことはしていませんが、現場の管理をしているうちの社員たちは、それを見て、いろいろやっているようです。日常的な会話や作業指導などでそのデータが効果を発揮しているってとこでしょうか」

 大先生が感心したように「へー」っと頷く。それを見て、今度は営業部長氏が続ける。遠慮っぽい社風の割には、彼らはよくしゃべる。

 「それに、各作業工程の進捗が常時わかりますので、遅れている工程があれば、他から応援に行かせて、遅れを取り戻すってこともやってます。なんといいますか、仲間意識というか、みんなで頑張ろうっていう雰囲気です。忙しい時は、私らはもちろん、社長まで現場に入りますから、そういう意味では、全社に一体感があるといえるかもしれません」

 なんだか話の展開が自慢話的になってしまったのを危惧したかのように、常務氏がちょっと自嘲気味に結論を出す。

 「まあ、要するに、お恥ずかしながら、科学的管理というよりも情実の世界で何とかやってるってことです」

 「いやいや、働き手は人間ですから、両方必要なんですよ。見事に融合しているってことじゃないですか?」

 大先生の褒め言葉に「いやいや、そんな」というように常務氏が顔の前で手を振る。

 

『当社の作業者は日本一優秀です』

 大先生が、思ったことを口にする。

 「御社は自慢しない社風のようですが、どうですか、会社案内に『当社の作業者は日本一優秀です。是非現場を見に来てください』って書いたら?」

 大先生の提案に営業部長氏が「いやー、そんなこと言って、実際に見に来られたら、作業者が萎縮して、ミスしちゃいますよ」と冗談ぽく言う。大先生が真面目な顔で続ける。どこまで本気なのかはわからない。

 「なーに、もっと作業者を買い被ってごらんなさい。日本一の作業者だって活字を見せれば、作業者はプライドを持って、自信たっぷりに作業するようになりますよ」

 大先生の言葉に常務氏が、ちょっとその気になったようだ。営業部長氏に語りかける。

 「もしかしたら、そういうのもおもしろいかもしれないね。うちは作業が売りなんだから、もっとそれをアピールするようなパンフレットに変えることも必要かも。今度検討してみよう」

 営業部長氏が素直に頷く。それに大先生が独り言のように言う。

 「うちに任せていただければ、在庫を減らせます。うちに任せていただければ、物流コスト削減の道筋が見えるようになりますって言葉も書き込んだらどうですか? 荷主の物流担当者にとっては結構興味を引く言葉だと思いますよ」

 常務氏が自信なさげにつぶやく。

 「たしかにそうですが、うちにそんなノウハウはありません」

 「なーに、なければ身に付ければいいんですよ。これは情実ではなく技法の類ですから、そんなに難しいことではありません。話を聞いていると、御社なら十分できると思いますよ」

 今度は営業部長氏が乗り気になったようで、常務氏に話しかける。

 「万全の作業力に、そういうノウハウを売りにしたら、結構行けるかもしれませんね」

 常務氏は、ちょっと考える風に視線を落としていたが、顔を上げると、大先生に元気に返事をした。

 「帰ってからお話を上にあげてみます。場合によっては、お力添えをいただくかもしれませんが、その節はよろしくお願いします」

 大先生が頷き、よせばいいのに、心にもないことを口走ってしまう。

 「そうそう、今度現場を見せていただけますか?」

 その言葉に「はい、喜んで!」と勢いのよい返事が返ってきた。勢いに押されて、大先生はつい大きく頷いてしまった。

 

湯浅和夫の物流コンサル道場 第80

大先生の日記帳編・第15回〜


戦史に見るロジスティクス

 

 ロジスティクスとは元々、「兵站(へいたん)」を意味する軍事用語を、ビジネス領域に転用したものだ。古来からロジスティクスは戦争の勝敗を左右する重要な鍵だった。企業のロジスティクス担当者が戦史から学べることは決して少なくない。

軍事ロジスティクスの話が始まった

 爽やかな秋晴れのある日、ある物流関係団体が主催したロジスティクスの全国大会の会場に大先生はいた。初日の昼休み、大先生が喫煙室で外を見ながらたばこを喫っていると、知り合いの業界紙の記者が親しげに声を掛けてきた。

 「いい天気ですね。中にいるのがもったいないくらいですね」

 喫煙室の窓から外の広いエントランスが見える。テーブルと椅子がたくさん並べられていて、飲食をしたり、談笑したりしている人たちが穏やかな陽の光を浴びて気持ちよさそうだ。

 大先生が頷くのを見て、「もしよかったら、ちょっとお話ししてもいいですか?」とやや遠慮気味に大先生に尋ねる。黙って大先生が頷くと、「それじゃ、あちらの椅子に座りましょうか」と言って、廊下の窓際に並んでいる椅子を指差した。

 三つ並んでいる椅子の真ん中を空けて座ると、記者氏は「別に込み入った話じゃなく、雑談なんですけど、いいですか?」と言う。大先生が「込み入った話など御免だ」という顔で頷くと、記者氏は元気に話し出した。

 「先生はご覧になりました? 以前、NHKで、えー、正確じゃないかもしれませんが、『兵士たちの証言』みたいなタイトルで第二次世界大戦に行った人たちの戦争体験をインタビューで紹介している番組があったんですが‥‥」

 大先生が興味深そうな顔で返事をする。

 「あー、もちろん見た。たしか、作戦の最初から戦えるような状態ではなく、生き延びるので精一杯だったという内容が多かったような記憶がある」

 「やっぱり、ご覧になりましたか。あれってロジスティクスという点からすると、見逃せない話ですよね?」

 大先生が頷き、簡単なコメントを挟む。

 「悲惨な体験談が多かったけど、ロジスティクスが弱体化すると、というよりもロジスティクスが壊滅するとどうなってしまうかという話として見てしまったのはたしかだ」

 「ほんとにそうですよ。ほとんどがロジスティクスの支援なしに、軍事展開した話でしたから」

 「あの戦争で死んだ人たちの中に、病死や餓死で亡くなった人が少なからずいたということは、ロジスティクス不在の証明と言っていいだろうな」

 大先生の言葉に記者氏が大きく頷き、続ける。

 「武器や弾なんかも十分行き渡らないし、薬なんかもないし、それに食料は現地で調達しろというんですから、無謀ですよね」

 記者氏の言葉に大先生がちょっと間を置いて話す。

 「無謀というか、客観的に言えば、もう補給物資が枯渇していた状態だったから、本来戦える状況ではなかったということは間違いない。まあ、当時の状況認識がどうだったかは、いまとなってはうかがう術がないけど。ただ、ロジスティクスが止まったら、前線は本来の任務を果たせないということを端的に示していたことはたしかだ」

 

米軍が目指す『戦場のかんばん方式』

 大先生の言葉に頷きながら、記者氏が確認するように聞く。

 「その意味では、補給物資をいつまで調達できるのかという期限が戦争の期限になるということですね?」

 「司馬遼太郎の『坂の上の雲』に、日露戦争では軍部が明確に戦える期限を認識していて、政府にそれまでに戦争終結の政治的な努力をするよう要請していたという記述がある」

 記者氏が「なるほど、そうですか。それ読みたいと思っていたんです。早速読んでみます」と頷く。大先生が、「是非読むといい。ビジネスにも大いに役立つ本だと思う」と言って、さらに一言付け加える。

 「ただ、たとえ補給物資があっても、補給線を断ち切られたら、やっぱりロジスティクス不在と同じことになってしまう。物資の確保と補給線の堅守がロジスティクスにかかわる重要課題だ。その本には、そのあたりのことも詳しく書いてある」

 記者氏が納得したような顔で続ける。

 「なるほど、ありきたりですけど、やっぱロジスティクスが戦争の帰趨を決める重要な要素ってことですね。そういう認識は、いまの自衛隊にはあるんでしょうね?」

 「そりゃーあるさ。でも、専守防衛で、戦うということでは海外に出ることはないから、軍事のロジスティクスは、現実的には米国などと比べると、あまり重要性を持たないかもしれない
‥‥」

 そう言って、大先生が意味深に笑う。それにはおかまいなしに記者氏がどんどん話を進める。時間を気にしているようだ。休み時間がもうじき終わる。

 「なるほど、そうですね。ところで、米軍のロジスティクスといえば、前にどこかの新聞記事か何かで見た記憶があるんですが、『戦場のかんばん方式』とかを目指しているようですね?」

 「あー、イラク戦争当時の日経の記事。文字通りの内容だよ。軍隊のロジスティクスは、おれも詳しくは知らないから正確じゃないけど、要するに、事前に大量の補給物資を準備して、戦闘部隊の前進に合わせて補給物資も動いた。ところが、戦争が長くなると、消費された物資の補給が必要になる。そのとき、どうする?」

 「えーと、普通に考えると、何をどこにどれくらい補給すればいいかということが問題になるということですか‥‥」

 記者氏がそう言いながら、ちらっと時計を見る。大先生も時計を見るが、気にせず続ける。

 「そう、簡単に言ってしまえば、前線で何が不足しているかを常に情報として把握できればいいけど、それができないと補給は混乱する。必要なところに必要なものが届かなかったり、過不足が出たりする。過去の戦争ではそういうことがよくあった。そうなると、補給物資に多くの無駄が生まれる。戦争とはいえ、無駄は出したくない。つまり、効率性が重視される」

 「そうか、必要としているところに必要とされているものを必要なだけ届けるという方向性ですね。企業もそれをやろうとしてるんですね」

 記者氏の結論を大先生が否定する。

 「いや、この考え方については、企業の取り組みを軍隊が取り込んだということじゃないかな。まあ、いずれにしろ、衛星やインターネット、RFIDなど情報技術を駆使して、不足物資をリアルタイムに把握し、適宜適量に補給するというロジスティクスに転換しようとしているってことだと思う。多分」

 「なるほど、物流センターに大量に在庫を置いておいて対処しようというやり方から、出荷動向に合わせて必要最少限の在庫しか持たず、適宜に適量補充するというやり方に転換しようという企業の方向性を参考にしているってことですね」

 大先生が頷きながら周りを見る。参加者たちがぞろぞろと会場に向かっている。それを見て、記者氏が思い出したように、大先生に早口で質問する。ここで切り上げないということは大先生に是非とも聞きたいことがあるようだ。

 「でも、あれですね、ここはロジスティクス大会の会場ですけど、まあ、今日の午後と明日どんな報告があるのかわかりませんけど、私がいままで、あちこちで聞いてきたロジスティクスの話というのは、相変わらず物流の、それも技術的な話が多いように感じます。物流センターの配置をどうしたとか、センターの中の作業はどうしたとか、輸送はどうしたとか、それらの評価はこうしているとか、あるいは、それらを3PLにアウトソーシングしたとか、要するに物流技術マターの話ばっかりです。環境対応も物流の問題ですよね」

 

日本企業の管理のエアポケット

 大先生がにこっと微笑んで頷くのを見て、記者氏が勢い込んで話す。

 「でも、さっきの米軍のロジスティクスの話など聞くと、どういう送り方をするかという物流技術的なことではなく、どこに何をいくつ送るかという物流の対象である物資のコントロールに目が行ってるじゃないですか。なんか日本企業の取り組みはそれと違うような気がしてるんですけど‥‥何でなんですかね?」

 それを聞いて、大先生がなぜか楽しそうに質問する。

 「日本企業の場合、在庫についての責任はどうなってる? 一般的に‥‥」

 「はぁー、私の知る限りでは、在庫責任は不在っていうか不明ってとこが多いように思います‥‥あっ、なるほど、それと関係してくるわけですか、ロジスティクスは。そうなると、日本企業の伝統に起因する話なんですね」

 大先生が「伝統? なるほどー」とつぶやき、続ける。

 「もちろん、日本の企業すべてとは言わないけど、結構多くの企業で、在庫の管理という点でエアポケットになっていることはたしかだ。もちろん、顧客に商品を届けることはちゃんとやってる。その点については営業もうるさいからな。何たって売り上げにかかわることだから」

 記者氏が頷いて何か言おうとするのを大先生が手で制して続ける。

 「欠品を出したら顧客の不興を買うので、絶対に欠品は出さんぞって意気込みで在庫の確保を営業がやってる。でも、自分が確保した在庫のその後については、売り上げとは関係ないから営業自身は関心がない。物流も在庫などおれは知らんという。では、誰が在庫に関心を持っているか? 誰もいない。結局、多くの企業では、誰も在庫に責任を持っていないということになる。」

 「なるほど、誰も関心がないから管理不在だってことですね」

 大先生が時計を見ながら、頷く。もうじき午後の部が始まるが、大先生は気にしていないようだ。

 「本来、在庫を調達し、その適正配置と補充をコントロールし、顧客に約束どおり届けるというところまでがロジスティクスの守備範囲。つまり、これまで管理のエアポケットだったところがロジスティクスというわけさ」

 大先生の言葉に記者氏は何か思い当たることがあったのか、元気に、これまでの話しを整理する。

 「なるほど、これまで運ぶとか保管する、顧客に届けるという実作業は物流がやってきた。その効率的なやり方についても物流部門で検討を重ね進歩してきた。ところが、物流の対象である製品や商品を適正に配置し、補充するという部分の管理が欠落していた。その欠落した部分を埋めてはじめてロジスティクスになる。ただ、その欠落していた部分は日本企業の管理のエアポケットだったので、そう簡単にはいかないってことですね」

 

解決策はそれしかない

 大先生が「よくまとめた」って顔で頷く。

 「そう、簡単にはいかないけど、簡単にいかない理由は簡単なこと。要するに、欠落した管理部分で何が起こっているかを誰も自分の問題として見ていないってことさ」

 大先生の言葉の意味を記者氏が首を傾げながら考えている。それを見ながら、大先生が補足説明のように続ける。

 「米軍のようにロジスティクスを担う部隊が存在すれば、そこが彼らの管轄下なので、いかにそこで無駄が発生しているかを自分の問題として見て、捉えることになる。だから、その解決を常に意識している。その結果、解決に役立つ新しい情報技術などが登場すると、それを活用して改善していこうという取り組みが必然的に起こる。でも、それを自分の範疇の問題として見ている人がいなければ、誰も何もしない。たとえ問題に気がついても、自分たちには関係ないってことになる。要するに問題意識の問題さ」

 「そうなると、日本のロジスティクスはどうなるのでしょうか、これから」

 「それは簡単なこと。ロジスティクスを担う部門を設ければいいだけ。それをトップに誰がどう進言するかという壁はあるけど、それしか手はない。在庫と顧客納品のすべてに責任を持つ部門を設けるってこと。それで一気にロジスティクスは進む」

 大先生が断定的に言って、微笑みながら「わかった?」と確認するように頷く。そのとき会場から午後の部の開始を告げるマイクの声が洩れてきた。記者氏が慌てて立ち上がった。

 「勉強になりました。ありがとうございました。午後の部が始まるようですので、いま伺った話をチェックポイントにしてこれからの発表を聞いてみます」

 そう言って、大先生に頭を下げ、記者氏が会場に駆け込んで行く。その背中を見ながら、大先生はゆっくりと空っぽになった喫煙室に向かった。