湯浅和夫の物流コンサル道場 第69
〜大先生の日記帳編・第4回〜


在庫問題の原因はどこにある

 在庫問題の原因はすべて物流ではなく生産や営 業にある。ロジスティクスという言葉が普及するはるか以前から、先人たちはそのことに気づき、改革の矛先を定めていた。時代が変わっても物流の本質は変わ らない。専門誌元記者の問いに、大先生は我が国の物流管理の黎明期を振り返るのであった。

 

■資生堂物流室が目指したもの

 突然事務所を訪ねてきた知り合いの元記者氏と つい話し込んでしまい、いつのまにか夕方になってしまった。元記者氏は続きの話が聞きたいらしく帰る様子はない。ちょうど外出先から帰ってきた弟子たちも 加わって、いつもながらの宴会に移ってしまった。

 「しかし、そんな昔話を聞いたってしょうがな いだろうに」

 大先生がビール片手に元記者氏にぶつぶつ言 う。元記者氏が真剣な顔で答える。

 「いえ、しょうがなくないですよ。先人たちが 物流にどう取り組んだかって話はいまでも参考になりますし、それに私が記録に残しておきますから、是非お聞かせください」

 「昔話をなさっていたんですか?」

 美人弟子が興味深そうに聞く。大先生が頷いて 説明する。

 「そう、おれの若い頃の話。北澤さんの思い出 話からそうなった」

 「へー、おもしろそうなお話ですね?」

 体力弟子が乗ってくる。元記者氏が先を促すよ うに、そして申し訳なさそうに相槌を打つ。

 「そうでしょ。先生の若い頃って物流の黎明期 ですよね。その頃から在庫が物流管理のメインテーマだったって初めて知りました。そのお話の続きを聞きたいなと思って、済みません、長居してます」

 「それで、どんな話が聞きたいわけ?」

 諦めたように大先生が聞く。

 「はぁー、どんなって言われても困るんです が、私としては、先ほど名前の出た資生堂さんが、その頃何をしたのかに興味があります。いま資生堂さんはアウトソーシングで話題になってますが、それとは 関係ないですよね?」

 「ない。ロジスティクスの話だから」

 大先生が即答する。ロジスティクスと聞いて、 元記者氏が身を乗り出す。

 「へー、ロジスティクスですか。そんな時代 に。あっ、そんな時代もこんな時代もなかったんでした。済みません」

 「いつ頃のことですか?」

 体力弟子が、これまた興味深そうに聞く。大先 生が頷き、話し出した。

 

■販売計画と生産計画を結びつける

 「いつ頃だったかな。まあ七〇年代には違いな い。随分昔の話だ。その頃、資生堂に物流室という部署ができた。もちろん、その前から物流を管理する部門はあって、物流の合理化に取り組んでいたけど、新 たに作られた物流室というところが製販調整を専門に担うという点で異色だった」

 「実需に合わせて生産をするという意味での製 販調整ですね?」

 美人弟子が確認する。体力弟子が補足するよう に呟く。

 「製販調整といっても、生産と販売の都合を妥 協させるだけというところもありますからね」

 大先生が頷き、話を続ける。

 「その頃、資生堂に限らずどこのメーカーでも そうだったんだけど‥‥まあ、いまでもそういう会社が結構あるな。要するに、販売計画をベースに生産の都合つまり生産効率を加味して生産計画を作ってい た。よくわかっているだろうけど、販売計画と生産計画とはまったく相容れない関係だから、当然問題が出る」

 大先生が誰に言うともなく話す。美人弟子が頷 いて話に乗ってくる。

 「販売計画は、結局は売上目標という位置づけ ですから、どの商品が売れようが総額としての売上目標さえ達成できればよいという考え方が支配的ですよね」

 「ある会社で、計画を立てる段階では、新たに 売り出した戦略商品を何%売るという目標を立てて営業担当に指示したらしいんですが、期末になると、営業担当は目標達成のために説明の要らない従来の商品 ばかり売って、結局、戦略商品が大幅に売れ残ってしまったという話を聞いたことがあります」

 体力弟子の話に大先生が頷き、楽しそうに別の 事例を話し出す。

 「そうそう、あるメーカーでのことなんだけ ど、うそのような本当の話がある。その会社で、あるとき売れ残った在庫が問題になって会議が開かれた。そのとき、営業の人が『こんな売れもしない商品を、 いくら生産効率を高めるとはいえ、こんなに作っちゃうのはやっぱりまずいですよ』って発言したら、生産担当の責任者が『何を言ってるんだ。売れにくいもの を売るから営業がいるんだろ。売れる商品ばかりだったら営業なんか要らないんじゃないの。責任転嫁するんじゃない』って怒ったそうだ。その勢いと妙に説得 力がある物言いにみんな黙ってしまったらしい。まあ、問題の本質を外した議論だけど、よくありそうな話だ」

 元記者氏が頷いて、彼なりの見解を示す。

 「問題の本質って、売れ行きに合わせて作れば いいってことですよね?」

 弟子たちが頷く。元記者氏が話を戻す。

 「それで、資生堂の物流室は何をどうしたんで すか?」

 「簡単に言えば、販売計画と生産計画とを結び つける機能を果たしたってわけさ。何をしたかというと、過去の個々の商品の売上や在庫実績をデータとして取り、それを元に販売計画を個々の商品のより実態 に近い売れ方に修正し、実際に販売を担当する販社の営業のチェックを受けたあとで生産部門におろしていった。昔のことなので正確ではないかもしれないけ ど、要は、売上目標としての販売計画を個々の商品ごとの必要量に置き換えるという大変な作業をやったってことだ」

 大先生の説明に元記者氏が素直に感想を述べ る。

 「そうですか、そんなことしたんですか。その 頃は商品別のデータベースなどなかったでしょうから、データを取ること自体大変だったでしょうね。それだけ在庫を何とかしようという熱意があったってこと ですね。大したもんだ」

 大先生が頷くのを見ながら、元記者氏が続け る。

 「資生堂さんはいま熱心にロジスティクスを やってるようですが、その背景には、そういう歴史があったんですね」

 

■販売実績を把握するために

 「もちろん、物流室の仕事はそれだけでは終わ らない。ここからが重要なことなんだけど、そのフォローに力を入れた」

 「フォローですか?」

 大先生の言葉に元記者氏が怪訝そうにつぶやい た。

 「そう、作った計画がどうなったかが重要なわ けだから、計画を作ったあと、それと実績との乖離を追いかけ続けたわけだ。乖離が大きい場合には当然修正を加えた。このフォローが生命線だな。さて、そこ で、日々の実績を把握するためにあることをした。何をしたと思う?」

 大先生に質問され、元記者氏が「うーん」と考 え込む。

 「話の流れとしては、実績をどうつかむかとい うあたりのことですよね?」

 元記者氏の中途半端な答えに大先生がもったい ぶらずに答える。

 「そう、何をしたかというと、それまで各部門 で行われていた日々の受注業務をすべて物流室に集約したのさ」

 「なるほどー、それで日々の出荷実績をとらえ たんですね。たしかに、在庫を適正化しようとしたら、日々実績をとらえて、それに合わせて修正していくっていう仕事が欠かせませんね‥‥あっ、釈迦に説法 でした。済みません」

 元記者氏の言葉に美人弟子が微笑みながら、感 想を述べる。

 「そういうお話を聞くと、物流管理の次のス テップがロジスティクスだという単純な段階説を採るのは当たってないということですね」

 「そうだな。活動の管理も在庫の管理もどちら が先っていうことはないから。まあ、言ってみれば、これまで活動の管理に力を入れてきた企業が少なくないので、さあ次は在庫を管理しましょうっていう意味 合いでの段階説ってとこかな」

 大先生のコメントを聞いて、元記者氏が恐る恐 るという風情で自分の意見を述べる。

 「なるほど。ただ、私は、何か在庫が先のよう な気がしてきました。物流現場などに行くと在庫に邪魔されながら作業をしているって感じを受けるところが結構あります。在庫が少なくなれば、それだけで作 業効率が上がるんではないでしょうか。本来の物流環境を整備するという意味で在庫の適正化が先のような気がします。まあ、活動と在庫の管理を同時にやって もいいですが‥‥」

 元記者氏の言葉に弟子たちが頷く。

 「要するに、物流を正しく管理しようと思った ら、在庫は外せないってことさ。いつの時代も」

 大先生の言葉に元記者氏が納得したようにつぶ やく。

 「そうですね。よくわかりました。時代は関係 ないんです、たしかに」

 元記者氏の顔を見て、大先生が何か思い出した らしく別の話を持ち出した。

 「そうそう、こんな話もある。いまや物流では 先進的で有名な会社だけど、昔ライバル会社に物流で遅れをとって、お客さんにちゃんと届かないなんてことが度々あって、それが原因で売上を落としたという ことがあった。その事実を知り危機感を抱いた社長が物流の立て直しに、当時出世コースを走っていたエースを投入したんだ」

 「へー、エースですか?」

 大先生の話に元記者氏が興味深そうに身を乗り 出す。

 「エースの投入は社内でも話題になったらし い。その人事が発表されたとき、その人に同期や先輩たちから『おまえ、一体何をしたんだ』といった電話が殺到したそうだ。左遷されたと思われたらしい。も ちろん左遷じゃなく切り札だったんだけど、まあ、それはいいとして、その人が物流に来てまず何をしたと思う?」

 大先生の質問に元記者氏が言いよどむ。

 「何をしたかと言われましても‥‥」

 「全国にいくつもあった物流拠点というか倉庫 を回ったんだよ」

 大先生の答えに元記者氏が「そんなこと、どこ の物流部長もやってますよ」とでも言いたそうな顔で大先生を見る。

 「肝心なのはそのあとだ。そこで何をしたかだ よ。そこで何をしたと思う?」

 

■本来的な改革の取り組み

 元記者氏の気持ちを見透かすようにまた大先生 が質問する。元記者氏が小首を傾げる。何となく想像はつくけど、答えをためらっている感じだ。

 「そう、これまでの話と同じ流れだよ。当たり 前のことをやっただけ。彼がまずチェックしたのが拠点に置かれている在庫だった。物流拠点を回っていると、ある拠点では品切れしそうな在庫なのに他の拠点 ではたくさん余ってるなんて実態を詳細につかんだ。いわゆる在庫偏在ってやつだ。あるいは、本来入るべき在庫が予定どおり入って来ないという実態があるこ ともつかんだ。また、顧客から入る緊急の注文が結構あり、その原因も詳細に調べた。突然特定の顧客に大量の出荷が発生している事実も目の当たりにした。要 するに、物流拠点での作業効率などには目もくれず、物流の構造的な問題を把握したってわけだ。こんな状態ではまともに物流なんかできっこないと実感したそ うだ。そして、その原因はすべて物流ではなく生産や営業にあるって結論づけた。そこから、その会社の物流改革が始まった」

 ここまで話して、大先生が「わかったろ?」と いうように元記者氏の顔を見て頷いた。元記者氏が大きく頷く。

 「なるほど、まさに本来的な取り組みをしたっ てことですね。それで一気に物流を変えたんですか?」

 「そう、あっという間に物流は立ち直った。物 流をだめにしている原因を正しくつきとめ、それを取り払ったんだから、必然的に物流は立ち直った。その会社では、その後も代々の物流部長が継続的に本来的 な物流改革を進め、いまや押しも押されもせぬ物流先進企業になった。当然、会社の業績もいい」

 「その会社はどこですか? もしかした ら‥‥」

 「さー、どこかな? あれ、もうこんな時間 だ。そろそろお開きだな」

 大先生の言葉に弟子たちが頷く。元記者氏も時 計を見て慌てて、しかし名残惜しげに立ち上がった。



湯浅和夫の物流コンサル道場 第70

〜大先生の日記帳編・第5


荷主の現場力が問われている

 協力物流会社任せで期待通りに現場の動くはずがない。現場力やトラブル対応力を協力会社に求めるのは当然としても、混乱を招いた原因を解消するのは荷主物流部の役割だ。現場力は荷主側にも必要だ。あるメーカー物流部の新年会に招かれた大先生が、呟くように指摘する。それをキッカケに白熱し始めた議論を他所に、大先生は黙々と好物のカニをつつくのであった。

■年末恒例の作業応援は物流部不在の証

 あるメーカーの物流部長から新年会の誘いがあった。年末は物流部が多忙ということで、毎年恒例のように新年会をやっている。大先生も毎年呼ばれているが、気分次第でときどき参加している。

 このメーカーとは特に仕事上の付き合いがあるわけではないのだが、この部長と大先生はなぜか以前から懇意にしている。ときどき能天気なことを言うので、大先生はこの部長を「のんきな父ちゃん」と親しみを込めて呼んでいる。ただし、この部長、部下からの信望は厚い。なぜかわからないが、頼れる上司のようなのだ。

 指定された店に行くと、すでに部長以下全員が揃って、大先生の到着を待っていた。座敷の部屋でテーブルをはさんで四人ずつの席が作られている。部長の隣の席が空いている。そこに大先生がつくと、すぐに大先生の前に座っている課長が立ち上がり「昨年末の繁忙期もみなさんのご努力で何とか乗り切れ、無事新年を迎えられました。今日は先生をお迎えして新年を祝うことができ‥‥」とか挨拶をして乾杯が行われた。

 部長が、向かい側の右端に座っている若い部員に「君は、先生とお会いするのは初めてだろ。挨拶しなさい」と指示する。その他の連中はすでに大先生に会っているようだ。もっとも、大先生は部長、課長以外ほとんど名前を思い出せない。
 若い部員が緊張気味に挨拶をする。大先生の本を読んだとか講演を聞いたとか言いながら、物流については何もわかりませんのでご指導をよろしくとか言っている。宴会が始まったばかりなので、大先生はいちゃもんをつけず、聞き流した。
 「しかし、おまえは、年末、物流センターではよく頑張ったな。おまえは、脳みそ筋肉派だから肉体労働の方が合ってるかもしれんな」
 乾杯の音頭をとった課長が茶々を入れる。若い部員が「はぁー、何も考えずにからだ動かしてただけですから楽でした」なんて答えてる。それを聞いて、大先生が部長に声を掛ける。
 「へー、昨年も物流部総出で作業応援をしたんですか?」
 「はぁー、お恥ずかしいことですが、年末恒例になっています」
 「たしかに恥ずかしいことだ。まあ、物流部不在だからしょうがないけど‥‥あっ、これ、あんたにやるよ」
 若い部員の顔を見ながら、突然、大先生が刺身の盛り合わせに入っていたイクラを指差した。
 「お嫌いなんですか?」
 向かいに座っている課長が聞いた。
 「食べちゃいけないって言われてるんだよ」
 「あっ、コレステロールですね。私も同じです。これ取って」
 部長がそう言いながら、課長に指示する。イクラが移動するのを見ながら、大先生が誰にともなく聞く。
 「年末の作業応援というと、大量の出荷があって人手が足りないから応援してるって感じがするけど、実は人手の問題ではなくて、センターの中が大混乱を起こして出荷が滞ってしまったので、その収拾に行ってるんだろ?」
 大先生と目が合ってしまい、課長が小さく頷く。
 「混乱の原因は?」
 「はぁー、いろいろ問題が出まして‥‥」
 大先生に直接質問され、課長が緊張した様子で答える。みんな大先生と課長のやりとりを興味深そうに窺っている。
 そんな雰囲気に水を差すように、大先生が「まあ、お疲れさんでした」と言って、課長にビールを注ごうとする。課長が慌ててコップのビールを飲み干し「ありがとうございます」と言って受ける。
 なーんだという感じで座の雰囲気が緩んだ。そのとき、部長がのんきな父ちゃん振りを発揮した。
 「なぜか、年末になるといつも、いろいろ問題が出るんですよね」
 課長からお返しに注がれたビールを口にして、大先生がつぶやく。
 「せっかく気分よく飲んでいたのに、部長のいまの一言で悪酔いしてしまった」
 部長が大袈裟にのけ反る。あまりのわざとらしさに座に笑いが起こった。大先生も部長の顔をまじまじと見て苦笑する。
 「悪酔いさせてしまって済みません。まずいこと言いましたか?」
 「まあ、コンサルしているわけではないから、別にどうでもいいんだけど‥‥ここに物流センターに常駐している人はいる?」

■年末に限って発生する問題などない
 大先生の問いかけに課長が隣に座っている人を指して「彼がセンター長をやってます」と答える。突然指名されたセンター長が、顔を強張らせ、小さく頷く。緊張でからだを硬くしている。
 「別にあなたを肴にしようと思ってるわけではないですから、心配しないでいいですよ。ちょっと雑談をするだけです」
 大先生が人のよさそうなセンター長に配慮を見せる。センター長が小さく頷く。
 「年末繁忙時にいろんな問題が出たんでしょうが、その問題っていうのは普段から出てたものでしょう? 年末だけに特別に発生した問題ってありました?」
 大先生の問いかけにセンター長がちょっと考える風に首をひねる。みんなの視線がセンター長に向く。意を決したようにセンター長が小声で答える。
 「はぁー、年末に特別に出た問題っていうのはないように思います‥‥」

 「そうでしょう。年末だからいろいろ問題が出るのじゃなくて、普段から発生している。でも、普段は、残業とかになることがあるかもしれないけど、何とかセンター内で処理している。それが、年末になると量が増えて、処理しきれなくなるだけのこと。わかります、部長?」
 大先生に問われて、部長が座り直し、素直に答える。
 「はい、迂闊な発言をしました。この後先生が何を言われるかもわかります。先ほど物流部不在だと言われたこととからめて‥‥」
 「はー、わかってるんなら、この後は何も言わない。しかし、わかってるのに何もしていないってことは、やっぱり物流部はないってことだ。センター長がかわいそうだな」

大先生にそう言われて、センター長は返事の仕様がなく、もじもじしている。
 「そうですね、そう言われれば、思い当たります。センターについてはセンター長と業者さんに任せきりで、それらについてわれわれとして対処してませんでした。済みません」

 課長の隣に座っている中堅の部員が課長越しにセンター長に謝る。

 「なんと素直な‥‥」

 思わず大先生がつぶやく。

 「普段から問題が出たらすぐに解決するという風土がない。そういう風土を作ってこなかった物流部は無きに等しい‥‥ということですね」

 部長が自らに言い聞かせるように確認する。大先生が、たばこの煙を吐き出しながら部長の顔を見る。顔を見られた部長が、どぎまぎした感じで「いや、お恥ずかしい限りです」とつぶやく。


現場混乱の原因は荷主にある

 「まあ、一言で言えば、現場力が弱い、というか、そもそも現場力がないってことかな」

 大先生が、ビールを手に取りながら、誰にともなく言う。

 「現場力ですか。そう言えば、センターを委託している業者の売りも、たしか現場力だったよな? 彼らに現場力がないってこと?」

 課長が部長に負けずに、のんきな父ちゃん振りを発揮する。問われたセンター長は黙っている。

 「まあ、わからんけど、その業者でできる範囲の現場力は発揮しているんじゃないの。それはそれとして、いま問われているのは業者の現場力ではなく、あんたの会社の現場力だよ。それはどういうことだと思う?」

 大先生が課長に質問する。今度は課長が黙り込んでしまった。先ほど素直な意見を吐いた中堅の部員が「ちょっといいですか?」と手を上げる。部長が頷くのを見て、また素直な意見を述べる。

 「私考えますに、現場力というのは、まあ、いろんな見解があるんでしょうけど、素直に考えますと、現場が期待どおり動いている、つまり期待どおり動かし続けられる力ではないかと思います」
 「そう、素直に考えるのがいい。それで?」
 大先生が先を促す。
 「はい。いま言った期待というのは、お客様に約束どおり届けられること、そのための作業が無駄なく行われていること、の二点だと思います。物流現場はそれがすべてだと思います。ところが、現場が期待どおり動かない事態が往々にして発生します。その原因が作業のやり方に起因するものならば、それこそ物流業者の現場力が問われるべきでしょうが、物流センターのあずかり知らない原因で起こっている場合は、荷主であるわれわれの現場力が問われるってことではないでしょうか」
 中堅の部員の素直な発言に納得したのか、みんなが大きく頷く。すぐに部長が同意を示す。

 「そうだな、たしかにそうだ。うちの現場で起こってる問題はほとんどが物流センターでは関知できない原因だ」

 部長の断定に頷いて、課長も意見を述べる。

 「たしかに、予定通り在庫が入ってこないとか、逆に突然大量に在庫が入ってきて入庫処理が間に合わないため、何というか、場当たり的に在庫が置かれてしまってピッキング作業に支障をきたすというのは物流センターのせいじゃないですね」

 「棚補充が追いつかなくて、ピッキングのために在庫を探しに行かなければならないなんてのは、原因はそこにあるわけですね」

 若手の部員が思い出したように続ける。

 「そう言えば、あるお客さまに大量の出荷がありましたよね。それも特別な作業が要求されてました。あれは情報としては事前に何もなかったんです。あれが全体の作業の大きな障害になりました。在庫がなくなってしまったものもありました」

 「そうそう、その欠品のおかげで出荷できないダンボールがあちこちに溜まってしまって作業の邪魔をしてましたね」


原因排除は荷主物流部の仕事

 急に座が盛り上がった。「そう言えば」という発言が続く。ひとり大先生がそれにかまわず、大好きなカニと格闘している。部長が適当なところで話を引き取る。

 「重要なのは、そういうことは普段から起こっていたのに、物流センターにトラブル対応という形で任せっきりにしていたということだ。それを問題として認識し、その原因の排除をやってこなかったわれわれの責任だ。トラブル対応は現場力ではなくて、トラブルをなくせる力が現場力ってことだ。その意味で、うちの現場力は著しく弱い。それは物流部の力が弱いってことだ。残念ながら、先生のおっしゃるとおり物流部不在だった」

 部長はそう言って、ちらっと大先生を見た。大先生は相変わらずカニと戯れていて、部長の言葉など聞いていない風情だ。それを見ながら、部長が部員たちに指示を出した。

 「さっきみんなが言っていたさまざまな問題について、すぐに原因を調べて報告してくれ。生産や営業にからむことについては、おれが部長会議で問題提起をして、もう起こらないように何とかする。物流センター側に原因があることは課長とセンター長で改善プロジェクトを作って君たちで解決してくれ。頼むよ。改善することがあったらさっさと解決してしまってくれよ。そして、今年は、のんびり忘年会をやろう」

 部長はそう言って、改まった感じで大先生に向き直った。

 「先生、貴重なご示唆をありがとうございました。今日はいい新年会になりました」

 「別にお礼言われるようなことはしてないよ。それよりもいい部員たちが揃ってるじゃない。みんなの話を聞いていて、楽しかったし気分よかった」

 「もう悪酔いはなくなりましたか?」

 「カニが出てきたんでなくなった」

 「そう言えば、先生はカニがお好きでしたね。おい、カニをもう一人前頼んで来い」

部長に言われて、例の若手の部員が「二人前、いいですか?」と言って、部長の返事も聞かずに部屋を飛び出していった。



湯浅和夫の物流コンサル道場 第71

大先生の日記帳編・第6

物流センター問題を解く──その1

 物流センターを見直せ。上司からそう指示されたものの、どこから手をつければ良いのか分からない。迷える物流マンが大先生の門を叩いた。物流センターとは、そもそも何のためにあるのか。そこから順に紐解いて行くことで、物流マンの眼前には思いもよらなかった景色がひろがっていくのであった。


ついてない訪問者
 春らしい日差しが窓から眩しく見える大先生事務所。大先生は気持ちよさそうにまどろんでいる。そのまどろみを女史が破った。

 「もうじき、お客さまがいらっしゃいますよ」
 「お客?‥‥誰に?」
 「誰にって、先生にですよ。お二人は外出でいらっしゃらないんですから」
 「おれに? 誰が何しに来るんだ?」
 「まぁ‥‥」と言いながら、女史が説明する。
 「先週、はじめ頃だったと思いますけど、JILS(日本ロジスティクスシステム協会)の物流技術管理士講座で先生の講義を聞いたという方から電話があったんです。その方が上司から物流センターの見直しを指示されたそうで、コンサルをお願いするかどうかまだわからないんですけど、ちょっとお話できる時間を取っていただくことはできるでしょうか、ということでした」

 「へぇー、そんなことあったっけ?」

 「ちょうど、先生が原稿に追われているときでした」

 「あー、あのときか。編集者から、絶対に今日中ですからねって脅されたときだ。まったくひどい編集者だ」

 「でも、締め切りをとっくに過ぎてたわけで‥‥」

 「まあ、それはいいとして、それで来ることになったのか?」

 「そうです。ちゃんとスケジュール表に入ってますよ。それに‥‥」

 女史がさらに何か言おうとしたとき、入り口の扉が開いた。「こんにちは」と遠慮がちな声がした。女史が愛想よく出迎える。

 会議テーブルを挟んで、若い訪問者が大先生に挨拶する。

 「私、えー、物流技術管理士の六十八期の修了で‥‥」

 「六十八期なんて言われてもわかんないよ。何年前のこと?」

 突然、大先生にいちゃもんつけられて、その若い管理士氏は頭が真っ白になってしまったようだ。受講の時期がすぐに出てこない。

 「えーと‥‥ですね、あっ、昨年です。昨年」

 「あっ、そう。それで今日は何?」

 「は、はい。実は、部長からですね、突然、物流センターの見直しを命じられまして、必要ならコンサルをお願いしてもいいと言われまして、それを含めまして、今日、いろいろお話をお聞きしたいと思いまして、はー、お邪魔いたしました」

 大先生の性急な問い掛けに、管理士氏は、しどろもどろに答える。そこに女史がコーヒーを持ってきた。大先生が、「趣旨はわかったから、まあ、コーヒーでもどうぞ」と一息入れるように促す。ほっとしたように管理士氏がコーヒーに手を伸ばす。それを見ながら、大先生が思い出したように質問する。

 「そうか、あんた、管理士だろ? それなら、管理士の講座で物流センターについてもいろいろ勉強したんじゃないの?」

 コーヒーカップを手に持ったまま、管理士氏がばつの悪そうな顔をする。

 「はぁー、それがですね、なにかついてないというか、たまたまその講義の時間、どうしても外せない会社の用事が入ってしまい受講できなかったんです。受講しなかったのはその講座だけなんです。ついてないです」

 その話に大先生が、楽しそうな顔で頷き、独り言のように呟く。

 「いるんだよね、そういう、ついてない人って。あんた、ついてないなって思うこと、よくあるんじゃない?」

 大先生の言葉に管理士氏が、思い出したように頷き、これまた独り言のように話し出す。妙な方向に話が展開し始めた。

 「はぁー、実は、これは仲間から『おまえ、ついてねえな』って言われたんですが、いま物流部にいるのも、最初、同期の別のやつが物流部への配属が決まったんですが、辞令が出る前の日にそいつが辞めてしまって、それで代わりに私が物流部に回されてしまったんです。内示では、ある支店の営業に行く予定だったんです。中には、支店の営業より物流でよかったじゃんって言う人もいますけど‥‥」

 「いや、それはついてない。絶対についてない」

 大先生が断定的に言う。管理士氏が不安げに大先生の顔を見る。それを見て、大先生がとってつけたようにフォローする。

 「まあ、物流部がひどいとこだって意味じゃなくて、営業や生産など他部署を経験してから物流にくればよかったなということだよ。しかし、営業などという非論理の世界じゃなく、物流という論理の世界で過ごすのもいいかもしれないよ」

 大先生の言葉に管理士氏は中途半端に頷く。決してフォローにはなっていない。大先生が気分を変えるように、本題に話を戻す。


物流部ならではの仕事

 「ところで、物流センターを見直したいって言うけど、物流センターについて本などで勉強はしたんだろ?」

 「はい、物流センター関係の本はいろいろ読みましたが‥‥」

 「読みましたが、何?」

 「もうひとつ見直しの手掛かりがつかめません」

 管理士氏の正直な答えに大先生の表情がちょっと変わる。それを見て、「これはまずいことを言ったかも」と管理士氏の顔が歪む。

 「手掛かりがつかめないって、何それ?」

 管理士氏は、言い訳をするとまたいちゃもんをつけられると思ったのか、観念したように黙っている。それを見て、大先生がぼそっと言う。

 「本に書いてあるとおりやってるかどうかをチェックするだけでいいんじゃないの? まあ、本が正しいこと言ってれば、だけど‥‥」

 「はぁー、そうなんですが、うちの現場は、本に書いてあるとおりやってるようなやってないような‥‥なんか、これが問題だって明確なものが見えてこないんです」

 管理士氏が、正直に、消え入りそうな声で答える。大先生が「気持ちはわかる」という感じで頷き、答え易いような質問をする。

 「そこで言う見直しというのは、物流センターの作業を見直せということ? つまり、物流センターのコストを下げろってこと?」

 「はぁー、部長には、コストも含めて、将来を見据えて物流センターを見直せって言われました。どう見直すかは、お前に任せるってことでした」

 「なるほど。なかなかいい上司じゃないか。教育的な指示ってとこだ。その意味では、物流部に配属されたのはついてるかもしれないぞ」

 大先生の言葉に管理士氏が明るい声を出した。

 「本当ですか?」

 「本当ですか、じゃないよ。要は、あんた次第だよ。おれはついてると思うように自分で仕事を作るってことさ。将来を見据えてというなら、物流センターの見直しは格好のテーマだ。よし、他の部署ではできないような仕事をやろう」

 大先生の気合いの入った言い方に、管理士氏は、よくわからないながらも「はい」と大きな返事をした。


物流センター見直しの手順

 「それじゃ、じっくり行くぞ。まず聞くけど、物流センターって何だ?」

 「顧客納品のための施設かと‥‥」

 大先生の単純な質問に管理士氏が即答した。

 「それじゃ、なぜ顧客納品で物流センターが必要なんだ? おたくはメーカーなんだから、工場から直接届ければいいじゃないか?」

 大先生の質問に管理士氏は嬉しそうな表情をする。この話は大先生の講義で聞いたことがある。

 「はい、顧客から要求されている納期内に届けるには工場からでは間に合わないからです。物流センターは、物流の論理ではなく、つまり物流側の都合ではなく、顧客との取引条件、というより顧客から要求される物流サービスを提供するために存在しています」

 管理士氏が言葉を選びながら答える。大先生がにっと笑う。大先生の意味深な笑顔を見て、管理士氏がちょっと構えるが、それにお構いなしに、大先生が質問を続ける。

 「なるほど、それじゃあ、その要求される物流サービスというのは、今後どうなる? これまで、どうだった?」

 予想される質問だったのか、管理士氏が、これまた即答する。

 「はい、これまでも変わってきてます。うちは、消費財のメーカーですが、新しく出た製品によっては新規の販路を開拓したものもありますし、最近は、小売直送も増えてきてます。その届け先も変わってきてます」

 大先生が小さく頷く。可もなく不可もない返事に興味を感じなくなってきたようだ。それでも、流れの中で大先生が質問を続ける。

 「ということは、物流サービスも変わってきてるってことだ?」

 「そうです。そうですね、物流サービスが変われば、物流センターもそれに合わせて変わることが必要ですね。物流センターは物流サービスを提供するためにあるんですから。作業の仕方はもちろんですが、立地も検討しなければならないと思います」

 大先生が決まりきった質問を続ける。

 「その検討のためには、その前にどんなことを調べる必要がある?」

 管理士氏は、今度はちょっと間を置いて、頭の中で整理するように、ゆっくり返事をする。

 「えー、販売戦略というか、つまり、うちの営業は、将来的に、どこに何を売っていこうとしているのか、届け先別の販売構成は変わるのか、商品数は増えるのかなどといったことについて営業がどう考えているかを調べることが必要ということです。うん、なるほど、おもしろそうですね」

 管理士氏が一人で納得し、おもしろがっている。大先生がおもしろくなさそうに呟く。

 「まあ、おもしろいなら、それでいい」


何だかワクワクしてきた

 管理士氏は、一人乗ってきたようだ。会話が弾んでいる。

 「ある本に、物流センターは、経営戦略から考えることが必要だって書いてありましたが、そういうことなんですね?」

 「そういうことなのかねー? まあ、将来的な利益拡大計画があって、そのためには販売はどうする、生産はどうするっていう計画があって、物流は、当然これに対応しなければならないという関係にあることは間違いない。物流って言うけど、その根幹は、具体的には物流センターの配置だから、物流センターは、会社としての将来的な計画に合わせて考えることが必要になることはたしかだ」

 大先生がちょっと投げやりな言い方をする。そんなことなど気にもせず、管理士氏は、自分の意見を述べる。饒舌になってきた。

 「なるほど、そうなると、うちの工場の統廃合や工場間の生産分担がどうなるか、あっ、それに海外進出やOEMなどの将来動向も調べる必要がありますね。それらを踏まえて、物流としての対応を考えるってことが必要になるわけですね」

 大先生が黙って頷く。管理士氏が続ける。

 「なるほどー。これまで考えたこともなかったことばかりで、おっしゃるように、他部門では決してできないことです。営業などに配属されたら、こんなこと考えもしません。物流に配属されて、私はついてるかもしれません」

 大先生が黙って管理士氏の顔を見ている。管理士氏の話が続く。

 「もちろん、私にどこまでそれらを調べることができるかわかりませんけど、あっ、それに、聞いても明快な答えが出てくるかどうかもわかりませんが、自分の会社の中のことですから、あらゆるつてを頼りに調べてみます。なんかわくわくしてきました。おもしろそうです」

 管理士氏が余りにもハイになっている様子を見て、大先生の方が戸惑った感じだ。一呼吸置いて、管理士氏が小さな声で切り出す。

 「それから‥‥」

 「え、まだ何かあるの?」

 「物流センターの中の見直しなんですが、これはどのような切り口で考えれば‥‥」

 「作業やレイアウトなどのこと?」

 管理士氏が、遠慮がちに頷く。

 「そんなことは簡単だろうに。まあ、仕方ないな。それもやるか。その前にちょっと休憩しよう」

 大先生の言葉に反応して、女史が顔を出した。「何をおいれしましょうか? お茶にしますか、冷たいものにします? それともビールですか?」